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2015年5月29日 (金)

2712 万物斉同

100分で名著の荘子の言葉が身に沁みました。荘子は言います「万物は皆同じである」と。生物も無生物も本質は同じでものであると言うのです。普通の人間にとって、生物(例えば昆虫)と、無生物(例えば金属の塊)とは明らかに違うものと認識します。しかし、それは「私」という意識を通じて認識するからであり、そうでなければそれらは、そこに「在る」ものに過ぎないという訳です。確かに周期律表には100種以上の原子が載っていますが、本質的には原子核と電子によって構成されています。まだ発見されていませんが、それらだって究極の素粒子によって構成されているのかも知れません。つまり、生物も無生物も素材として見れば同じであるともいえ、結局は荘子の見方に賛同せざるを得ない様なのです。つまり、この世に存在するものには境目が無いと言い切るのです。

荘子は、更に言います。夢=現実であると。普通の人は夢を見ますが、夢から覚めれば現実が世界があると思ってしまいます。しかし、今生きていると思っている世界が夢で、夢だと思っている世界が実は現実かも知れない、と彼は言うのです。夢も、現実も、つまりは自分という意識が認識するものである事は差が無いからです。確かに、現実の世界で自分の頬っぺたを思い切りつねれば、痛い様に「感じ」ますが、それとて自分の「意識の為せるワザ」だと言うのです。

話はそれで終わりません。荘子にとって、死さえ一区切りではありません。息をしているか居ないかは別にして、生と死は連続しているとさえ言うのです。確かに、自分を中心に考えれば、生きていれば意識があり、死んでしまえば無意識ですから、もはやこの世に自分は存在しなくはなります。しかし、その様子を外から眺めれば、生きている間は動く体があり、死んでしまえば動かなくなった体があるだけでしょう。まして、宇宙のかなたから眺めれば、地球上の一つの生命の生き死になど全く何の変化も無いと同じなのです。自分と言う意識のフィルターさえ通さなければ、生き死にさえ連続していると荘子は説くのです。いずれにしても、古人の洞察力のすごさには、ただただ驚嘆するしかない一凡人です。

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