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2016年11月19日 (土)

3165 価値観の転換2

価値観の転換は、そんなに簡単に進むものではないでしょう。これまでの短い?人生の間の観察によれば、大多数とは50%を超える事ではなく、おおよそ2/3に達する必要がありそうなのです。つまり、喫煙率で言えば30%前後に低下して初めて「嫌煙権」がパワーを強めてくる事になる訳です。もちろん、これは何に関わる大多数かによっても境界は変ってくるでしょう。間接喫煙を強いられたからと言って、非喫煙者は苦痛には感ずるのでしょうが、我慢できない、あるいは直ちに健康被害を発する訳でもないでしょう。しかし、非喫煙者の割合が増えるにつれて、我慢の限界(しきい値)がドンドン下がってきて、僅かなタバコの匂いも許せなくなってしまう様なのです。

価値観の転換とは、つまりはしきい値の境界の移動という事にもなりそうです。「世間の常識」が変れば、しきい値も移動し、結果としてはそれまでは「僅かな」影響と考えられていたものが、一度しきい値を潜った瞬間、「許しがたい」影響に変質するのでしょう。

投稿者の専門とする「環境」に引き寄せて考えれば、例えば路上へのゴミやタバコの吸い殻のポイ捨ては、ずいぶん減ってきた事は間違いないでしょう。つまりはポイ捨ては「悪」であるとの文化が出来上がった証左と言えます。一方で、温暖化論議について言えば、彼の国の次期大統領が、温暖化のメカニズムに真っ向から否定するなど、まだまだ「文化」にはなっていないでしょう。一方で、欧州のいわゆる「環境先進国」では、既に文化として定着しつつある様に見えます。根は、同じ民族でありながら、欧と米で文化に差が出るのは、やはり社会背景が違うのだろうと考えるしかなさそうです。つまり、比較的質素=質実を是とする欧州文化と、Aメリカンドリームを理想とし、お金がそれなりに手に入ると湯水の様に消費=浪費をしたがる国との差という事になるのでしょうか。

さて、この国はどうでしょう。1900年代(特に戦後)B国流の「文化的生活」にすっかり洗脳された、貧しかったこの国は、やはり日本流ではありますが、便利な電化生活や車生活を追求してきたのでした。たとえ住宅事情が「ウサギ小屋」のままだとしても、です。そろそろ、この国も本物の文化を確立させる必要があると思うのです。それも、世界の何処にもない「日本流」の文化です。モノを大切にし、賢治の詩を理想とし、環境への負荷を最低限に抑え込む、という文化です。それには、このブログの投稿者の様な「環境人間」が、世の中の2/3に達する必要があるのかも知れません。先は長そうです。

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