« 2793 マネー還元主義 | トップページ | 2795 終わらせ方 »

2015年9月 4日 (金)

2794 千里と一歩

千里の道も一歩からとはよく言われる喩えですが、人生であれ国のマツリゴトであれ、それは同じでしょう。選択肢が360度(360個)あるとして、踏み出した最初の一歩がその後の「方向」をかなり制約してしまうからです。自分の人生を振り返っても、この国の来し方を振り返っても、明らかに方向転換で新たな一歩を踏み出してしまった、と感じられる瞬間があった事は間違いないでしょう。例えば、戦争を始める方向に踏み出した瞬間、また例えばそれに破れて、P宣言に署名をした瞬間、戦後であれば安保法案を可決した瞬間、あるいは原発建設を決定した瞬間などなどです。

しかし、先人が何百年も積み上げてきた「伝統」に別れを告げて、新たな一歩を踏み出す際に、私たちは余程慎重になる必要があると思わねばなりません。伝統とは、先人が叩いて安全と証明してくれた石橋の様なもので、それを受け継ぐ私たちは、やはり相変わらずそれを叩きながら、前に進む必要があると思うのです。例えば、原発を決定した当時は夢のエネルギーと呼ばれていました。石炭や石油に比べて、夢の様に少ない核燃料で、莫大なエネルギーが得られるからです。

人類の進歩に取って革新は必要ですが、常に正しいという訳ではありません。革新と言われた技術や社会の仕組みで、それが長い間生き続け、かつ私たちの生活の質を、真に高めてくれたものを探そうとしますが、なかなか見つかりません。ダイムラーの車の様に、単に生活の利便性が高まった技術であれば、枚挙に暇がありませんが、車が私たちの幸福に「絶対不可欠か?」と問われれば、もっと大切なものは数多いでしょう。多数決を基本とした、立憲民主主義さえ、僅か3割に満たない支持しか集められない政党が、2/3もの議席を占めてしまう「致命的な欠陥」を持っているではありませんか。必要な事は、一歩を踏み出した後の「確認」の様な気がします。歩数が少ない間は、軌道修正もでき易い筈なのです。投稿者は、たぶん人生の900里以上を歩いてしまったと思っていますが、この国はもう何里位進んだでしょうか?そしてその方向は正しかったのでしょうか?

|

« 2793 マネー還元主義 | トップページ | 2795 終わらせ方 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2794 千里と一歩:

« 2793 マネー還元主義 | トップページ | 2795 終わらせ方 »