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2015年5月 5日 (火)

2690 ヴジャデ?

見なれない新語の様にも見えますが、実はお馴染みの言葉をひっくり返しただけの言葉です。ある本の中で見つけ、強くココロに引っかかった言葉でもあります。元の言葉は「デジャヴ」となりますが、デジャブとは、敢えて日本語に直すとすれば「既視感」とでもなるのでしょうが、ここではそれを敢えて反転させて考えてみる事を提案したいのです。

一度も見た筈はない景色や状況なのに、何故かかつて見たような気がする不思議な感覚がデジャヴですが、ではヴジャデとはどの様な感覚を指すのでしょうか。それは、何度も何度見ている、それこそ見慣れた景色や人や状況を、「さも初めて見た様に捉え直す事」を意味します。これは実は努力しなくても多分普通の人は感じた経験がある筈です。少なくとも投稿者は、何度か経験しました。一つは人の顔です、何度も会っていて良く見知ってる筈の人の顔を、改めてマジマジと眺めて見ると、何故か初めて会った人に抱く「落ち着かない感じを持つ事」があります。また例えば、長期の出張から帰って、会社や自分の事務所の座り慣れた席に戻った時、やはり似た様な感覚に陥った記憶もあります。

もちろん、「脳のある部分」のトラブルが原因で、記憶が保持出来ない不幸な人も少数は存在し、その人達は日々、あるいは瞬間瞬間ヴジャデを感じている訳ですが、さぞ落ち着かない心持で暮らしているだろうと同情してしまいます。とは言うもののそれは例外で、逆にヴジャデ意識して感ずる事が出来れば、理想的な観察者になれるのでしょうが、それはなかなか難しい話である事も事実です。記憶はある意味では、自分の認識(思い込み)の固定であり、主には二度と同じ失敗や痛い目を避けるための脳の仕組みであり、それを敢えて封印する事は難しいワザだとも言えます。しかし、作家や著術家がその作品世界の中で作り出している様に、種々の資料を参照し、今起きている事象や人物や企業などを浮かび上がらせれば、もしかするとこれまで見てこなかった「新たな面」を発見できる可能性は大きいでしょう。投稿者としても、今後是非このヴジャデ力を意識して行こうとは考えてはいますが、はてさて・・・。

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