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2015年5月10日 (日)

2695 止め時(辞め時)

新たな何人目かの日の丸アストロノーツが宇宙ステーション(ISS)に送り込まれるとか。相変わらず、いくつかの無重力実験とロボットアームを使って何かを動かすのがミッションだとか。何時までこんな国費の「無駄使い」を続けるつもりなのか、大きな疑問を投げかけざるを得ません。これまでの無重力実験で、この国の産業の発展に資する何らかの成果が得られたのでしょうか、100歩譲って、物理・科学の分野でも良いのですが、何かめぼしい知見が得られたのでしょうか。

この国にも宇宙開発を進める組織があり、宇宙飛行士を公募して採用し、今年度も一定額の予算が確保できたと言う言う理由だけで、ズルズルとISSを維持するのはいかがなものでしょうか。一度でも宇宙に飛んだ飛行士は、国費を使ったミッション後の「義務」として、一生市民や子供達に向けて、宇宙(開発)の素晴らしさを説いて回らなければならないでしょう。子供には、アストロノーツこそが素晴らしい未来の職業であると刷り込み、大人に対しては宇宙開発予算の妥当性を認めて貰うために、ミッション成果に関する宣伝や講演を繰り返さなければなりません。ある意味で彼らは可哀そうな状況で残りの人生を過ごさなければならないのです。膨大な国費を使い続ける宇宙ステーションのプログラムに対して、誰も批判めいた事を言わないのは、一体どうした訳でしょう。

初期の目的を達成したのであれば、速やかに組織を解散し、ISSを空き家にしては、と思うのです。もし今後ともISSを活用したいのであれば、生身の宇宙飛行士ではなくロボットを送るべきでしょう。ロボットなら、電力が供給されている限り動き続ける事が出来るでしょうし、今の時代のロボットであれば,人が出来る実権なら殆どこなせるはずです。ロボットなら、何度も送り迎えする必要はありません。生命維持装置が不要ですし、もちろん飯も食わないし、排せつもしないのです。地上からは超ハイビジョン映像によって、さながら宇宙に居る様にリアルな画像を見ながら操縦が出来る筈です。なにか、宇宙飛行士の命に関わる事故でも起こさない限り、無重力環境というだけで、高々数百キロの空間に浮かぶISSにヒトを送る続けるつもりなのでしょうか。なにかコトを始めるのはお金と勢いがあれば比較的簡単ですが、多くの場合「いざそれを止めるのは難しい」ものの様です。

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