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2015年4月20日 (月)

2688 休稿

今夜から移動の旅行不在のため、しばらく休稿です。世の中に何の支障もありませんが・・・。

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2687 大学は出たけれど

新社会人が世の中にデビューした時期でもあり、今の教育制度を少し考えてみたいと思います。さて、高校進学率は100%近いとして、大学にも50%が進み、専修学校なども入れれば、7割以上がいわゆる高等教育を受ける時代になった訳です。それで、この国の知的水準が上がったかと問われれば、そこには大きな?を付けざるを得ないでしょう。何故なら、世代別人口が年々先細りになるこの時代、大学や専修学校の門は、受験数に照らしても広すぎるので、そもそも「選抜」が十分にはなされていないので、受験勉強の必要性が問われているとも言えそうです。

それらなら、希望者は原則全員入学させて、大学の中での進級に厳しい基準で臨めば、やがてドロップアウトする学生も増えて、晴れて卒業する学生は、それなりの水準に達している事でしょう。同時に、大学を社会人にも開放し、社会人も安穏としたサラリーマン生活を送るのではなく、企業と大学を往復しながら、よりレベルの高い大学教育に自ら寄与する必要もあるのでしょう。もちろん教授陣も、うかうかできないでしょう。何しろ、分野によっては自分より高度の業務経験をしている「学生」も入学してくる訳で、逆に教えられる部分も出るかもしれません。海外には、大学を社会人に広く開放している例も多く(というより殆どの大学で対応しているものと想像します)、この国の大学がやや改善されたとはいえ、例外的に門が狭すぎると言えそうです。

大学にしても、大勢が入学して授業料を払ってさえくれれば、経営も楽になるでしょうし、卒業するためには学生にはそれなり努力が求められますので質も向上できるでしょう。入学試験時に、偏差値や試験結果で足切りを行う現在の選抜方法では、学生は入学するやいなや遊びほうけて学生生活をエンジョイに血道をあげ、結果ボーっとしたまま卒業する事になります。就職試験を受けなければならない時期になると、何十社もエントリーして、足を棒にして企業訪問を繰り返すだけで、運よく就職できたとしても実力の無いまま卒業してしまった学生は、無力感に苛まれあっと言う間にドロップアウトしてしまうでしょう。少子化社会であればあるほど、若者にはしっかりした教育を受けさせて、次世代を背負って貰う必要がある筈です。

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2015年4月19日 (日)

2686 全体と部分

このタイトルも何度か取り上げた覚えがありますが、ここでは改めて別の言葉で考えてみたいと思います。これは、写真でも同じですが、部分=近接(マクロ)撮影では、確かに細部の肌理は伝える事が出来ますが、全体は把握できません。一方で、広角撮影は全体の風景や雰囲気は把握できても、その中の人物や立ち木や草や昆虫などは埋もれてしまうでしょう。写真家は、それを見事に使い分けているのでしょう。

その見方は、現実社会にも間違いなく敷衍できるでしょう。全体最適が必ずしも部分最適ではありませんから、何か大きな政策を打とうとすれば、その網から零れ落ちる側からは、反対意見が出る事になります。政策の規模が大きければ大きい程、網目は大きくせざるを得ないので、こぼれる数も増える事になります。それを防ぐのは、結構骨が折れます。普通に考えられるのは、こぼれた人たちを救うための別の細かい目の網を準備することです。俗に呼ばれる「セーフティネット」です。しかし、そのためには政策実施のための予算もマンパワーも何割増しかにする必要が出てきます。

もう一つの方向は全く逆で、目の小さな網を多数準備しておいて、予めこぼれそうな人たちを救って置いて、社会の底に沈んでいる「弱者」を無くしてから、然るべき政策を実行すると言う方向も考えられます。弱者に強者が手を差し伸べるの事に、社会や政治、ひいては国の存在価値があると仮定するなら、私たちは間違いなく後者の政策を選ばなければならない筈なのです。しかし、こちらの方法は時間と手間が掛かるので、為政者には嫌われます。結果がすぐには出ないからです。議員は自分の任期内に結果が見えないと、次の選挙では勝てませんから、徒党を組んで多数派に回ろうと画策する訳です。

各論に反対でも、総論の方向が「それなり」に同じような向きであれば、同じ政党名の下に集結する道を選ぶのでしょう。従って、何か事があると離合集散を繰り返す羽目に陥ることになります。部分反対でも全体賛成に回れば、多数派に身を置くメリットを享受できるからです。私たちは、個々の政策に右往左往する事なしに、常に「全体的な視点」を持ち続けたいものです。社会における全体的視点には、他の国々を見渡す水平軸の他に、過去の歴史や将来世代の幸福をも見通す長い時間軸も絶対不可欠である事は当然でしょう。この国の政治は、過去も現在も、あまりにも「今」しか見ていない「部分政治(刹那政治)」である事を危惧しています。

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2015年4月18日 (土)

2685 科学・技術倫理

科学も技術も、生活の質を上げるための手段である限りにおいては、それを使うに当たっては、何らかのルールが必要でしょう。それは、難しく定義すれば「科学・技術倫理」、つまりは科学・技術と人間との間の「あるべきコトワリ」の事です。もしそれが無かったと仮定すれば、極端な場合には科学・技術は危険な武器として応用され、多くの戦争犠牲者を作り出す事になるでしょう。この国でも、かつて2発の原子爆弾がさく裂し、多くの犠牲者を「出し、被爆者を残しました。広いアメリカ大陸に郵便網を張り巡らせる事が目的で開発され、改良されていた航空機は、すぐさま戦争の道具として信じられない程のスピードで、多種多様に、更に大型に進化し続けたのでした。それにとどまらず、先の世界大戦の末期には、ミサイルまで実用化されて、実際に大都市に打ち込まれたのでした。

