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2015年7月 3日 (金)

2746 カネ⇒モノ⇒ココロ社会

今は残念ながら「カネ社会」と呼ぶしかありません。国や企業の力、豊かさの度合い、人々の幸福度など全ての価値が、カネの多寡によってのみ評価されれてしまう社会なのです。憲法が保証する、最低限の生活を送るための保護を受けている人たちも、月々の保護費はお金で受け取り、それで住宅費や光熱費、食費を賄います。しかしながら、ヒトは印刷したお金だけでは生きては行けません。雨露や寒さがしのげる住宅や衣服、体の健康を維持するための食糧、それを調理したり入浴をしたりするための最低限のエネルギーが必要だからです。それらの便益を得るために、今はカネを配るカネ社会システムだけしか存在しませんが、モノ社会では「現物支給」という方法もある筈なのです。

モノ社会では、保護を必要な人は、住宅や食糧などの現物支給を受ける事になります。光熱費込みの住宅は、行政が借り上げ必要な人に貸与します。食糧は、現物を配るか、定期的に配送車を走らせて、必要な人はそれを受け取る事になります。それによって、無駄な保護費を使わなくて済むでしょうし、保護を受ける人たちの安否確認もし易くなる筈です。これがモノ社会です。

ココロ社会では、これを更に一歩進めます。モノ社会では、モノさえ上手く配ってしまえば、保護する側の責任が果たされた様に見えますが、それは必要な条件ではあっても決して十分条件ではありません。そもそも「生活保護」などという呼び名が諸悪の根源でしょう。目的を含めて正しい制度の呼び名とするなら、それは「生活自立支援」制度でなければならないでしょう。あくまで、制度は自立するまで背中を押し伴走を目的とするべきなのです。もしそれが正しい方向だとすれば、伴走はカネやモノの支給だけでは十分ではない事は自明です。必ず、人が関わり、見守りを続ける必要があるからです。そのための人材は豊富に存在しています。例えば、団塊世代を中心とした、退役シニア達です。食糧支援には、主婦も大きなパワーになり得る筈です。夫婦二人前の食事を作るのも、数人分まとめて作るのも、手間は何も変わりませんし、作り甲斐もより強く感ずる事が出来るでしょう。食事は、行政が支給する保温性のある容器で、暖かい内に被支援者の手元に届く様にすれば良いでしょう。支援が必要な人数を考えても、料理を余分に作るのは週1,2回で済むでしょうし、暖かい食事は同時に作った人の「ココロ」も届ける事になるでしょう。困った人を援助する暖かいココロと、受け取った側の感謝のココロが、ぐるぐる循環する社会を、ここでは「ココロ社会」と呼ぶのです。赤字大国のこの国では、福祉予算はますます絞らざるを得ないでしょう。しかし、ココロ社会では支援する側の費用を実費補てんさえすれば、ココロの循環は維持できる筈なのです。

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