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2016年7月31日 (日)

3079 最強の温暖化効果ガス

温暖化の原因として、二酸化炭素が「悪者ガス」の筆頭に挙げられますが、実のところ最大・最強の温暖化効果ガス(GHG)は「水蒸気」である訳です。何せ、二酸化炭素は百万分率(ppm)で計られますが、水蒸気は百分率(%)で評価される訳で、絶対量で言えば4桁もの差がある訳です。水蒸気は、確かにマイルドな温室効果しか及ぼしませんが、その絶対的な量で、あらゆるGHGとは比べものにならない程の温室効果を発揮するのです。

もし地球にGHGが全く無いと仮定した場合、現在14-5℃となっている平均気温は、マイナス20℃程度に低下すると言われています。地球は、ラッキーな事に大気と海洋の星となりましたので、太陽からの絶妙な距離と相俟って、生き物が棲むに最適の条件が整ったのでした。その地球が、今急速な温暖化の危機に晒されていますが、どうやら人為的なGHGに加えて、上昇した気温が海面からの水蒸気の蒸発を促し、温暖化を加速している様なのです。海水温の上昇は、例えば北極海の海氷の消失に顕著に現れています。

大洋の海水は、熱塩循環と呼ばれる千年単位のゆっくりした対流に支配されていますが、これは深海は一種の蓄熱槽になっている事を意味します。今、大洋のいくつかの場所で深海から再び海面に湧きあがってくる海水(湧昇流)が、果たして徐々に温度上昇しているのか、あるいはそうでないのか、長期的なデータが殆ど無いので、想像するだけですが、その海水には実はメタンなどのGHGも溶け込んでいるので、温度ばかりではない影響を大気に及ぼすと見られます。

地表の気温は、日々上下を繰り返しますが、大気中の湿度が高い場合、日没後の気温はなかなか下がりません。そこに、翌日の太陽からの日射が注がれると、結果的には近年急増した「真夏日」や「猛暑日」が普通に現れる事にもつながります。ここでの結論としては、私たちはもっと湿度、取り分け大気中の絶対湿度に注目する必要がある、としておきます。

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2016年7月30日 (土)

3078 ニーズのレベル

市場のニーズ、二―ズと言いながら、ニーズにもレベルと言うものがあるでしょう。例えば、「喉から手」レベルもあるでしょうし、「日々の暮らしに必須」レベルもあるでしょう。また趣味の領域で、「あればとてもうれしい」レベルもあれば、「あったらあったで便利」レベルから、最低の「あっても邪魔にならない」レベルまで、必要度においてバラつきがある筈です。なので、メーカーや企業が、モノやサービスを、どの様なレベルのニーズに向けて提供するものであるかは、よくよく吟味してみる必要があるでしょう。

もちろん、モノやサービスを実際に買おうとする消費者の、その時の懐具合も大きな問題ではなります。いくら欲しくても、先立つものが無ければ、如何ともしがたいでしょうから。消費者が欲しいと思った製品やサービスが市場に存在し、その代価が懐具合と欲しさ加減の綱引きで、後者が勝った場合に、実際に彼(彼女)は、財布を片手に店に走るのです。

しかし。日々の暮らしに必須の、衣食住や交通手段やエネルギーについては話は別です。生きていくため、あるいは日々の糧を得るための仕事をするために、不可欠なモノやサービスは、それを抜きには生活が続けられないでしょう。例えば、投稿者が住む北国のデータベースによれば、1所帯当たりの熱需要(つまりは給湯暖房用などのエネルギーですが)は、年間30万円以上もあるとされています。現在、その多くは石油(灯油)で賄われているため、化石燃料には強いニーズが存在し続けています。高々8万人ほどの人口しかない地域ですが、熱需要を金額に換算するとなんとおよそ300億円にも上るのです。

何も弱いニーズに向けて、無理やり製品やサービスを提供する必要はないのです。上の例で言えば、灯油に代わる熱源を作って提供してやれば、300億円の何割かの市場を掴む事も可能だと言えます。たった1割だって30億円の市場につながるのです。これを太陽熱やバイオマスなどの再生可能エネルギーで賄えば、地元に新たな市場を形成できるはずなのです。そういうアプローチこそが、地域創生の中身でなければならないでしょう。

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2016年7月29日 (金)

3077 スモールビジネス

スモールビジネスについてもう少し続けます。スモールビジネスとは、文字通り小さいサイズの商売です。例えば、従業員が30人ほどの企業があったと仮定すれば、その内の1人か、0、5人ほどの給料が賄える程度のビジネス規模を指します。つまり、数人の人が少し残業をして頑張ればどうにか始末できるくらいのビジネス規模でスタートするのです。この程度だと、もし目論見が上手く行かなくてもその会社が傾いてしまうこともないでしょう。

もし幸運に恵まれてそのスモールビジネスが前に進むのであれば、残業する人の人数を増やし、生産量を上げていけば良いのです。そして、何人かの給料が賄える規模に拡大した時点で、例えば設備投資などの「手」を打っていけば良いわけです。実は、これは先人が事業を起こしてきた方法のコピーに過ぎません。あの巨大企業となったM下電気(Pナソニック)でさえ、創業時は電灯の二又ソケットを作っていた手工業メーカーだったではありませんか。

結局は、スモールビジネスであっても、大きなビジネスであっても、市場のニーズへの「感度」が重要である事に変りはないでしょう。今ある設備や人材を転用して、新たな製品やサービスを提供しようと目論んでも、ニーズが動かなければ一人相撲になってしまうからです。ニーズを掘り起こすのは実は結構骨が折れます。つまり、自分や周りの人が欲しい製品やサービスだと確信しても、では実際に消費者が財布を開いてお金を払ってくれるかどうかは別問題だからです。つまりは、ニーズのレベルの問題です。これについては稿を改めます。

幸いな事に、現代社会ではネットというコミュニケーション手段が発達しています。多くのスモールビジネスは、ネットで評判になって拡散していったものが多い様です。その際、製品やサービスの持つ市場価値と、値付けのバランスが重要で、髙過ぎず、安過ぎない値付けが不可欠でしょう。

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2016年7月28日 (木)

3076 地域創生?