しかし、戦争の道具としての武器の開発に、倫理の欠片もヘッタクレもある筈がありません。何故ならそれは大量殺人の手段に過ぎないからです。本来、人々を豊かに、幸福にするための手段であった科学・技術が間違った使われ方をしたわけです。科学者や技術者は、科学や技術の開発や改良に没頭し、その使われ方には全く、あるいは少ししかココロの痛みを感じなかったのでしょうか。それが使われた時の殺戮の残虐さが想像できなかったのでしょうか。それを想像すると、元技術屋のハシクレとしては悲しい限りです。

ところで、「緩やかな原爆」である原子炉の倫理的な位置づけはどう考えれば良いのでしょう。核分裂反応を動力として最初に採用したのは、実は原子力潜水艦だったのです。冷戦下、数か月潜ったままで隠密行動をするためには、原子力が欠かせなかったからです。潜水艦の乗組み員は、日々危険と隣り合わせの生活だった事でしょう。実際、軍事機密なので公にはなりにくかったのでしょうが、いくつかの原潜の過酷事故が起こっていた事はまちがいありません。その原子炉を陸用の発電目的に転用したのは、軍用の原子炉を作っていた企業群からのロビー活動の結果だったのだろうと想像しています。どんな「経済的な理窟」をこねようが、出だしから倫理が間違っており、核燃料が燃え尽きた結果残るプルトニウムを含む危険な核廃棄物の処理方法が確立されない限り、原発は完全に破綻しているとしか言えないでしょう。

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2015年4月17日 (金)

雪が解けたあとの河原や野山で目につくのは、立枯れたカヤです。かつて田舎では、カヤは重宝され、もちろん萱屋根を葺くのに大量に使われましたし、冬に入る前には縄で編んですだれの様なものを作り、丸太の骨組みに縛りつけて風除けにも使っていました。しかし、火事に弱い萱屋根は消防条例で禁止され、風除けは便利なネットなどにとって代わられカヤの使い道は無くなってしまったのです。

そのまま放置されたカヤは、好き放題に蔓延り、春から秋口まで、河原や野山を占領する事になるのです。晩秋になるとカヤは立ったまま枯れてしまいます。立がれると、水分は殆ど抜けてしまい、大体10%程度まで乾燥が進む様です。さて、材料としてのカヤの使い道が無くなったとしても、乾燥したカヤは良く燃える筈です。燃え易いがために、家屋の材料としては敬遠されてしまった訳です。

そこで、カヤでペレットを作ってみる事にしました。小型のペレタイザーを作っているメーカーに依頼して、ペレットを試作しましたが、結構きれいなペレットが作れました。それが下の写真です。

10%の水分量はペレットを作ろうとする場合やや低すぎるので、少し水分を加えてやると、もっときれいペレットが作れるでしょう。燃やしてみても問題は無さそうですが、燃やした後に残る灰の性状は、ペレットストーブなどの使用には重要なファクターなので、今後追加の観察が必要です。

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2015年4月16日 (木)

2683 即効薬は無い

否定形の表題が続きます。批判はしないポリシーのこのブログとしては、やや心苦しいところですが、仕方ありません。景気回復だとか、地方創生だとか、女性が活き活きと輝く社会だとか、エネルギーのベストミックスだとか、現政権が矢継ぎ早に打っている(様に見える)政策ですが、引いた目で見ると、それらはこれまでサボっていたツケを払っている、としか映らないのです。何故このタイミングで矢を三本も同時につがえなければならなかったのか、政治家ばかりではなく、産業界も私たち市民も反省が必要でしょう。問題に対して手を打つタイミングが遅ければ遅い程、打てる策の数は減っていくのは自明です。

政治について言えば、椅子取りゲームの様に毎年リーダーを代え、それでも足りなくて政権交代まで行きついたものの、やはり寄合い所帯の弱みを露呈して、振り子が戻った訳ですが、やや祖父コン&マザコンのリーダーが返り咲いて、震災や福一の復興や拉致問題や近隣国との外交ををさておいて、世界を飛び回って金をばら撒いた上に、憲法改正やらオリンピック誘致などに血道を上げて人気取りに走ったりしている訳です。そんな事をしている間に、何故第3の矢をつがえて放つ準備を進めなかったのでしょう。景気回復が、政治の役目だと言うなら、先ずはその手を打つ手筈を整えてから、憲法改正やオリンピック誘致を考えるべきでしょう。景気をけん引する産業の構造を変革するには、10年を超えるロングスパンで物事を考えて、プロットを置いていく必要があります。1年や2年、予算を増やして助成金をひねり出しても、地方再生も新たな産業も育つ筈もないのです。

そうではなくて、国が示すべきは、1020年刻みの長期の視点に立った、国としてのグランドデザインとタイムスケジュールなのです。向かうべき方向も定めず、取り敢えず足元の景気を持ち上げるアラワザは、見ていても危なっかしい限りです。社会のあるべき姿や国民の暮らし方、あるいは国際社会における国の立ち位置さえ明確になれば、そこに向かうための道筋もかなり見えてくる事でしょうし(バックキャスト手法と言いますが)、その場合の国や社会を支えるための産業構造の必然性も明確になる筈なのです。体質を改善する事なしに、無理やり栄養を摂取させれば、メタボ体質は更に悪化し、結局は致命的な病を抱える事になるとしか思えないのです。必要なモノは、即効性を狙った三本の矢などではなく、体質を改善する遅効性の漢方薬の処方なのです。

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2015年4月15日 (水)

2682 水素社会は来ない2

多分二度目の同じ表題です。昨今国を挙げて水素社会に向けて突き進んでいる様です。しかし、石油時代と水素時代の間には、重大なインフラ変更が必要なのです。つまり、液体燃料は圧力の掛からないタンクに入れて置くだけで運べますが、常温で気体の水素はそうはいかないのです。例えば車で水素を燃料として使おうと考える場合、水素を350気圧以上に圧縮して頑丈なタンクに詰め込むか、あるいは水素吸蔵合金に吸収させて安定化する必要があるのです。当然の事ながら、タンクや金属である吸蔵合金は重い上に、結果として積み込める水素量が限られるので、後続距離はかなり短めになります。

