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2017年2月15日 (水)

3233 ポストモダニズム

3231の続きの様なものです。なんとなく分かったつもりの「ポストモダニズム」という言葉ですが、自分の頭の整理のためにも少しだけ嚙み砕いてみます。さて、近代文明は、あらゆる部分で閉塞感を呈し始めている様に思えます。建築の分野で、1980年代に叫ばれ始めた「ポストモダン」は、その後概念としてのポストモダニズムとして一般化され、それまでの唯一無二の価値観の文化から、多様性を重視する文化論へと進化したのでした。

ポストモダニズムの背景には、3232でも書いた様に、価値観が固定されている社会では、どうしても行き詰まる場面が多くなることが隠れていそうな気がします。何しろ、それまでの価値体系では、ああすればこうなるという起承転結がほぼ決まっていますので、それから外れる事は許されないか、悪くすれば批判の対象ともなるからです。しかし、多様性が許される社会では、アプローチのルートが数多くあり得る訳で、ゴールですら一つではなく、複数存在し得る訳です。

その意味で、投稿者としては、20世紀を通じて支配してきた価値観、つまりは科学技術に依拠して、国際交易を活発にする自由主義経済とその成長を100%是とする、「モノ・カネ」主義が、ソロソロ期限切れになってきたのではないか感じているのです。とは言うものの、ではどうすれば良いのか、と言う漠然とした問いに応える理論的リーダーや新しい宗教家もまだ現れていない様なのです。このままでは、ポストモダンはそのまま「カオスの時代」に突入してしまうのでは、と言った危惧すらありそうです。私たちは、一体何に価値を置き、あるいは生き甲斐を持って生きて行けば良いのでしょう。表題のポストモダンが何処かに行ってしまいましたが、引き続き、この単純な頭で考えていく事にします。

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