マスコミで毎日の様に言及される「地域(地方)創生」という言葉を少し噛み砕いてみます。地域は昔からそこに存在するのであって、今更何を「創るのか」という突っ込みもできますが、今のお国のリーダーの「お経」で言えば、3本目の矢で地方を活性化させるための地方版の「お経」という事になるのでしょうか。確かに、地方では少子高齢化の流れが、国の中でも加速度が大きく、今投稿者が住んでいる県や地域では、減少率が1%を超える勢いなのです。その中で、創生策だとか活性化のために打つ手は限られそうです。

例えば、以前から言われている農林水産物を地元で加工して売る、いわゆる6次産業化の動きがありますが、残念ながらマーケティングや流通力の弱いままでは、生業にはなり得ても、産業には育ちにくいでしょう。また、「観光産業」に「インバウンド」などというカタカナ言葉を当てて、海外からの観光客を地方に誘導しようと言う安易過ぎる「政策」を打ち出して、お役所を作った上で大臣まで任命しているのです。一体今の観光ブームが何時まで続くと考えているのでしょうか。日本観光など、海外旅行が出来そうな海外の富裕層も、一巡すれば何度もリピートするとは考えにくいでしょう。これらの策が行き詰った時、次の矢はとしてどんなものが準備されているのでしょう。新たな赤字国債で予算を組めば、地方創生が進むと言うものではない事は明らかです。

しかし地方の「売り」は決してこんなものではないでしょう。食や住の安全は、何物にも代えがたいでしょうし、物価の安さを考えれば、あくせく働くなくてもどうにか暮らせるでしょう。地域の暮らしにくさは、実はエネルギー(石油やガスなど)や工業製品を地域外から移入しているために、それらが物価を押し上げている点にあるのであって、食・住は、都市住人には信じられない程安く手に入るのです。もちろん、サラリーをしっかり貰える職は少ないので、自ら何らかの生業を創り出す事は必要でしょう。言わゆる、現在地場産業と呼ばれているものだって、先人が小規模で始めた生業がスタートだった筈で、始めるのは「スモールビジネス」で十分なのです。

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2016年7月27日 (水)

3075 ココロの闇

まるで海外のテロ事件の様な悲惨な事件のニュースが流れました。海外での銃乱射事件やトラック暴走事件も壮絶ですが、それらとあまり変わらない凄まじさです。こうなってくると、やはり事件の背景を考えてみない訳にはいかないでしょう。もちろん、犯罪心理学など全くの門外漢の投稿者に上手い分析が出来る筈もありませんが、素人にもココロの闇は確かに見えている様に思えるのです。他人に憎しみを抱く事は、例えばイジメの被害者などには十分あり得るのでしょう。しかし、殺意となれば、しかもそれを実行するとなれば話は全く異なってきます。ココロの問題から、行動の問題にジャンプするからです。思う事と、行動する事にはかなりの位置エネルギーの差があると思うのです。

他人を殺したいほど憎むのと、実際にそれを実行する事には、結果において雲泥の開きがあるのです。つまり、どんな危険な事を思っても、それは思った人のココロの中の嵐ですが、実際に手を下してしまえば、取り返しのつかない「結果」が生まれてしまうからです。その境界を越えてしまう事は、やはり人間としてのココロが、突然何者かによって真っ黒に塗りつぶされてしまったとしか考えられないのです。

その「何か」ですが、取り敢えず思い至るのは、明るすぎる社会の底に出来る影の存在です。太陽が明るければ、明るい程くっきり影を作りますが、実際には空全体も光を放っているので、影が完全に闇になる訳ではありません。しかし、真昼でもなにか箱の様なもので完全に光が遮断された場合には、真っ暗な闇が存在してもおかしくはありません。その意味で現代社会は、少し外れた人を阻害する「生き辛い」世の中になってしまったのかも知れません。社会から弾き出された人たちは、影の中に、やがては暗い闇の中に籠るしか生きる術がなくなるのでしょう。何処から、何時からこの様な(闇の多い)嫌な時代に入ってしまったのか、私たちは猛省する必要があります。

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2016年7月26日 (火)

3074 各種症候群

成長症候群というKWが出たついでに、各種の症候群について記しておきましょう。ヒトや社会は、どうやら上手く方向を切り替えながら進む事が苦手の様なのです。よく人生や社会の悪循環とか好循環とか言い方をしますが、この言葉が表す様に、事態はグルグル循環を繰り返し易いと思われるのです。別の言葉でハマると言う言い方をしますが、ツボにハマってしまうと、取り敢えずは快適なので、なかなか抜け出る意欲が湧かないのでしょう。

ある病気にハマってしまい、いくつかの症状を発する事を「症候群」と呼びますが、ヒトや社会も種々の症候群にハマり易いのでしょう。3073では、社会の「成長症候群」に言及しましたが、その他にもヒトや企業の「金儲け症候群」、ヒトの「ギャンブル症候群」、社会の「悪者探し症候群」あるいは「現状維持症候群」や「アイドル作り症候群」などなどが挙げられます。つまりは、ヒトも社会も企業も、何らかの形で「偶像を祀り上げ」それを維持する事で、モチベーションを保とうとする「力学」が働くと考えられるのです。