安全性も大きな問題です。石油類も引火しますので、扱いは慎重にならざるを得ませんが、石油は液体の状態で漏れ、それが気化してガスになり、空気と混じり合って初めて危険な状態になります。しかし、目に見えない水素は、少し漏れただけで直ちに空気と混じり合い、静電気など僅かな火種で、大爆発を起こしてしまうでしょう。黒い石ころの様な石炭でさえ、粉状になれば「粉じん爆発」を起こしますが、石油さらに水素ガスと燃料が代替されるにつれて危険性も倍増していく事になるのです。

もう一つの要素は水素を何から作るかですが、現在は石油や天然ガスの炭化水素から得ているため、結果としては不要になった炭素は、結局CO2として大気に放出せざるを得ません。水素を燃料とするFCVは確かに排気管からは水しか出ませんが、見えない場所では大量の温暖化効果ガスを排出する事になります。それでは、水を電気分解して酸素と水素に分けて水素ガスを作れば良いとの考え方もありますが、何のことはなくその電力を使って直接に車を動かせば事足りる話になるでしょう。電気をわざわざ危険な水素ガスに変換して、頑丈なタンクに詰めて危険と隣あわせの水素ステーションで売る意味は全くないでしょう。エネルギー保存の法則から考えても、投入した電力エネルギー以上の水素エネルギーが得られる事はありませんし、むしろ変換ロスや漏洩によって、エネルギーの使いでは目減りする筈なのです。

以上から導かれる結論は、水素社会は未来永劫到来しないと言うものです。従って、今国やメーカーが血道を上げて水素自動車にまい進している姿を見ると、哀れに思えて仕方がありません。それは、さながらハツカネズミが回し車を回し続ける姿に似ているからで、確かに水素社会に向けて科学技術や莫大なお金を動かしてはいますが、実はちっとも前には進んでいないのです。

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2015年4月14日 (火)

2681 スタンダード

スタンダードは「標準」や「基準」などと訳されていますが、本来の意味は旗の上部に付ける飾り物、つまりは「旗印」を指す言葉でした。いにしえの戦争においては、軍隊はそれを目印に行動したでしょうし、行軍の時は旗印を先頭に歩を進めた事でしょう。偶然ではないのかも知れませんが、この国でも戦国時代は旗竿の先には旗印を掲げていました。例えば、豊臣方における千成瓢箪などがそれに当たります。

もちろんここで、語源のウンチクを傾けるつもりはありません。この国の旗印を考えてみたいだけなのです。さて、旗印は言葉(形の見えないスローガン)であっては意味を持ちません。誰もが誤解なく理解でき、しかも数字や形に出来る具体的なものでなければなりません。その意味で、2679、と2680で吟味したAベノミクスはソローガンの塊だと言えそうです。異次元の量で紙幣を印刷するもの、思い切った財政出動させるのも具体的で形があると、三本の矢の信奉者突っ込みが入るかも知れませんが、それは違います。上で言う旗印とは、ではその経済政策でどんな社会を目指すのかを具体的に示す事を指すからです。

Aベノミクスが(そんな事はありませんが)間違ってトントン拍子に機能し、景気が良くなって、企業や個人の懐具合が暖かくなったと仮定しましょう。しかし、その結果単に個人の消費が上向いて、企業活動も上向いて生産活動も活発になったとして、ではそれが国民個々の「幸福度」や「生活の質」の向上につながるかを「よく」考えてみなければなりません。景気が良くなって、消費が増えて、結果CO2排出量やゴミが増えて、さて何が幸福なのかを吟味する必要があるでしょう。つまり、国民の真の幸福や社会のあるべき姿を示すのが「政治の旗印」でなければならないと思うのです。

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2015年4月13日 (月)

2680 Aベノミクスの出口2

2679の続きです。しかし、これからはそうもいかないでしょう。何より今必要な事は、経済政策ではなく、国としての「将来ビジョン」とそれに向けての「具体政策」だからです。この時代になっても経済や景気の善し悪しだけに拘泥している政治は、既に多くの国民からはソッポを向かれているますし、心ある国々(のリーダー)からは、冷ややかな視線を注がれている事に、早く気付くべきなのです。過日の共同会見において、Dイツ首相が、この国のリーダーに注いだ冷ややかで、しかも憐れむような視線を忘れる事が出来ません。

さてAベノミクスに出口はあるかですが、このまま進めばますます混迷の度を深めるだけだと危惧しています。迷路を抜け出すには大きく二つの方法があります。一つ目は、片方の壁に手を触れたまま、絶対に離さないで進む方法です。この方法だと歩かなければならない距離は長くはなりますが、迷う心配は全くありません。たとえ袋小路のどん詰まりに入り込んでも、結局は元来た道を戻る事にはなりますが、必ずクリア可能なのです。これを現実の政治や経済に当て嵌めるとどうなるのでしょうか。それは、泥臭くても達成可能な目標を立て、長期的視野でコツコツと努力を積み重ねていく姿勢になるでしょう。決して、1年や2年で成果の見える「スタンドプレー」に走ってはならないのです。

もう一つの方法は、一度入った道順を憶えておいて、元来た道を引き返すと言うものです。迷路はクリア出来なくとも、外の出る事は出来るでしょう。政治や経済は遊びではないので、訳の分からない成長戦略の迷路に入り込むよりは、政治・経済に希望が持てた時代にジリジリと後ずさりするのも一つの方法ではあります。製造業で言えば、大きくは儲けなくとも、赤字を出さずに、市場が求めるものを愚直に、絶え間ない改善努力を傾けながら、ロングテールの定番商品に育て上げる事がこれに当たるでしょう。政治で言えば、大言壮語を吐かず、しかし長期的な視点を失わず、ジリジリ、コツコツを歩を進める政治で、国民の信頼を取り戻す事でしょう。それを避けて進む限り、混迷の迷路は抜ける事が叶わないどころか、国や国民が迷路の闇の中で途方に暮れる事態を招きかねないのです。

