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2017年2月 7日 (火)

3226 〇〇ファースト

〇〇ファーストという言い方に違和感を感じているのは、投稿者だけではないでしょう。〇〇以外はどうなっても構わないというニュアンスが強いからです。特にそれが狭い範囲のコミュニテイや国を指し示す場合にはなおさらです。仮に、それを「人類ファースト」とした場合でも、何も変わらないでしょう。つまり、人類以外の生き物や自然が破壊されても構わないと聞こえるからです。一時「共生」などという言葉もマスコミに登場しましたが、最近はトンと耳にしなくなりました。これも、アクの強いB国のリーダーからの悪影響でしょうか。何しろこの国の首都のリーダーも全く同じことを言っている様ですから。

首都に住んでいない田舎は、過疎化が加速しそこの住民やコミュニテイはどうなっても、卸市場が何とかなって、五輪がうまく開催でき、自分がカラクリ回しをする議員団ができれば、万々歳だとしか聞こえないのです。オッと、このブログは批判を目的にしてはいませんでした。ここで言いたいのは、「他者を思い遣る心」の重要性でした。一人の勝者の裏には多くの敗者が必ずいますし、成功者の裏には不運にして、あるいは努力がやや足りなくて成功を掴めなかった人たちが、一握りの金持ちの裏には彼らの様に上手く立ち回れなかった「不器用な人たち」が、山の様に存在する訳です。

〇〇ファーストは、その意味では「勝者の論理」と呼ぶしかないでしょう。全員が平等な権利を持ち、同じような質素だが不自由の無い生活を送る社会が理想ではありますが、それは必ずしも「悪平等」は意味するものではありません。成功者が、「喜んで」未だ成功していない人たちに手を差しのべる社会を理想とすべきなのでしょう。それを何かに例えるならば、「団体登山」が適当かも知れません。体力がある一握りの人が登頂に成功し、多くの体力の弱い人たちが中腹で登頂をギブアップするのではなく、体力のある人たちはザイルを延ばして、後ろの人たちを引っ張り、彼らのペースに配慮してゆっくり登れば、全員が登頂できなかったとしても、かなりの高度まで登れる筈なのです。〇〇ファーストではない社会を何と呼べば良いのでしょう。とりあえずここでは、「〇〇共生」とでも呼んでおきましょうか。

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