そうではなくて、私たちは種々の病気に立ち向かわなければならないでしょう。そのためには、先ずは「診断」が必要です。自分が、社会は、あるいは自分が属するコミュニティが何らかの病気に罹患していないか時々診断をしてみる必要があります。病気を直接特定する事は、なかなかに難しい事ではありますが、幸いな事に症状を観察する事は比較的容易です。社会で言えば、多くの人が、何か特定の人やモノや現象に夢中になっていないかを第三者的な視点で観察してみれば良いでしょう。その結果、その他のより注目すべき事象が無視される様であれば、明らかに良くない症状に陥っていると見るべきでしょう。古くから、為政者は各種症候群を上手く利用してきた事は歴史の教えるところでしょう。一度「穴」にハマってしまうと、そこから抜け出すには結構なパワーが必要なので、穴に落ち込まない様に注意を払う事も大切ですが・・・。

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2016年7月24日 (日)

3073 持続可能性

この言葉を何度このブログで使った事でしょう。投稿者が、何となく社会の行く末に不安を抱いたのは、多分1970年代の後半の事だったでしょうか。当時の風潮は、オイルショックでの一時の停滞はあったものの、「日本列島改造計画」だの「大きい事は良い事だ」などと言った、右肩上がりの時代背景に、行け行けドンドンのムードが支配していたのでした。来年は、今年より経済規模がグンと拡大し、給料も確実に上がり、それで車や新たな家電を買い足し、和洋中のグルメを口にし、旅行などいわゆる旅行やレジャー産業も拡大の一途だった様に思い返しています。

物価も同じように右肩上がりで、土地や住宅の不動産価格も給料以上のカーブを描いて上昇を続けていたのですが、庶民は給料が上がり続けていたので、強気でローンを組んで、高額商品や不動産も買い込んでいたのです。しかし、飽和しない上昇カーブの行き着く果ては、カタストロフィー(破局)しかないと指摘する「破局の理論」と題された本を手にするに至って、投稿者としても持続可能な社会の重要性を強く意識するに至ったのでした。旅客機でも同じですが、離陸した機体は高度を上げつつも、やがて上昇を止めて水平飛行に移りますが、それも目的地に近づくにつれて再び高度を下げて着陸態勢に入るでしょう。もし、パイロットのミスであるいは計器が故障して高度を上げ続けたと仮定した場合、規定の高度を超えると、最悪の場合機体が空中分解を起こすなどの大事故(カタストロフィー)に至るのは間違いないでしょう。

私たちの社会は、とっくに水平飛行に入っていなければならないと思うのですが、それを認めない人達は未だに「経済(成長)至上主義」を捨てられないでいるのです。実のところ、資源やエネルギーの賦存量や環境負荷を考えれば、今世紀に入った辺りで、私たちはやや下降に入るフェイズに入らなければならない筈なのですが、事態は逆で、更なる経済規模の拡大を止める事が出来ないのです。最早これは「成長症候群」と呼ぶしかない重い社会病なのかも知れません。

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2016年7月23日 (土)

3072 Pケモノミクス?

歩きスマホを強要するアプリがブームの様です。何時も、何かのブームの度に感ずるのは、人はどうやら本能的に熱中できる何かを求めている様だ、との想いです。それは、生きるのに必死である時代には生活苦に隠れているのでしょうが、江戸時代の様に、世の中が安定し、どうやら日々の暮らしも安定してくると、人々のブーム好きが頭をもたげてくるのでしょう。寺社参りブーム、冨士登山ブーム、朝顔ブーム、観劇ブーム、旅ブーム、俳句ブームなどなどが頭に浮かびます。

現代でも、健康ブーム、卵型のポケットゲーム、ディスコブーム、投資ブーム、海外旅行ブーム、グルメブーム、ボランティアブーム、携帯電話ブームとそれに続くスマホ(アプリ)ブーム、各種のスポーツブームなどなどがあったり、今も続いたりしています。

あれもこれも、結局は人々の価値観がどっしりと安定していない事に起因するのではないか、と投稿者はみています。もし、ある人の人生において価値観が安定しているものであれば、行動の優先順位も自ずと決まってくると思うのです。例えば、他の人の役に立つ事が価値観の大きな部分である人が多ければ、ボランティアは一時のブームではなく、持続する底流となっているでしょうし、現代の様に弱者が切り捨てられる時代とはならなかったでしょう。

私たちは、何か面白いもの、熱中できるものを探し回る前に、先ずはじっくり自分の価値観を見つめ直してみるべきだと思うのです。それに人生を懸けるかどうかは別にして、仕事の他に余裕が出来た場合には、取り敢えずコツコツと、自分が価値を感ずる行動を続ければ、長い人生の中では、何事かを成し遂げる事も出来そうな気がします。

さて投稿者が人生の後半で何に価値観を見出したかですが、やや抽象的にはなりますが「持続可能性」という価値だったのです。だからこそ、環境の持続可能性に注目し、「環境おじさん」に脱皮したのであり、長い間技術者であった事を何らかの形で「持続可能な産業」形成の役に立ちたいと志したのでした。書いている内にPケモノミクスの話題からは大分離れてしまいましたが・・・。

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2016年7月22日 (金)

3071 全自動なんか○○喰らえ

現代社会では、何でも全自動にしたがります。電化製品の多くは、マイクロコンピュータが状況を確認し、洗濯であろうが、料理であろうが、掃除であろうが、勝手に「処理」してくれる事を売りにしているのです。いまやそれが、人の命に直接関わる車の運転であってもです。しかし、ここで投稿者がどうしても納得できないのは、家事と車の運転を同じレベルの話として片付けようとしている風潮です。家電は、異常事態が起こっても自動的に停止すれば、それ以上の事態の悪化は防げるでしょう。

しかし、公共の場所や路上を高速で走っている車の場合、異常を検知して自動的にハンドルを切ろうが、自動ブレーキが作動しようが、惰力走行距離が生ずるので、結局は事故が避けられないケースも多いでしょう。しかし、多くの場合、起こってしまう事故では、良くて大けが、悪くすれば命に関わる事態も避けがたいのです。

一方で、多くの機器が全自動になった場合、オペレータである人間を無能化するデメリットも大きいのです。つまり、機器の操作は元スイッチを入れるだけで終わりなので、オペレータは機器の構造を理解する必要もありません。従って、電池切れなどの簡単な故障でも、それを直す事など考えもしないでしょうし、修理能力も失われてしまうのです。