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2015年4月12日 (日)

2679 Aベノミクスの出口

第三の矢が放たれてもいないのに、この株高は間違いなくバブルでしょう。明確にバブルと指摘されたITバブル期でも確か2万円の大台に乗っていた筈です。その株高は、異次元の金融緩和とその結果の円安によってもたらされた事もまた経済の素人でも理解できます。異次元の金融緩和と赤字を更に積み増した大盤振る舞いの財政支出で、確かに行き足はついた様にも見えます。しかし、経済に対する期待感だけの泡は、一方ではちょっとした躓きによって、急速に萎んでしまうのも経済のセオリーだと言うしかありません。世界的に起こった「何とかショック」というものも、きっかけはたった1社の破綻かあるいは、一国の経済破綻から始まったりするものでしょう。

この政策を打ち出してから既に2年以上を経過してきた訳ですが、第3の矢の具体的な中身についてはまだ殆ど見えておらず、相変わらずスローガンに毛の生えた程度に留まっています。それは、ごく当然の帰結だとも言えます。金融と財政は、政府のさじ加減でどうにかなりますが、3本目の矢は、国は単にガイドラインを示す事が出来るだけだからです。国が勧奨する、いわゆる成長分野の方向が正しいとしても、政府に出来るのは研究開発など限られた範囲の補助金と、これまで障害となっていたかも知れない障壁を小さくする「規制緩和」位しか手は出せない訳で、それを実際のビジネスにつなげるのは、企業がリスクを負って進めるしかないのです。

新規で、有望な成長分野であればあるほど、ビジネスとしての歯車が回り出し、それが加速するのに長期間を要するのです。成長分野にショートカットパスなど存在しないといえます。そうこうするうちに、バブル気味の金融政策や財政誘導は縮小せざるを得なくなり、景気の高揚感もあっという間に萎んでいく事でしょう。物価上昇率が目論見通りに達成できなくとも、N銀総裁は引責辞任し、後任にバトンタッチするだけで舞台から退場できるでしょう。この国では、一国のリーダーたる席もまた事情は同じなのです。椅子を狙っている待機組は複数いて、出番を待っているのですから。A倍ミクスが結局失敗しても、回転ドアをクルリと回して別のリーダーを送り出せば、済むのです。かくして、この国は戦後からこれまで、B国の外圧と言う名の指導を受けながら、曲りなりにも「国としての体裁」を保ってきたのでした。しかし、そのやり方はもはや限界に達したと言うしかありません。続きます。

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2015年4月11日 (土)

2678 地域振興券よりは

またぞろ地域振興券が発行される様です。確かに各戸に配られる地域限定でしか使えない数万円の地域振興券は、一時的にはその地域の経済を潤す事でしょう。しかし、それはあくまでもホンの一時の潤いに過ぎない事もまた間違いないでしょう。その地域振興券を商店=銀行から自治体が回収した時点で、経済効果は終わってしまうのです。

そんな「ムダ金?」を使うくらいなら、何故「地域通貨」を作らないのでしょう。地域通貨とは、限られた地域でのみ通用する紙幣(の様なもの)です。それを使うたびごとに、いくらかの割引が受けられる仕組みにしておき、受け取った側がその補てんを受けられる仕組みを作れば良いのです。地域振興券と比べれば、補てん額を例えば10%とすれば、10回分使いまわす事ができ、地域での経済効果は10倍程度には膨らませることが出来る筈です。その際、割引が受けられる商品やサービスは、あくまでも地元産や地元に利益が還元できるものに限る訳です。地元産であるか否かについては、然るべき機関で予め認定を受けておきます。

結局、お金を可能な限り地域内で循環させる、という強い決意が無い限り、いくら税金をつぎ込んでも、さながら乾いた砂(つまりは中央資本です)に吸い込まれる水の様に消えていく事でしょう。仮に地域振興券だけで、地域創生が事足れりなどと胸を張られるのであれば、まさに地域創生は単なるスローガンであったことが証明され、政治に対する不信は一気に強まることでしょう。

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2015年4月10日 (金)

2677 スローガン政治

相変わらずの聞くに堪えない国会運営で、過去最高額の国家予算が通過してしまいました。赤字額がやや減った事をさも手柄の様に、自らの歳費を削る事も無しに、ダバダバの予算が通過してしまったのです。聴かないで聞いているラジオから流れてくる議論は、相変わらず閣僚のカネ問題だとか、スキャンダルだとかのあら捜しやマスコミ報道の真偽確認程度の切り込みで終始し、それに対しての玉虫色の答弁が、衆参ところを変えて繰り返されただけでした。

しかし、時代が変わってもお国の政策は、相変わらずの抽象的なスローガンに終始してのは呆れるほど進歩の無いレべルであるとしか言えない状況です。いわく、「異次元」の金融緩和、景気の「暖かみ」を全国「津々浦々」に届ける、女性が「活き活きと輝く」社会の実現、国土「強靭化」、「積極的」平和主義、地方「創生」、「うんぬんかんぬん」。これでは、所得倍増、私はウソは申しません、あるいは日本列島改造計画などと声高に叫んだ過去のあの人たちから何も進歩が無かったと言うしかないでしょう。

さて、このブログは批判に終始する事は法度としているので、慌てて何らかの提案を付け加えなければなりませんが、正直開いた口が塞がりませんので良い案も浮かびません。与党合せても、たった3割の国民から支持されていない政党が、国会では2/3以上の安定多数をさらってしまうこの国の選挙制度を嘆いても、その多数政党自体が多数を維持しようとする慣性が働く限り、選挙制度も大きくは模様替えはしないでしょう。

