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2015年5月24日 (日)

2707 公共

M.サンデルの白熱教室で、テーマとして公共放送を取り上げていました。この中で、改めて「公共」とは何かを考えさせられてしまいました。公共施設、公共団体、公共放送、公共交通機関、公共・・・。ザっと考えれば、それぞれは、一般市民のために存在する様な錯覚に陥りますが、ではそれを100%の人がまんべんなく利用しているかと問われれば、実は市民の内の何割かが頻繁に利用し、別の何割かは全く利用していないなどと言う状況は普通でしょう。

例えば、この国の公共放送の視聴率ですが、今ではそれがピークを打ったとしても、今の時代絶対に50%など取れる事なさそうです。市が運航するバスだって、利用するのは車を持たないお年寄りが中心でしょうし、図書館などに至っては、市民の数%しか利用していないと思うのです。何が公共であるか、そのためにどの程度の税金を使うべきであるかは、実は分かっている様で、殆ど明確にはなっていない事に気が付きます。図書館などは、実は周りの自治体と比べて、恰好が悪いから設置してあるだけなのかも知れません。

昔習った社会科の(どちらかと言えばかなり左寄り)先生が、まだ理窟の良く分からない私たち中学生に向かって「最大多数の最大幸福」というフレーズを何度も繰り返していたことを思い出しました。市民数%の利用しかない施設が、果たして最大多数として認められるのか、と問い直してみたところで、どんなに小さな自治体にも図書館はあるでしょうし、日中には殆ど乗客がいない事が多くても、コミュニティバスの運行は止められないでしょう。何故なら、利用者が少数しか居なかったとしても、その利用者一人ひとりは立派な「市民」だからです。どこまで行っても、公共とは一体何%以上の人々を指すのか、上の社会科の先生が言った様に、便益を受ける人の数と、受益大きさの「掛け算が最大になる様に」しさえすれば事が足りるのか。その「公共の網」からこぼれてしまった弱者はどう考えて、どう救うべきなのか、考えを巡らせてもグルグルとループを繰り返すだけです。でもまあ引き続き考えてみます。

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