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2017年1月23日 (月)

3213 無能化

3211の続きです。主に人間の能力を補完したり、あるいは人間の判断を補助するのがAI開発の目的なのでしょうが、機械(あるいは人工知能)に高度なコントロールを任せる、と言うことは、結局それまで発揮していた人間の能力を不要化し、それが続けばやがて人間の能力が退化すると言うことを意味するのです。卑近な例で言えば、今簡単なAIを使って、ローマ字かな変換を行わせ、それを漢字変換しているのですが、この変換ソフトは学習能力を持って居るので、一時期のいわゆる「ワープロ」時代に比べれば、かなり賢くなっている筈です。しかし、その一方で投稿者自身の漢字を書く能力は、確実に減退している事を感じています。

もしそれが、音声入力を全面的に使う事にして、パソコンと対話しながらテキスト入力をすると決めた場合、キーボードを間違いなく打つために、訓練した指先を動かす能力は不要になるという事を意味します。それを可能にしていた小脳や入力した文字を確認し、咀嚼しながら修正していた能力(脳力)は使わなくなり、やがて退化する事でしょう。いわゆる「要不要」の法則です。使う能力や器官はますます磨かれ、使わなくなったものは退化・縮小する訳です。

人間は、いわゆる「ヒューマンエラー」を犯してしまう存在ではありますが、それはシステム設計でかなりの程度回避する事は可能ですし、一方でそれを修正し再発を防ぐ学習能力も備えている筈なのです。アナ・デジ両時代を生きた古い人間として、AIに全面的に頼る「自動運転車」にはどうしても納得がいかないのです。機械としての車をコントロールする能力を放棄し、車を転がす事の危険性は、AIがらみの路上での事故の他に、私たち自身の能力減退面にもあると思うのです。

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