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2016年10月22日 (土)

3142 合従連衡

この国には、「寄らば大樹の・・・」という諺があり、結構広く「拠り所」にされている様な気がします。某自動車メーカーも同様でした。しかし、考えてみればデータのメイキングは、車を売らんがための姑息な手段の一つですが、その背景には若者のクルマ離れで、そもそもクルマの市場がシュリンクした事があった筈なのです。売れなくなった製品を売るには、値下げをするか、性能を良く見せてコスパをアピールするなど、メーカー/ディーラーの打つ手は限られてくるのでしょう。

冷静に考えるならば、シュリンクした市場に対しては、やはりいくつかのメーカーには「退場」願わなくてはならないと思うのです。もしそこに、この国の行動で陥りがちな人情を絡ませて進むならば、ますます「クルマ余り現象」が加速するだけになると思うのです。クルマ産業は、確かに20世紀を通じて、Fォード社の大量生産手法、それを洗練したTヨタ社の生産方式などで売値を大幅に低下=大衆化し、爆発的な普及を実現はしましたが、所詮「20世紀型の技術」である事実は変らないでしょう。それにハイブリッドの心臓を取り付けようが、バッテリーとモーターに挿げ替えようが、それを21世紀の乗り物に変える事は出来ないと思うのです。

その背景の中で、終わりかけた企業を合併により吸収するのは、やはり時代に逆行する動きにしか見えません。萎んだものは消え去るしかないと思うのです。そのリソースを新たな市場に振り向ければ良いだけです。作るもの、作らなければならないものは多く見つかるでしょう。このブログでも、縷々書き連ねてきましたが、21世紀の産業は「再生可能型」である必然があるでしょう。そうでなければ、資源・エネルギーの不足や廃棄物の始末という難題を子孫に背負わせる事になるからです。その意味で、クルマ産業は、如何にエネルギー源を、ガソリンから電気に変えようが、再生可能でないと言う一点で合格点を貰う事は出来ないのです。合従連衡で大樹の陰に寄り集まったとしても、産業の質を捻じ曲げる事は出来ない相談です。そうでなくて、萎んだ企業は立ち止まって、進むべき方向を模索すべきなのです。もちろん、吸収される企業の様に窮地陥ってから考えるのでは遅過ぎます。日頃から、将来の路線を考えておく必要はあります。さて、クルマ産業は、一体どちらの方向にハンドルを切るべきなのでしょう。

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