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2015年2月 4日 (水)

2614 真の復興

大震災後4年を経過し、大規模な地盤嵩上げに取り組んでいる地域でも、それなりに形が出来上がってきて、そこへの復興住宅や、新たな街並みの建設も始まっている様です。しかし、人がゼロからデザインして、成功した「人工都市」の例を浅学にして投稿者は知りません。キャンベラ、ブラジリア、ネピドーなどを例に挙げるまでもなく、古代の人工都市の遺跡などを思い浮かべるだけでも十分でしょう。この時代まで続かなかった古代都市は、やはりそこに人が集い、住み続ける「必然性」が弱かったと考えるしかないでしょう。

人が住むためには、いわゆる衣食住の充足は基本でしょう。しかし、それだけでは十分ではないのも事実です。何より、周辺環境こそが重要でしょう。海や山や野原に囲まれていて、そこから得られる幸も重要ですが、環境から得られる癒しも重要な要素でしょう。人口都市には、実はこの自然環境が醸す癒し効果が欠けているのです。人工的な地盤に、周囲から自然が「侵入」してきて、一体化するまでには、数十年から百年ほども掛かるのではないかと想像しています。都市の中にある公園に感ずる違和感はそこから生れます。同じ都市内の緑地でも、例えば明治神宮の森から得られる癒しは、自然環境にかなり近づいていると言っても良いでしょう。何が普通の公園と違うかと言われれば、樹木や植物やそれに依存する動物が、そこにしっかりと根付いているか否かだと言うしかありません。

もう一つ、復興にはそこに住む人の問題があります。移動を常として歴史を刻んできた西欧や中央アジアなどの遊牧民と異なり、瑞穂の国でもあるこの国ではやはり、山からの豊富な水が得られる土地とそこに結び付いた稲作が、生活や文化の基盤となっていた筈です。町は、それらの集荷、出荷に便利な場所に生れ、広がってきました。多くは、河口の沖積平野に、あるいは内陸の変担な盆地に開けました。そこに住む人々はやはり、その土地につながって生きてきたのだと言うしかありません。一度土地やそこに集ってきた近隣との関係を絶たれた被災者が、新たな土地に馴染み、改めて地域とのつながりを再構築するためには、想像するに1世代(つまりは20年以上)要すると思っています。その意味では、20年を経た神戸辺りにも、まだいくらかの違和感が残っているのだと想像しています。人の感ずる長い違和感の問題は、時間が解決する訳ですが、しかし工夫しさえすればその期間を短縮する事は十分可能でしょう。KWは「暖かさへの工夫」でしょうか。

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