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2015年9月30日 (水)

2815 デジ・アナ

種々の事象がデジタルであるか、アナログであるかを時々考えます。例えば、今文字を打っているパソコンはデジタル信号で動いているのは間違いないところですが、モニター画面に映し出される写真が、たとえデジカメ(デジタルカメラ)で写されて、1インチ当たり数百ドットのモニター画面に、何千階調だかの「デジタル画像」として表示されているにしても、それを眺め理解している自分の脳は、アナログ的に認識しているんだろうな、と想像しています。つまり、コンピュータ内でのデジタル信号が、いつの間にかアナログに「変換」される瞬間があるという事になります。

逆ももちろん存在するでしょう。つまり、無限の色や明暗の階調を持つアナログな景色を、高い(あるいは安っぽい)デジカメで、デジタル信号化する過程が、それに該当します。同様に、アナログで起こっている事象を計測器で計った場合、結果の数値データはデジタルになってしまうでしょう。結局、デジカメや計測器は、アナログな現象をデジタル化する機械であると定義できそうです。

ところで、言葉とは何でしょう。アナログである自然の色を、例えば虹を、七色であると表現した途端に、虹は7個の言葉のデジットに分けられ、デジタル化された事になります。実際の虹には、7つという少ないデジットではとても表現できない程の「中間色」が含まれていますから、事実上色を細分化することなど出来ない相談だと言えるでしょう。画家は、自然の景色を描写しようと「もがき」ますが、多分これまでどの画家も完全に納得のいく色で、風景画を完成させた事はないと想像しています。何故なら、絵の具の種類は限られているからです。たとえそれを混ぜ合わせたとしても、種類が何倍かに増えるだけなのです。ですから、多くの画家は具象を諦め、抽象に走るしかないのでしょう。

この事を敢えて表現すれば、私たちはアナログの世界を、計器や有限の数の視神経や言葉でデジタル化した上で、再度アナログ化して脳で理解している、というややこしい言い方になってしまいます。結局、敢えてデジタルとアナログに分ける意味なんか無いという、変てこな結論になってしまうのです。

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