そうではなくて、出来ればメーカーには手動操作の余地を残すか、自動・手動の切り替えが出来る様にしておいて貰いたいものです。そして、オペレータには是非機器の構造を知る努力を惜しまないで貰いたいのです。中身が分からないブラックボックス程恐ろしいものはありません。マイコンの暴走、接触不良、あるいはソフトウェアのバグなどなどで、制御不能になる可能性を孕んでいるからです。便利な、特に便利過ぎる機器は、人類を滅ぼす元凶だと言っておきましょう。

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2016年7月21日 (木)

3070 熱伝導の抑制≒省エネ

省エネルギーと言えば、現在はほぼ「節電」と同意になっている様に見えます。これに加える形で、自動車燃料や石油(ガス)暖房の抑制などが含まれている場合もあります。しかし、省エネルギーを突き詰めて考えると、実はエネルギーの流れの抑制にこそその本質があると思うのです。エネルギーは、どの様な形態であれ、ポテンシャル(例えば電圧や水圧・空圧)と流れの強さ(例えば電流や水量や空気量)の積によって規定されるものであり、単に流れの量の抑制だけに還元しては片手落ちというものでしょう。

例えば、コンプレッサーの省エネを考える際に、空気量を絞って節約するだけでは対策としては不十分です。もし、空気の元圧を下げても、機器や作業の効率が殆ど落ちないのであれば、それを実行すれば、ダブルでの省エネ効果が実現できるでしょう。それぞれ、1割ずつ下げれば、併せ技で1割近くの省エネが達成できる訳です。

とは言いながら、エネルギーの多くは熱の形(熱の流れ)で消費されている事を忘れてはならないでしょう。冷暖房はもちろん、車だってガソリンを燃やして「熱」エネルギーから力を取り出している仕組みですし、発電所だって、元はと言えば石油や天然ガスの燃焼熱を利用して、その一部を電力に変換している施設ではあります。それを踏まえた上で、熱はそれを利用するのに必要とするルートで流れる他に、いわゆる「損失」として、失われる割合も非常に大きいのです。効率を追求した最新の発電所でさえ、熱を電気に変えられる割合は40%を少し超える程度ですし、車に至ってはガソリンからは20%を超える程度でしか、運動エネルギーを取り出す事が出来ていません。損失となるエネルギーは、実は全て低温度の熱となって、大気中や海水中に放出又は失われているのです。

現代生活では、非常に大きなエネルギーを消費している冷暖房負荷の殆どは、建物の壁や屋根を通じて侵入する、又は放散する熱を、排出又は補充する形で冷暖房を行うので、建物の断熱性能によって、消費エネルギーがほぼ決まってしまう事になります。その他にも、高温の流体が流れる配管からの熱損失など、無駄な熱の流れは至るところに散見されます。それらを、今より性能の高い断熱材で食止め、減らすだけで、停滞している省エネは、グンと進む筈なのです。

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2016年7月20日 (水)

3069 ダブル断熱

旅行から帰り、今日から投稿再開です。建築中の拙宅は、色々考えた末にダブル断熱構造にしました。内断熱は、140㎜厚みの現場発泡の断熱材で、東北地方でもあまり寒くないこの地域では、これだけでまあまあの性能が得られますが、投稿者は最低限の入熱でも冬場の暖房が可能となる様に、構造の合板の外側に、更に30㎜の発泡断熱ボードを追加を依頼しました。結果、合板を含めると200㎜弱の壁厚となり、その上に窯業系のサイディングが載る事になります。その結果、気密性能も多分ですがかなり向上し、床下には温水を熱交換して作る低温度の温風を送る事によって、冬場に靴下で歩いても冷たくない家にすると言う目論見なのです。

ダブル断熱の効果は、個別の断熱材の性能に加え、間に挟まれる合板パネルの両面に閉じ込められる若干の空気層による断熱も期待できるため、さながら衣服の重ね着の様に冬暖かく、夏は熱気を室内に入れない効果も得られると考えているのです。

拙宅の建設工事の様子は、FBで工事と同時進行で公開中で、構造が分かる様にしていますし、今後も公開しながら進めるつもりです。最終的には、太陽熱・バイオマスハイブリッドの暖房給湯システムと共に、エネルギー収支のデータも公開予定ですので、今後の北国の住宅構造や暖房システムのひな形の一つとなる事が出来れば幸甚です。

https://www.facebook.com/yutaka.hatanaka.73

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2016年7月13日 (水)

3068 旅行不在

旅行不在のため、たぶん1週間ほど休稿です。世の中には何の支障もありませんが・・・。

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3067 自前発電所?

自前発電所と言っても、別に電気を起こすと言う話ではありません。別に電気など起こさなくとも、しっかり節電をすれば発電をしたのと同等の効果がある筈なのです。つまり、それまで月々200kwhの電力を消費し、例えば5千円位の電気料を払っていた人が、1割節電すれば、20kwhの電力を起こしたのと同じ事になり、外食が1回出来るくらいのお小遣いも生まれるでしょう。

忘れてはならないのは、国には2030年までに、2013年比で2.5割(正確には26%)の二酸化炭素削減の義務を負っていると言う事です。原発を止めながら、これを達成するためには、不安定な再エネ発電を増やすだけでは届かない筈です。

そうではなくて、先ずは25%の節電を目標に、官や企業や家庭が努力をすれば良いだけなのです。考え方は単純です。全ての電力を消費する機器の稼働時間を25%短くするか、建物や設備の断熱や減数運転やその他の方法で、運転時の電力を25%低く抑えるか、或いは両者の併せ技になるでしょう。それぞれのアプローチで10%削減ずつ落とせば、併せ技で20%近く削減できる訳ですから、25%カットも不可能な数字ではありません。