かくなる上は、外圧しか無さそうにも思えてきます。原発再稼働も、TPPも、集団的自衛権も、基地移転も、結局はB国の外圧(リモコン)である事は素人目にも明らかです。マスコミには、B国メディアの受け売りではなく、ヨーロッパ系のマスコミの風潮をもっと取り上げて貰いたいのです。例えば、一応欧州の優等生であり続けているDイツの論調です。過日のMルケル首相の訪日でも、現政権は少なくとも原発再稼働政策ではそれなりのプレッシャーを感じた筈です。Aベノミクスや原発の廃止や集団的自衛権の危うさを批判した論調を、さながら機関銃の様に紹介し続けるしかないのかも知れません。あくまでも視点は、社会の持続可能性であり現世代ではなく、次世代の幸福でなければなりませんが・・・。

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2015年4月 9日 (木)

2676 人口半減時代2

続きです。しかし、高齢者は単にトレーニングで日がな一日を費やす事が許されている訳ではありません。若い世代に荷重な(経済的)負担を与えないためにも、出来る範囲にはなるでしょうが自分達の世代自身で衣食住を支える努力も必要なのです。第一線を退いた高齢者が得意とするのは、ボチボチと時間を掛けて、しかも楽しみながらする作業です。

もちろん、放棄された農地や空き地で、自分たちが食べる量+アルファ程度の野菜や作物を育てる「自給農業」は必須です。その他にも、獣しか通れないほど密生し藪と化している里山の木を整理し、薪を作り、あるいは山菜やキノコなど山の恵みを採取するのは、趣味と実益の極みでしょう。耐火レンガなどを使って小規模な炭焼き釜を工夫し、炭を焼いてみるのも良いかも知れません。里山は食糧と燃料の貯蔵庫なのです。

体力に余り自身の無い人でも、折り畳み椅子に座りながら出来るうってつけの「仕事」があります。釣り人のめっきり減った川や海辺には、多分魚種も魚影も濃くなっているはずなので年中釣りが楽しめる事でしょう。釣った魚はありがたく夕食のおかずとしていただきます。体を動かすのが苦手な女性だって考えられる仕事は山ほどあります。簡単な織機を使っての織物あるいは裂き織、編み物、古着の布を使ったパッチワークや袋物の縫製、あるいは竹ヒゴや山に自生する蔓植物を使って、洒落たデザインの籠やバッグなどを編んで、都会のファンシーショップなどに卸せば、飛ぶように売れる事でしょう。利益を多くしたいのなら、今はネットで直販もできる時代ですし・・・。

結局、ヒトは年齢と共に足腰、目、歯と順番に衰え、それと共に脳が委縮していきます。しかし、手先を動かし、デザインを工夫しながらモノづくりを続ける事によって、手先の器用さや脳の委縮はかなり遅らせる事も出来る筈です。というよりむしろ向上させる事も可能でしょう。高齢者に何もさせず、働らく事を取り上げておいて、結果としての「ボケ得」や寝たきりを許してはならないのです。楽隠居は、ヒトとしては生きたまま死んでいるのと同じことなのです。そうではなくて、死ぬまで現役を貫いて貰い、ピンピンコロリを実行して貰わなければなりません。もちろん、高齢者予備軍としての投稿者も、体を鍛え、毎日ブログを書きまくって加齢に抵抗を続けています。

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2015年4月 8日 (水)

2675 人口半減時代

今住んでいるA田県は、2040年には人口が70万人レベルまで減少すると言う予測が出ました。ピーク時は135万人、投稿者が「国を出た」1970年代初めでも120万人程度はいた筈ですから、まさに人口が半減する事になります。しかも、当県は人口減少局面に入ったこの国でも、減少のトップランナーという「重責」を担っている様なのです。確かに、過去の統計数字やその延長線上としての将来予測のグラフを見れば、急激な人口減少の姿に、悲観する人も多いのでしょう。しかし、70万人という人口も大正時代あたりまで遡れば、既に経験済みの数字だと割り切る事も出来るでしょう。

人口が減る事自体は、世界でも稀な人口過密国であるこの国にとって、あまり問題だとは思われません。土地や資源や食糧生産の一人当たりの割り当て量が増えて、自給率も上昇するのですから、見方によっては良い方向だとも言えます。しかし本当の問題は、人口の年齢構成にあると言えるでしょう。つまり、働けなくなって、あるいは動けなくなってベッドに寝たきりになる高齢者の数が、それを支える側の世代の人口に比べて、明らかに過大になる時期が続くからです。人口構成の「コブ」は、やはり団塊の世代を中心に構成されています。投稿者のすぐ上の世代は、中学校では14クラスもあり、廊下にまで机を並べていましたが、数年後の私たちの世代には7クラスに減っていたのです。このコブは、今や60代後半に差し掛かり、もう数年もするとベッド生活に入る人も増えてくるかも知れません。

ではどうするべきかですが、他に方法は考えられません。高齢者自身が頑張って自分たちの生活を支えるしかないのです。そのためには、這ってでも動き回り、「死んでも寝たきりにならない」ことしか無さそうなのです。そのためには、まだ動けるうちから体を鍛えておくしか方法が見つかりません。ウォーキング、栄養バランス、筋トレ、脳トレで体や脳機能の低下(=ボケ)を防ぐしかないのです。介護人材を増やすくらいなら、先ずは管理栄養士や身体トレーナや脳トレーナを増やすべきでしょう。寝たきりになってしまった高齢者を介護するのではなく、彼らには必死になって寝たきりにならないためのトレーニングを続けて貰う必要があるのです。続きます。

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2015年4月 7日 (火)

