« 3013 技術だけでは・・・ | トップページ | 3015 同じ穴の・・・ »

2016年5月19日 (木)

3014 技術だけでは2

YS-11のビジネスとしての失敗に懲りた、この国の航空業界とそれをパックアップする立場のお国は、その後長く国産旅客機の開発に立ち上がる勇気が出ませんでした。技術の伝承は、20年ほどで途切れてしまうのにも関わらずです。武器であったにせよ、技術レベルでは当時世界最高レベルのゼロ戦や、飛燕を開発した優れた「航空技術」は、こうして1980年代には途切れてしまったのでした。

その一方で、1980年代に市場は、40-50人乗りの旅客機(まさにYS-11サイズです)を渇望していたのです。用途は、主に米国における「トランク&ハブ」システムによる航空需要向けです。これは、大都市に隣接する主要空港を大型機で繋ぎ、ローカル空港とは小型機で結ぶと言う考え方です。大型機路線(いわば新幹線に相当)をトランクラインと呼び、乗換空港からの小型機路線(いわばローカル線)をハブラインと呼ぶシステムです。これに目を付けた、当時民営化を果たしたブラジルのEンブラエル社と、航空機メーカーを合併しカナダ政府のバックアップを受けたBンバルデイア社が、あれよあれよという間にシェアを獲得し、業界No.34に躍り出たのでした。航空機の開発は、確かに大きなリスクだったとは思いますが、彼らは立派にそのリスクを取ったのでした。もちろん、ビジネスセクターはしっかりとした「市場調査」も行った事でしょう。

一方で、立派な技術がありながらビジネスリスクを取らなかったこの国の航空機産業は、完全に出遅れてしまったのでした。遅蒔きながら、2000年代になって国産旅客機の開発を決断したM社ですが、ビジネスとして見れば完全に「遅蒔き」だったと言うしかないでしょう。しかも、ゼロからの出発だった開発作業は、慣れない事だらけの「ガタガタ(あるいはゴタゴタ)」状態で、スケジュールがべた遅れになってしまった事は、初飛行が四度も延期された、という報道でも明らかでしょう。

何故、1980年代にYS-11のバージョンアップという形で、小型旅客機ビジネスを立ち上げられなかったのか。この国の企業とお国の、市場への疎さと優柔不断を嘆かずには居られません。既に枠組みが出来上がってしまっている小型機市場に、いくら性能が優れていると主張しても、結局は売値を叩かれて、またぞろ赤字を垂れ流すと言う、「(技術で勝ってビジネスで負ける)この国の轍を踏んでしまう事は必至、だろうと投稿者は見ています。

|

« 3013 技術だけでは・・・ | トップページ | 3015 同じ穴の・・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 3014 技術だけでは2:

« 3013 技術だけでは・・・ | トップページ | 3015 同じ穴の・・・ »