省エネの手法については、このブログでは繰り返し紹介してきましたが、考え方は単純です。エネルギーを使う際に、メーカーであればそれが製品に付加価値を付けているのか否か、サービス業であれば、それが本当に顧客満足の向上に寄与しているか否か、という✔を行って。Yesであれば、品質とサービスの質を落とさずそれを少しでも減らす工夫を、NOであれば速攻の削減を、その中間であれば、それに代わる他の方法を考えると言う「三分法」によって「仕分け」して、合理的に削減を進めるのです。これまで様々な業種業態の企業を指導してきましたが、真面目に取り組んでくれた企業では、3割削減の大きな果実をゲット出来たところもあったのです。必要なものは、やる気と、根気と、合理的アプローチだけなのです。

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2016年7月12日 (火)

3066 先人に学ぶ

ネットを使えばあらゆる「情報」が検索でき、それなりに理解できる時代になっても、私たちが先人以上に賢くなったとはとても言えないでしょう。何故そうなのか、あるいは何故そうでないのかは、ネットでは読めない「本質」に関わるものでしょうし、本質に迫るには、長く深い思索に頼るしか方法が無いと思うのです。先人の人生は今よりずっと短かったのでしょうが、その短い人生の中での彼らの思索の深さには脱帽せざるを得ません。

先人の思索を学ぶには、ネットで偉大な先人(偉人)の名前を検索して、何とかペディアを斜め読みするだけでは、全く不十分でしょう。少なくとも、偉人の数冊の著作を読み、その中でココロに引っかかった事に関して、更にその偉人の著作を読み進めて、初めて彼の偉大さの一端に触れる事が出来る程度でしょう。彼の思索の全容を理解する事などは、狭い分野の歴史研究者でも無理と言うものでしょう。

しかし、たとえ浅読みではあっても、先人の書いた本を読み、より深く考える事を止めてはならないのです。TVやラジオで、解説者が「そうだったのか・・・」とか、「これで分かった・・・」などの解説番組を見て「分かったつもり」になってはイケナイのです。何故なら、そこには深い思索が伴わないので、1日も経てば殆どあるいは完全に忘れてしまうでしょう。というのも、時々刻々と恐ろしい勢いで、新たな出来事の「ニュース」や「解説」が積み重なってくるからです。それを正しい意味の「情報」と考えるのは間違いでしょう。それらを何かに喩えるならば、洪水の際の泥水に似ているかも知れません。私たちは、それを正しい価値観というフィルターで濾して、少量でも「真水」を得る努力をしなくてはならないと思うのです。そのフィルターは、可能な限り多くの先人の著作に接し、「より確からしい」価値観を醸成するしか方法はないのでしょう。でもそう言えば投稿者自身も背中を痛めて以降、図書館に足が向いていなかったなー。反省反省。

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2016年7月11日 (月)

3065 右寄り、左寄り

このブログは、単なる批判とりわけ政治批判は書かないモットーですが、昨夜の感想を少し書いておきます。大衆の投票行動は、大きく右寄りに動いた様ですが、その動きには不安を禁じ得ません。それというのも、2/3もの多数などと言う「数」には、胡散臭さがあるからです。何しろ6割ほどの有権者の過半数を制したにしても、精々第一党の支持率は3割強しかなかった筈で、それが2/3の議員数を浚ってしまうのですから・・・。社会が安定に向かうのは、一方の陣営が多数を取って政治を動かす時ではなく、左右が適度のバランスを取りながら、少しの緊張関係を醸し出す時ではないかと思うからです。ヤジロベーが、不安定そうに見えて、しかし左右に揺れながらもやがて振れ幅が小さくなり安定に向かう様に、社会の重心が一方向に偏るのは、隣国のフェリー事故ではありませんが、大きく舵を切った時に復元力を失う可能性も高いのです。

かくなる上は、右寄りの勢力の中の中道に少しだけ期待するしかないのかも知れません。彼のFactionも、集合離散を繰り返してきた「ゆるい集まり」で、決して一枚岩でもないでしょうから・・・。何ちゃらミクスが息切れして不協和音が生まれれば、やがて「岩」にもクラックが生じて、ひび割れも起こるでしょう。多少、というよりかなり不安は残りますが、この国の底を流れているだろうバランス感覚に期待するしかたがなそうです。

先ずは、国が壊れない程度に問題が噴出するのを待つとしましょう。本物のマグマが噴出しては困りますが、慢心を揺さぶる程度の地震の頻発は期待したいところです。振動は、飛び出た地形を修正し、均すには良い刺激になり得るでしょう。この国は、海外からの揺さぶり(外圧)には弱いので、何発かのJoltを期待しつつ、加えて「国は経済だけて成り立つものに非ず」を証明する意味で、いくつかの「経済事件」も期待したいところではあります。それにしても、数年後ではなく、10年後、20年後、更には数世代後の将来まで見越した国のあり様を議論を口にする人々が増えるのは、百年河清を待つ様なものなのでしょうか。経済優先のモノカネ主義、今が良ければ将来世代は思いやらない刹那主義には本当にウンザリです。ところで、これは政治批判ではありません。単なる独り言のグチです。

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2016年7月10日 (日)

3064 何で食っていくか

審査などで訪問する企業の多くで、お国のリーダーが吹聴する程は、景気が良い訳ではなく、むしろ右肩下がりの再来を懸念しているとの声が聞かれます。もちろん、地域差もあるのでしょうが、少なくとも東北の田舎には「波及」が届いていないと言うべきでしょうか。しかし、景気の良さを誰かが作り出してくれるなどと考えるのは、他力本願過ぎると言うしかありません。仕事は、自ら作り出すべきであり、人々が暮らしを立てて行く限りにおいては、必ずや基本的な需要が途切れる事は無いのです。

