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2015年4月14日 (火)

2681 スタンダード

スタンダードは「標準」や「基準」などと訳されていますが、本来の意味は旗の上部に付ける飾り物、つまりは「旗印」を指す言葉でした。いにしえの戦争においては、軍隊はそれを目印に行動したでしょうし、行軍の時は旗印を先頭に歩を進めた事でしょう。偶然ではないのかも知れませんが、この国でも戦国時代は旗竿の先には旗印を掲げていました。例えば、豊臣方における千成瓢箪などがそれに当たります。

もちろんここで、語源のウンチクを傾けるつもりはありません。この国の旗印を考えてみたいだけなのです。さて、旗印は言葉(形の見えないスローガン)であっては意味を持ちません。誰もが誤解なく理解でき、しかも数字や形に出来る具体的なものでなければなりません。その意味で、2679、と2680で吟味したAベノミクスはソローガンの塊だと言えそうです。異次元の量で紙幣を印刷するもの、思い切った財政出動させるのも具体的で形があると、三本の矢の信奉者突っ込みが入るかも知れませんが、それは違います。上で言う旗印とは、ではその経済政策でどんな社会を目指すのかを具体的に示す事を指すからです。

Aベノミクスが(そんな事はありませんが)間違ってトントン拍子に機能し、景気が良くなって、企業や個人の懐具合が暖かくなったと仮定しましょう。しかし、その結果単に個人の消費が上向いて、企業活動も上向いて生産活動も活発になったとして、ではそれが国民個々の「幸福度」や「生活の質」の向上につながるかを「よく」考えてみなければなりません。景気が良くなって、消費が増えて、結果CO2排出量やゴミが増えて、さて何が幸福なのかを吟味する必要があるでしょう。つまり、国民の真の幸福や社会のあるべき姿を示すのが「政治の旗印」でなければならないと思うのです。

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