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2015年9月20日 (日)

2808 思考停止

嫌な響きの言葉です。パスカルの言葉を十分に理解している訳ではないのですが、人間が考える葦であるとして、考える事を止めた途端ただの「葦」つまりは、河原の雑草になってしまうと思うからです。思考停止は、いわゆる思い込みから始まるのでしょう。意味を深く考えずに、他人のいう事を盲信・盲追する態度から生ずると思うのです。その意味では、2805で書いた「原理主義」にも通ずるものがあります。

ではなぜ思考停止に陥るかですが、それは以前にも書いた事ですが、還元主義に深く関係すると見ています。つまり、考え方における還元主義とは、~は~に過ぎない(~しかない)、というものの見方を指します。国の安全保障は、集団的自衛権しかない、と主張するのも、あるいは単純に隣人を愛して、どの国とも平和条約を結べば事が足りると考えるのも、いずれも原理主義であり還元主義の一例と言えるかも知れません。それしかないと思い込めば、他の選択肢は見えなくなり、一つの目標に向かって突進する事になるのでしょう。思考停止に陥ると、他の意見に耳を貸さなくなり、問答無用の頑なな態度をとる様になります。そうでなければ、リーダー的な人の意見を盲信するかのいずれかなるのでしょう。

今この国の政治を観察するに、まさに多くの政治家は思考停止に陥っているいるのでないかと疑ってしまいます。その証左は、議会における堂々巡りというか、噛み合わない議論を眺めるだけでも十分でしょう。野党も、少しばかり法案の弱みを突いて、与党側を慌てさせる場面も確かにありましたが、そこを突破口に畳み込む様なパワーは感じられませんでした。どんな法案であれ、人が作ったオキテ(決め事)には、欠陥や矛盾がある筈です。それを防ぐには、物事をある程度分解して、その要素ごとに理論を固めていく必要があるでしょう。明確な事態が措定でき、それを記述しない法律は、玉虫色の欠陥法令と言うしかないでしょう。玉虫色の決め事(法律)は、その運用において必ず混乱が生ずることは、歴史が繰り返し教えるところでもあります。今日から山に向かうので、たぶん数日休稿です。

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