結局は私たちは上を見過ぎている様に思うのです。確かに宇宙ステーションは、400㎞上空に浮かぶ「星」ではありますが、その星が喰えて、お腹が一杯になる訳ではありませんし、その星が何かエネルギーを地球に送ってくれる訳でもありません。凡人には、膨大な国費を使って、何やら大衆には理解できない実験をやっているとしか見えません。空を仰ぐのを止めて、地面を眺めれば、足元には問題が山積している事に気が付く筈です。作るべきは、下町ロケットではなく。「下町廃炉ロボット」だと思うのです。下町ボブスレーではなく、小型の再生可能エネルギー機器、例えば高効率のマイクロ風車やマイクロ水車でしょう。

無為に川に捨てられている処理下水や農業排水、あるいは街では殆ど利用されていないビル風、更に言えば全ての建物の屋根に降り注ぐ太陽光や太陽熱の有効利用こそ、中小企業が取り組むべき、そして取り組む価値のある分野だと思うのです。もちろん、1社だけで取り組むには、荷が重い分野もあるでしょう。その時こそ、数社が手を結ぶ「コンソーシアム」を作れば良いのです。負担やリスクが大きく減る代わりに、異業種が集まる結果「文殊の知恵」が次々と湧き出る筈なのです。何時までも、大企業の部品作りに甘んじている時代ではないのです。この国らしい、知恵を工夫を発揮すれば、世界に冠たる「小さな製品」もまだまだ生み出せるでしょう。

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2016年7月 8日 (金)

3063 900h㎩台風

なんと900Paまで気圧が深まった台風が、台湾を襲った様です。ニュースではまるで普通の台風の様に報道していますが、この気圧の低下は尋常ではないでしょう。何しろ、台風中心の気圧の低下だけで海面を1mも持ち上げる事が出来るパワーを持って居る訳ですから。これに、風による大波が加わるので、これがこの国を直撃する場合を想像するだけで、大都市のウォーターフロントで起こる悪夢の映像が浮かびます。

台風の気圧がこれほど大きく低下する理由としては、大きくは2つ考えられます。一つは海面温度の上昇です。事実、現在の太平洋の海面温度は、沖縄以南では30℃に張り付いているのです。海水温が高いエリアでは、台風が膨大な熱量と水蒸気量の補給を受けて、ますます強大に発達するのです。他の一つは、大気中の水蒸気量の増加です。地球規模で見れば、この数十年間で大気中の絶対的な水蒸気量は、4%ほど増加している様なのです。たった4%とも言えますが、それを絶対的な水の量に換算すれば、天文学的な量と言えるでしょう。水蒸気は、太陽光が海面から蒸発させるのですから、まさに熱エネルギーの権化とも言えるでしょう。それが増えているという事は、大気が起こす気象現象がよりパワフルになってきているとも言えるのです。

その結果の一つが台風やハリケーンあるいは竜巻などの暴風雨現象であり、集中豪雨やその裏返しである酷い旱魃も好ましくない現象だと言えるでしょう。海水温の上昇も、結果としての水蒸気量の増加も、温暖化が原因であることは疑いようがないでしょう。その犯人が、単独で400ppmを超えてしまった二酸化炭素の増加だけではない事もまた事実でしょう。いずれにしても、ますます地球が熱を貯め込み易い「体質」になりつつあることは間違いありません。困ったものです。・・・明日は海で遊ぶ予定なので休稿です。

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2016年7月 7日 (木)

3062 本当の宇宙病? 

宇宙病とは、無重力状態での乗り物酔いの様な症状を指す言葉ですが、ここでは故なく宇宙に取りつかれてしまった人々の「宇宙好き過ぎ」の症状を指す言葉として使います。11年目の宇宙病の青年がまたISSに向かう様です。今度のミッションがどんなものか、殆ど知りませんが、ニュースなどで伝えられる目玉実験は、宇宙における老化の加速に関して、マウスを使って確認するのだそうです。もちろん、その実験は地上に居る普通の人々のための実験でない事は確かです。何故なら、私たちは、遊園地のややスリルのある遊具などで瞬間的に味わう以外、一生無重力などというものを経験する事は無いのですから。

つまり、宇宙での実験は、長期に宇宙で滞在する、12人目以降の宇宙病青年か、あるいは月に滞在するか火星に向かう、もっとキチガイじみた宇宙病患者のためだけの実験でしかない訳です。これまでISSの日本モジュールの中で行われた「無重力実験」で、どの様な成果が出て、それが私たちの生活に役立っているか寡聞にして知りませんが、少なくとも投稿者自身は、それを確認したとはありません。ISSのこの国の費用分担は、既に9000億円を超えた様です。長い間の積み重ねであるとはいえ、お金だけではなく、プロジェクトに注ぎ込まれた、この国でもトップクラスの多くの人材が、宇宙病患者のままで生涯を終え、更には多くの宇宙病の少年を生み出し続けている事を悲しく思います。

ISSの予算と、優秀な頭脳を別の「地上のプロジェクト」に振り向けたら一体どの様な素晴らしい成果が生まれたか、想像も出来ない程です。宇宙病患者の人々は、物理学や航空宇宙工学や材料科学や医学や生物学などの分野ではトップクラスの頭脳であった筈です。彼らのパワーを使えば、例えば放射能を無害化する技術や、事故を起こした原発内部でも働ける「ロボットアーム」などが実現できているかも知れないのです。宇宙病患者の満足のためだけの予算とマンパワーの浪費に、今日も深く嘆息するしかありません。

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2016年7月 6日 (水)

3061 MAITEDサイクル2

3052にPDCAサイクルを超えるためのMAITEDサイクルを提案しました。これはその続きです。PDCAでももちろん、良く考えられた計画を立て、忙しさにかまけないでしっかり実行し、その結果を深く分析し、それを踏まえて次年度の計画を練れば、良い結果も生まれるでしょう。しかしながら、ヒトは慣れる動物でもあります。前年度の計画をそのまま日付を変えて次年度の計画にしてしまう、ズル賢さも持ち合わせています。その結果どうなるかと言えば、言わずもがなですが「堂々巡り」に陥るのです。