2601 気候変動と宗教

センシティブな話題なので慎重に書きますが、歴史上の宗教地図に気候変動が大きな影響を与えた筈だとの見方があります。たとえばD.キーズ著の「西暦535年の大噴火」に詳しく記述されています。この本の前段では、気候変動、この時代は人類史上でも記録的な寒冷化が進み、全世界規模での冷害不作による飢餓と、弱り目に祟り目の伝染病、この時代は腺ペスト(いわゆる黒死病)による大量死が起こったと、各種の記録や傍証(たとえば氷床コアや木の年輪など)から論証しています。ペストは、東アフリカの風土病に留まっていたものが、交易の拡大により欧州に入り、民族の移動と共に各地に拡大、蔓延していった様です。

この時代、欧州では(東)ローマ帝国が支配していましたが、不作による飢餓とペストによるダブルパンチによって国力が衰退しかけたところに、弱みに付け込んだモンゴルやアラブからの侵入があり、その勢力範囲はドンドン西に追い詰められていったのでした。もちろん、侵入者側にも同時に寒冷化や伝染病は大きな被害をもたらした事でしょう。人々は、当時の「人智を超えた」太陽光の急激で長期(数年)にわたる弱まり、結果としての寒冷化=飢餓並びに追い打ちをかけた伝染病は、神の仕業だと確信したのも頷ける話です。問題は、新たに生まれた人=神である宗教を信じたか、それと異母兄弟の様な宗教を信奉したか、あるいはこの時期に出現した預言者を信じたかによって、同じ民族の系譜であっても互いに確執を深めていった様です。その際に各地で繰り広げられた殺戮は、信じられない程おぞましく徹底したもので、ここで書くのははばかられる状況でした。まさに、今中東で繰り広げられている紛争の根を辿ると、1500年前のこの時代に始まったことはは間違いなさそうです。これに比べれば、この国の戦国時代の戦など、ささやかな争い事に感じてしまう程です。

さて、この時代の数年にも及ぶ酷い寒冷化は、赤道付近で起こった大規模な火山噴火によって引き起された可能性が高い事が、いくつかの傍証によって示されています。火山の場所は特定されていませんが、スマトラ島とジャワ島の切れ目付近のカルデラがその火山ではないかと言われています。もしかすると、火山の大爆発によって大きな長い島が真っ二つに分断された可能性すらも指摘されています。さて、何んでこのテーマをここで取り上げたかですが、火山活動に関しては、現在は比較的安寧な時期にありますが、この時の大爆発に匹敵するほどのマグマを貯め込んでいると思われる火山が、なんと世界には9か所もあると、上記の著書は指摘しているのです。火山の大爆発は、大気中に火山灰やエアロゾルをまき散らし、数年程度の寒冷化をもたらす筈です。航空機の飛行は全くできなくなり、冷害による食糧不足は世界中に飢餓を引き起こすのです。温暖化に注目すると同時に、私たちは来たるべき大噴火も視野の片隅に入れておかなければならない様です。もしかすると続きます。

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2015年4月 6日 (月)

2673 温暖化再考

環境カウンセラーとして、この表題はそれこそ何度となく考えてきました。さて最新の話題では、南極半島にあるアルゼンチンの基地で観測された気温が、過去最高を更新したとか。17℃を大きく超える気温は、南極の真夏といえども異常な高温です。その原因として投稿者が疑っているのは、極を取り巻くジェット気流の蛇行の拡大です。南極も北極も、日照による太陽からの入熱エネルギーが、地球上でもっと低い地域ですが、そのために冷やされて重くなった大気は、大きな高気圧(気団)を形成します。それが極気団です。この気団からは常に周りの低圧帯に向かって風が吹き出していますが、その風は地球の自転によるコリオリの力により曲げられ、結果としては両極の気団を取り巻く西から東への強い風を起こすのです。これがジェット気流ですが、これは極気団の冷たい高気圧を縛りつけておく「タガ」の役目を果たしているのです。従って、極地域はあくまでも冷たく、温帯地域以南(以北)は比較的温暖に保たれていると言えます。

しかしながら、いわゆる温暖化によって極地域の気温が上昇してくると、温度差が縮まり気団から吹き出す風、ひいてはジェット気流が弱まり、結果としてはタガが緩んでくると考えられます。だらしなく弱まったジェット気流は、結果として蛇行の幅を大きくする訳です。極中心に対して蛇行が引っ込んだ場所は暖気を引き込むので気温が上昇します。蛇行は、数か月の周期で出たり入ったりを繰り返すので、今回の様に夏場に蛇行の凹部分が回ってきた、くだんの基地の気温が異常に上昇したものでしょう。この傾向は、南極よりもむしろ極氷の縮小が著しい北半球で著しく観測される現象と思われ、今後いわゆる百年スパンの異常気象が出現する可能性が大きくなると見ています。

この様なジェット気流の蛇行が、例えば夏場にロシア北部の大湿地帯の凍土を解かして沼地化させれば、そこから大量の「強力な」温暖化効果ガス=タンを発生させ、更に温暖化を加速させると言う負のスパイラルを固定化するでしょう。もちろん地球の歴史を大きく遡れば、温暖化が進んで恐竜が栄えた時代も、氷河が中緯度地域まで広がった時代もあったのでしょう。現在の温暖化にブレーキが掛かるとすれば、たとえば6世紀ごろに頻発した大規模な火山の噴火によってではないか、と投稿者はボンヤリと考えています。

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2015年4月 5日 (日)

2672 何を作るか5

最後に、投稿者のフィールドでも「あった」工業製品についても触れましょう。戦後の高度成長期を通じて、この国は工業化に勤しみ、やがて先進国の仲間入りを果たしました。最初は、今のC国や他のアジアの途上国と同様、先進国(米、英、独など)のライセンスや設備を導入して作り、あるいは海外のブランド品の模倣から始まった事でしょう。工業化のエポックは、W.E.デミングに導かれた「品質管理」を前面に押し出したモノづくり原則の徹底が始まった事でした。もちろん、少し遅れて、T社のムダ取り手法であるカンバン方式も大きく寄与した事でしょう。

