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2015年5月 9日 (土)

2694 平和のための戦争?

今国会で論議されている安保法制で、賛否が分かれているのは、世界的に見ても特殊とも言える戦争を放棄した、憲法(9条)の意味の見方が分かれているためだと整理する事が出来そうです。国際紛争解決の手段としての武力行使を、「永久に放棄」した筈の国が、またぞろ「限定的ながら」武力を行使できる国になると言うのですから、国内外の世論も紛糾する事になります。つまり、元々武力としての軍隊を持たないで、(正当)防衛に徹するとしてきた平和主義の姿勢を評価する意見と、そうではなく平和を守るためには武力の行使も(たとえ限定的な後方支援であっても)出来る、という立場には、雲泥程の開きがある訳です。

よく言われる国際関係の表現に「戦争は外交の失敗によって始まる」がありますが、安保法制、憲法改正うんぬんと叫んでいる集団は、外交努力を棚上げしておいて、先ずは戦争の備えを固めよ、という内向きの考えに凝り固まっていると断ずるしかないでしょう。これに対しては、投稿者も含めて、平和のためには戦争も辞さないと言う主張への違和感が、どうしてもぬぐい切れない人も多いのです。戦争を起こさない最良の方法は、最低のコストで済む外交努力しかない事は論を待たないでしょう。

その努力を惜しんで、軍備に税金をつぎ込に憲法を変えようとする今のリーダーを支持する事は、多くの心ある人々にとって到底出来ない相談なのでしょう。拉致という卑劣な手段で多くの人質を取ったあの国からの帰還や、前の戦争で痛めつけられた事を深く根に持っていると言う姿勢を絶対崩そうとしない2つの隣国、あるいは北方領土と呼ばれる北の島々の境界線引きの交渉も、今もままでは何も進まない事は明白です。今のリーダーが、歴史にどの様に名前を残そうとしているのかは想像するしかありませんが、このままでは平和のために戦争が出来る様に憲法(解釈)を変えた宰相」というレッテルと、「戦争も出来る平和国家」というどうにも割り切れない国のあり様を残すことになりそうです。それは、まさに悲しむべき状況だと言うしかないでしょう。

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