一応の計画があって、見かけ上PDCAを回すとどうなるかと言えば、計画を実行した結果は、当然の事ながら「成り行き」になってしまうでしょう。誰も、計画の存在を気にしたり、生真面目に実行したりする人はいないからです。

これを防ぐには、常に原点に復帰する必要があります。無理やり例を挙げるなら、高等な動物であれば、もちろん長期記憶も持ち合わせていて、経験も蓄積されて上手く生き抜いていく事も出来るでしょうが、多くの動物は瞬間を生きていると想像しています。つまり、その瞬間の事態に対して、生き抜くための最善の行動をする筈なのです。つまりは、時々刻々と原点復帰を繰り返している訳です。

堂々巡りに陥らないためには、やはり常に「目的に立ち返る」必要があるのです。PDCAサイクルの目的は、PDCAを回す事にあるのではなく、例えば品質を向上させたり、省エネを達成して環境負荷を下げるたりする事にある訳で、それはひいては事業の持続可能性を引き上げる事につながるのです。その、本来の目的をすっ飛ばして、ひたすらにPDCAを回しても、時間や紙のムダが延々と続くだけになるでしょう。そうではなくて、システムで回されるあらゆるサイクルは、例えばMAITEDサイクルの様な深い分析を行った上で、常に新しい行動アイデアを吹き込み続ける必要があると思うのです。

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2016年7月 5日 (火)

3060 紛争○○

3059で取り上げた言葉、コンフリクトフリーが注目されてきた背景には、言わゆる「紛争鉱物」の問題があります。これは、いわゆる紛争地域、取り分けアフリカのコンゴに代表される地域で採掘されるスズ、タンタル、タングステン、金(まとめて3TGとも括られる)などの鉱物を、指す場合が多いようです。紛争地域では、ゲリラ組織などが武力で鉱山を抑えているので、産出される鉱物の取引代金が、ゲリラの資金源となって、更に紛争を長引かせる要因にもなっているのです。

しかし、紛争鉱物は何も3TGに限られるものではないでしょう。ダイヤモンドや金や各種のレアアースなども例外ではないでしょう。というより、石油も含めて、お金になる主要な地下資源は全て紛争○○と呼んでもおかしくはないのです。紛争石油、紛争LNG、紛争メタンハイドレート、紛争・・・、という事になります。紛争地域外であっても、鉱物の採掘作業自体が、いわゆる鉱害を引き起こす場合も多いのです。目的の鉱物と共に産出する不要な「重金属(鉛やヒ素など)」が、高山周辺の土壌や下流の川や地下水を汚染する事が主な害悪です。

一方で、紛争地域でとれるモノは何も鉱物だけではありません。作物だってあるでしょう。残念な事に、紛争地域は飢餓地域とも重ねってしまっています。結果、B国などの農産物輸出国は、穀物自体を「戦略物質」としても認識していて、武力ともに「アメとムチ」として利用してもいるのです。この場合は、紛争によって十分な作物を作れない地域では、ありふれた作物自体が紛争のタネともなっている様にも見えます。

私たちは、この様な紛争鉱物や紛争○○に手を出す事の無いようにしたいものです。安いと言う理由で買い続ける事は、結果としてその地域の紛争を長引かせる事になるからです。とは言いながら、商社は安い地下資源を求めて貪欲に紛争地域へも分け入ります。企業は、コンフリクトフリーを死守し、由緒正しい資源を調達すべきでしょう。この国には、既に十分な量の資源が輸入されていますので、リサイクル技術をもっと磨けば、国内にも多くの3TGやレアアースの蓄積がある筈なのですから。都市鉱山などというKWもありますし。

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2016年7月 4日 (月)

3059 コンフリクトフリー

企業経営で最もよく引き合いに出されるキーワードは、多分法令遵守でしょうか。しかし、考えてみれば、法令を守っているだけで十分だとはとても思えません。何故なら、殆どの法律は、過去に何か問題が起こったケースに関して、再発を防止するための「最低限のルール」を定めたものだからです。最低限のルールであるが故に、違法と適法のギリギリの線を狙う輩も出てくることにもなるでしょう。どこかの首長でありませんが、「違法ではないが適切でもない」状態をニュースなどで見聞きすることは茶飯事でしょう。

そこで、企業や組織が持ち込みたい行動規範として提唱したいのは、コンフリクトフリーという概念です。コンフリクトとは、あらゆるステークホルダーとの間の摩擦ですから、それが無いと言う事は、企業が存続するに当たって、誰からも抵抗を受けない状態を意味します。原料の仕入れ先、顧客はもちろん、流通業者から、廃棄物の処理業者や企業の足元の住民にまで、その企業が存在し、事業を営む事に、何ら抵抗を感じさせない事がコンフリクトフリーの条件と言えます。

もちろん、コンフリクトフリーだけで、全てがメデタシとなる訳ではありません。事業継続の抵抗が無い事と、ステークホルダーが積極的に組織を支持し、応援する事とは別問題だからです。企業や組織が、社会から必要とされ、それに高いレベルで応えている場合だけ、その組織は支持を受ける事が出来る筈です。いずれにしても、単に株主の顔色だけ読んで経営を行っている多くの企業が、その条件を満たしている筈もありません。法令遵守<コンフリクトフリー<社会貢献<CSVの順に組織の格は上がって行きます。

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2016年7月 3日 (日)

3058 断熱と熱交換

18世紀に、B.フランクリンかガルバニーかボルタか誰かが電気を発見して以来、私たちは電気の活用に夢中になってきた様な気がします。発電や送電技術や出来た電気を使って、光や動力や熱や電波などに変換して生活を便利にする技術を磨いてきたのでした。電気は、電線さえあればスイッチ一つで入り切り出来、電圧も自在に操る事が可能です。しかも、例えば熱ではマイナス数十℃の冷熱でも、数千℃で金属を溶かす事も可能とする潜在力を持っています。

