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2015年7月 1日 (水)

2744 技術の劣化2

2743の続きです。技術的側面から見れば、たとえばエアバッグ問題も技術の劣化に根があると言えるでしょう。Tカタ社製のエアバッグが、車メーカーの系列や国の枠を超えてこれほど世界的に浸透していたのも驚きだったのですが、何の疑問も持たれず、同じモノが量産され続けていたというのも、別の驚きです。確かに、全く同じモノを連続して作り続ければ、コスト的には極限まで絞り込む事も可能だったでしょう。しかし、特に製造業においては、絶え間ない品質向上やコスト削減のための工程改善が日々行われているのも事実でしょう。つまり、見かけは全く同じように見えても、一部の材質や工程の見直しは、コスト削減のために、または増産のために改善が繰り返されているのです。

しかし、注意を要するのは、品質(≒ユーザーの安全性)の向上の改善とコスト削減のための改善とは、まったく矛盾するベクトルを有すると言う事実です。もちろん、構造を簡単にする事によって、安全性が向上し同時にコストも削減する名案や裏ワザもあるのかも知れませんが、それは例外です。エアバッグの様に、こなれた材料で、こなれた技術で作られる製品は、品質向上とコスト削減は、同じく「改善」と呼びますが、ほぼ相反する行動を求める事になります。

さて、技術の劣化の本質です。元技術屋として断言できる事は、技術の劣化は、「設計、製造、検査に関わる人々の手抜きによって生ずる」という点なのです。例えば、想定より僅かに高いストレスによって事故を起こしてしまう構造物や工業製品の報道を耳にするたび、設計や製造や評価段階でどれほどの手間暇を掛けて「推敲」された技術なのかと、つい考え込んでしまいます。エアバッグ問題に戻れば、メーカーは実際にエアバッグを膨らませて行う試験が、一体どの様な頻度で行われていたのか明確にする必要があるでしょう。もし、何らかの設計変更や工程変更があったにも関わらず、試験の頻度を変えていなかったとすれば、それは明らかに悪い意味の「手抜き」に他ならないでしょう。設計段階で、技術者が線を一本加えたり、部品の角度を少し変えただけの小変更ではあっても、その後の製品のトレーサビリティはしっかり確保すべきでしょう。つまりは「変更点管理」です。技術の劣化は、実は監視可能なのです。

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