しかし、強調しておかなければならないのは、工業製品は、衣食住の様に「絶対不可欠」なものではないという点です。例えば金属やプラスチックで作られた工業製品は食えないので、間違いなく空腹を満たす事は出来ません。それらは、生活を便利に、快適にする「手段」ではあっても、それを作る行為自体が「目的」ではないでしょう。そこを取り違えると、需要と供給の順番に逆転が生じてしまうのです。厳格な品質管理とカンバン方式=JIT生産で、効率良くしかも安く生産したとしても、実際の需要と結びついていない限りにおいては、在庫量が積み増されるだけに終わってしまいます。

追求すべき真のもの造りは「注文生産の原則」を追求するべきだと思うのです。車の生産で言えば、確実なオーダーが入って初めて車体を形成する鉄板のプレスが始まり、それが生産ラインに乗るべきなのです。オーダーとラインに乗った車体のシリアルNOとは一体一で対応する事になります。当然の事ながら、在庫は材料や納期の長い部品だけに圧縮されますから、倉庫代や金利も圧縮できます。もちろん、顧客は納車までには1か月程度かそれ以上は待たされる事になるでしょう。でも、考えてみれば大根を買う訳ではないので、車ほどの大型商品を買う決心までにはそれなりの時間もあった筈なのです。注文生産の仕掛けは比較的簡単で、メーカーは顧客に納期を明確に提示するだけでOKです。顧客は納期を確認して、必要となる日から逆算して注文を入れれば良いのだけです。

それでは生産現場の操業度に山谷が出来そうだと突っ込みが来そうですが、ビッグデータが利用できる時代、注文の傾向もある程度は予測可能でしょうし、もし予測が外れても、例えば早期予約にはより高い割引率を設定するなどの特典を付ければ、安定した量のオーダーも確保できるでしょう。使うべきは宣伝費ではなく知恵なのです。

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2015年4月 4日 (土)

2671 何を作るか4

また、例えば食ですが、現在の様に4割も残飯として捨てるほど有り余るほど量を確保し、あるいは季節外れの果物や野菜、海外から多量に輸入される食肉は諦め、私たちのご先祖が実行していた様な質素な食生活に戻る必要があるでしょう。彼らは、玄米と魚と豆や野菜を中心とした食生活でも十分健康的に暮らしていた筈です。昔平均寿命が短かったのは、時として流行する感染症や大飢饉によって、天寿を全うできなかったからに他なりません。小柄で、働き者のご先祖は、年老いるまで黙々と働き、寿命が尽きると数日寝込んだだけでパタリと亡くなったのでしょう。

食糧が大量の輸入されている結果、価格競争力の無い国内の田畑は、休耕田や耕作放棄地とせざるを得ないのですが、私たちは持続可能ではない(つまりは現在の価格や輸入量確保が将来に亘って確実なものではない)輸入作物を諦め、再び国内の農地でコメに加え多様な作物を増やしていく選択肢を採るべきだと思うのです。

市場で売れるもの(商品作物)を作り続ける限りにおいては、輸入農産物との競合は避けられません。その土俵で勝負することは結局は価格勝負になる訳です。手間は掛かるのでしょうが、地域で必要とされるものを必要とされるだけ作るという作戦に打って出るしかありません。東北の様に人口の割に農地が広い地域は、供給能力に余剰がありますから、それを市場の求めに応じて「売ってやる」のは致し方ありませんが、あくまでも売り手市場での対応が必要でしょう。今は海外から安く入っている食糧ですが、穀物や生鮮野菜や加工食品などは、やがて彼の国々でも水不足や生活レベルが上がってきますので、潤沢には売ってくれなくなるでしょう。何より、海外産は安全ではありません。育成する際の農薬はもちろん、ポストハーベストと称して、収穫後にも防腐剤や防カビ剤などをたっぷり振り掛けていますから、それを日常的に口にする私たちの体内には、それらの有害な化学物質が非常に高い濃度で蓄積していると言われています。

と言う訳で、生産者の側で努力して無理に食糧自給率を上げる必要はないでしょう。海外からの輸入が細り、自動的に市場が国内農産品を必要とする時代が近づいているとみています。赤字を垂れ流して安い値段でN協さんを通して出荷するのではなく、農地を荒地にしない程度にボチボチと農業を続け、来たるべき市場からのニーズをじっくり待つのも一つの作戦でしょう。やや無責任ですが・・・。

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2015年4月 3日 (金)

2670 何を作るか3

2669を踏まえて、さて何を作るかですが、衣食住の「必要不可欠で基本的な部分」は、どの様な時代になっても作り続ける必要はあるでしょう。先ずは住居を考える事にしましょう。この国の住まいは、どちらかと言えば蒸し暑い夏をやり過ごす事を主眼に、あまりコストを掛けない「安普請」が多いように思います。施主は「とりあえず雨露を凌げれば・・・」などと考え、薄い断熱材に見映えの良い外壁材を打ちつけて、いわゆる「文化的な住宅」を建てがちです。

しかし、夏はそれなりに蒸し暑いこの国では木造住宅の大敵であるシロアリも蔓延り、例えば30-40年で耐用年数を終えるケースも多いのです。それを建て替える事は、さながら新たな住宅を建てる「住宅需要」を生み出すため、景気を刺激する事あって、その様な風潮を誰も否定的に見ることはありませんでした。鉄筋コンクリートの住宅でも事情は余り変わりません。耐久性が高いと信じられているこの種も建築物でも、コンクリート自体の劣化、例えば脱灰、や割れ目からの酸性を帯びた雨水の侵入によって鉄筋が劣化するなどして、例えば一般的な建物では50年ほどで耐用年数に到達してしまう訳です。