一方で、マイヤーやケルビンやクラウジウスやカルノーらが、苦労して築きあげた熱力学の分野は、既に完成された学問分野として、その後あまり進歩したとも思われません。しかし、熱こそ生き物が生きていく上で最重要の物理量の一つである筈なのです。例えば私たちの体温が、10℃低くなるだけで、死の危険に直面しますし(低体温症)、僅か3-4℃上昇するだけで、これもまた危険な状態に陥ります。体温を維持するために、私たちは衣服を身に付け、夜は部屋の中で、寝具に包まれて寝るのです。

熱に関しての重要なキーワードは、多分「断熱」と「熱交換」でしょうか。熱を利用するために私たちは熱を発生(発熱)させますが、放っておけば熱はたちまち放散してしまいます。つまりは、放射や伝導や対流の3つの経路で失われるのです。一度発生させた熱を出来るだけ長い時間維持させる方法が断熱なのです。一方で、折角発生させた熱を、最後(周囲温度と平衡する)まで、使い倒す方法が熱交換です。発電所でタービンを回した蒸気はまだかなりの熱量を持って居るので、海水中に捨ててしまう前に、例えばボイラに送る水を暖めるなど多段階で熱を回収(リサイクル)します。この際使われる技術が熱交換(器)なのです。

私たちは、省エネを考える際に、あまりにも節電に集中し過ぎると思うのです。そうではなくて、私たちはもっと「節熱」にも目を向けなくてはならないでしょう。特にこの国の住宅やビルの断熱や遮熱の貧弱さは、情けない程です。そこにどれほど節電性能の高い空調設備を持ち込んでも、ザルに水を注ぐようなものです。建物の断熱レベルを上げ、作った冷熱や温熱も多段階の熱交換器で有効利用すれば、消費エネルギーの半減だって視野に入ってくる筈なのです。

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2016年7月 2日 (土)

3057 融合と分離

3056の続きです。では、EUの様な融合や人やモノやカネの自由な移動を是とする国際化の方向と、そうではない今回のE国の様な分離(離脱)行動のどちらが、望ましいのでしょうか。結論としては、やはり人々が平和に暮らすには、ある程度モザイク模様になりながら暮らすしかないとも思うのです。ある程度という意味は、お互いが緊張関係にならない程度の距離を置いて、という事になるのですが、例えば同じ都市内に異なる文化の人々が暮らす場合でも、○○タウンや○○街と呼ばれる様に、地域を区切って群れて暮らす方が良さそうなのです。その中で、何十年も掛けて、徐々に混じり合う(混血する)しかないのでしょう。拙速な融合は、余計なトラブルに悩まされるだけでしょう。その意味で、EUはまだ十分に折り合っていない、カオス(混沌)の中にあると言わざるを得ません。

その意味では、今回の分離(離脱)騒動が象徴する様に、一度は一方通行で進んできた融合の流れを、立ち止まって見直してみる事は大切なのでしょう。いずれにしても、それをいきなり多数決で決めると言うのは如何にも乱暴すぎる議論である事も間違いないでしょう。ましてや、残留・離脱が拮抗している事が事前の世論調査などで分かっていた訳ですから、国民投票は「危なっかしい橋」ではあった訳です。

分離の議論は、融合時と同様に長い時間を掛けて議論し、周到に準備を進めるべき政策に該当すると思うのです。場合によっては、段階的な分離という方法もあった訳です。現在でE国では通貨としてはポンドを使っている訳であり、人の移動だって完全なフリーと完全禁止の間には、多くの段階が設定できる筈なのです。ここでの一応の結論としては、分離と融合の間には、多数のレベルのグラデーションがある事を再認識し、そのグラデーション間の移動は時間を掛けて、出来れば多くの人々が気が付かない内に、進めるべきだと思うのです。

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2016年7月 1日 (金)

3056 ルツボかモザイクか

種々の背景を持った人々が入り混じって暮らす時、その暮らし方には大きく二種類がありそうです。一つは、人種も文化の違いはありながらもごちゃ混ぜになっての暮らし方であり、もう一つは人種や文化を異にする人々が地域に分かれて暮らす方向です。よく言われるのは、前者の例として米国が、後者の例としてはカナダなどが挙げられる様です。それを良く表す言葉として、前者は「人種のルツボ」、後者は「人種のモザイク」などとも言われます。その意味で言えば、EU統合前の欧州は、まさに人種のモザイクであったのでしょうが、今はまさにルツボとなりかけている様に見えます。ルツボ国家の代表格である米国にしても、現在の形になるまでにも、黒人の公民権運動やヒスパニック問題や近年のモスレム問題まで抱え、一応の折り合いは付けている様にも見えながら、未だ多くの問題を内在しているのでしょう。

ルツボもモザイクもそれぞれに、長短はあるのでしょうが、今のEUではルツボの悪い面が強く出ている様に見えるのです。人種や文化がミキシングされる場合、上手く行けば化学反応の様に、活発に刺激し合い、より高いレベルでの新しい文化が形成される場合もあるのですが、それが裏目に出ると、それぞれの文化グループが互いに疑心暗鬼に陥り、誹謗中傷を繰り返すのです。軽度のトラブルとしては、いわゆるヘイトスピーチなど言葉の暴力ですが、それがエスカレートすると場合によっては血を見る様にもなるのです。

モザイク社会は、カナダの様に、ご先祖が入植した地域分けそのままに、現在でも例えばイギリス系とフランス系が分かれて暮らして、公用語も英語と仏語を併用するなどの工夫をすれば、比較的平和に暮らせるでしょう。それでも、未だに彼の国には、ケベック独立運動などが渦巻いている始末です。まさに、人種の融合は数十年程度では済まない年月が必要なのでしょう。それは、縄文人と弥生人の融合に何世紀も掛かったこの国の歴史を想像するだけでも理解できる筈です。

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