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2016年5月29日 (日)

3024 技術とコントロール

広島でのOバマ大統領の言葉ではありませんが、技術は適正にコントロールされなければならないでしょう。科学者や技術者は、文字通り科学や技術のスペシャリストではありますが、それを応用するに当たっての「倫理」については、全くと言って良いほど素人なのです。何しろ、この国限らず学校で「科学倫理」や「技術倫理」などという授業は全く行われてこなかったからです。倫理などという言葉は、そもそも文系の言葉であり、理系の人が学校に入り直して哲学でも専攻しない限りは、言葉さえ知らない科学者や技術者が殆どだと想像しています。

倫理(学)とは、一般には「人と人との間のルールを考えること」ですから、科学倫理や技術倫理とは、結局は科学・技術と人(社会)との関係を考える事を指す言葉だと言えます。科学者や技術者は、ある技術が実用化されると、その事だけに興奮して闇雲に前に進んでしまう傾向あるのは間違いないでしょう。論文や特許を、他人より1分でも早く「モノにして」手柄を立てる事が、自らの存在感を増すと考えている人種だからです。原爆を開発した、マンハッタン計画に関わった、科学者や技術者の「興奮」や、小型の原子炉を開発して、潜水艦に搭載して、数か月間潜航したままで行動が可能になった時の彼らの「達成感」は想像するだけしか出来ません。、しかし、その爆弾が日本に投下され、あるいは軍事用の原子炉が大型化され発電用に造り直された結果起こした、「人間には制御できない事故」の悲惨さは、開発に関わった彼らにはついぞ想像できなかった訳です。

技術開発に関わるチームには、絶対に文系の「見張り役」が欠かせないと思うのです。彼らの役割が、その技術が使われ、広く普及した場合の社会を想像力を膨らませて想像し、そしてマイナスの側面を、可能な限り拾い出す事です。そして、技術がもたらす利益と回避出来ないマイナス面を天秤に掛ける役割を引き受けるのです。もし、その技術がのマイナス面が人間の健康や環境の悪化につながる要素を一つでも持って居るのであれば、どんなに優れた技術でも直ちに放棄すべき、という結論を出すべきでしょう。

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