一方、同じ木造でも千年を超えてなおしっかり立っている寺社も存在するのをみれば、木造=短い耐用年数といった公式は成立しません。結露を防ぎ、腐朽菌やシロアリの繁殖を防ぐことさえできれば、古いの農家の様に百年もたせる事も十分可能でしょう。コンクリートや鉄骨造の建物にしても躯体を頑丈に作って、例えば200年ほどの耐久性を確保すれば、そこに住まう人たちのライフスタイルによって、内装を模様替え(リフォーム)すれば、無駄な建て替えは不要になります。

つまり、安い建物を何度も建て替えて、さながらGDPが増えて景気が良くなった、などと考える幻想は捨て去る必要があります。考えなければならないのは、数世代を通算した最低の投資という視点です。例えば5世代が喰らい続けれる住宅のコストが2倍になったとしても、経済的な負荷と環境負荷は2/5となり、なんと6割も減らせる計算になるのです。ボロ家を残して逝く親は下手をすれば迷惑がられますが、無理して高耐久住宅を建てて子孫の生活を安定させたご先祖は、きっど尊敬を受け続けるでしょう。

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2015年4月 2日 (木)

2669 何を作るか2

2668の続きです。何を作るかを考える前に、私たちが持続可能を高めるために何を諦めるざるを得ないかを考えてみましょう。「持続可能性」を絶対的な前提に置けば、再生可能ではないエネルギーや資源に依存している製品は、遅かれ早かれ社会から退場せざるの得ない事は自明です。例えば、植物から得られるエタノール以外の化石燃料を使う内燃機関を動力とする乗り物(つまりは車など)、あるいは外燃機関(ジェットエンジンなど)を動力とする乗り物(つまりは航空機なす)、更には化石燃料を使って発電された電力を多量に使う多くの産業もやがては姿を消す運命にあります。

その中には、太陽光発電パネル(PV=シリコンの単結晶を必要とする産業)なども挙げられますが、それは太陽光発電で起こした電力で太陽光発電パネルを製造できる工場が建設出来ない限り、やはり持続可能ではないと言うしかないからです。多くに金属を精錬する産業も、持続可能性は低いと言えます。鉱石を採掘する現場には、石油で動く超大型の鉱山機械が蠢いているでしょうし、アルミニウムに至っては、ボーキサイトは豊富に採掘出来るにしても、精錬するためには莫大な電力を必要とする「電力の塊」でしかないのです。そんな産業に今後ますます貴重になるであろう大きな電力を差し向ける訳にもいきません。

農業も考え直さなければならないでしょう。多くの穀物は、広い平原を持つ国、例えばB国やG州などで大規模に栽培され、収穫されます。多くの場合、天水では間に合わず、地下の深い地層からポンプで水を汲み上げ、ピボットと呼ばれる灌水装置を動かして栽培されます。収穫は、信じられない程大型のトラクターやコンバインを使って行われますが、そこにも多量の石油が必要としています。もちろん、農場で菜種を栽培して、絞った菜種油で農業機械を動かす事も可能ですが、そうなれば農地の一部は「燃料畑」にせざるを得ない訳で、食糧確保との厳しい競合が起こるでしょう。現在の様に安く大量に供給される穀物は、石油の賜物だと言えるのです。

更に、海外から多量に輸入される食肉用の家畜は、環境に大きな負荷を与えながら収穫された穀物をエサとして与えて肥育するため、輸入穀物より更に持続可能性は低いと断ぜざる得ないのです。加えて、家畜のゲップに含まれるメタンは、CO2より一桁強力な温暖化効果ガスである事は、あまり意識される事はありません。この様に考えてくると、私たちには早晩諦めざる得ないものが相当にある事に気が付きます。

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2015年4月 1日 (水)

2668 何を作るか

このテーマも再々考えてきました。モノづくりで後ろから追いかけてきたアジアの国々にジリジリと押され、福一過酷事故以来エネルギーコストのアップに苦しめられ、頼みの綱のB国の購買力も衰え、外交的にもよそよそしくなった様な感じもする。その様な状況の中で、この国は一体何を生業にして厳しい国際社会を生きて行けば良いのか、全く悩ましい時代になったものです。とはいうものの、お国が希望的に掲げている、いわゆるハイテク産業の御旗で世界をリードしていき、再び陽を昇らせるなどと考えるのは、どう考えても無理がありそうです。例えば、それでなくとも減り続ける若者世代は、モノづくりを嫌ってサービス業に走り、これまで国の屋台骨を支えてきた団塊世代はといえば、働くのを止めて楽隠居を決め込もうとしています。

結論から言えば秘策は無いと思うのです。地道に努力を積み重ねるしかないのですが、如何せん政治家は3-4年で結果を出す事を求められます。それを見守る側の国民も、かなり忍耐力が低下し、特効薬による即効を求める様になってしまいました。異次元の経済政策を打ち出したこの国リーダー(ではなくてその参謀たち)やそれを実行する立場のN銀トップも、枯れたの頭の中にあるのはたった今の景気の良し悪しであって、決して10年後20年後のあるべき社会の姿ではないでしょう。人口が減少し、温暖化への恐れからエネルギー消費にタガが嵌り、無理やり持ち上げた景気が再び萎んでしまった時、私たちは立ち止まって何を考えるべきなのでしょう。

何を作って食っていくのかを考える前に、私たちはこの先一体どんな社会を目指すのかを考えてみる必要があると思うのです。それはモノ・カネの社会でない事は明白です。地下資源もエネルギーも食糧も地球に満ち溢れてしまった人口を、十分に支える事は出来ないからです。私たちは、それらを無駄なく分け合って暮らす社会を目指すしかないのです。以前にも書きましたが、どう考えても、モノ・カネの時代からココロの時代に舵を切らざるを得ないのでしょう。具体案に続きます。

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