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2017年2月16日 (木)

3234 重厚長大産業の終焉?

T芝の凋落が加速しているとの報道が続いています。しかし、これは引いた目で見ると、もしかして重厚長大産業の終わりの始まりとも見えてしまうのです。曲がりなりにも、重厚長大産業の片隅でサラリーマン時代を過ごしてきた身としては、その気配を身近に感じざるを得ないのです。投稿者の若かった時代(70年代)は、重厚長大産業は華やかでした。産業のコメである鉄が大量生産され、その原料や製品を運ぶ大型船は、作れば飛ぶ様に売れたのです。それを下から支えるインフラ、電力網や道路網や都市インフラが日夜伸び続け、大量生産、大量輸送、大量消費の時代に突入したのでした。まさに「大きい事は良い事だ」のCFそのままの時代だったのです。

戦後解体させられた大企業は、再び直接あるいは間接にまとまり、「寄らば大樹」の時代になったのでした。豊かになった消費者に支えられて、家電や車産業も急速に拡大し、そのすそ野も大きく広がったのでした。インフラ整備の背景で、この狭い国土に原発が50基以上も建設され、「安定電源」として国策としても後押しされてもきたのでした。モノが大量に消費される際に出るゴミも、各自治体にそれぞれ数百億円もの巨費を投じた大型ゴミ焼却炉が建設され、結果としてゴミは分けずに燃やす時代になったのでした。

この時代を、影になり日向に立ちながら裏から支えたのが重厚長大産業だったのです。その中に数十年席を置いた立場としては、自分のサラリーがそこから出ているとはいえ、あまり納得していたのではなかった、と振り返っています。だからこそ、世間のサラリーマンよりはかなり早めに企業を卒業する事としたのでした。

さて、重厚長大産業の行方です。結論から言えば、それぞれが適正サイズに分割、または縮小せざるを得ないのでしょう。時代が、もはや巨大なインフラ建設を求めては居りませんし、今後はむしろ既存インフラへの細かなメンテナンスが必要な時代に入って居ると言えるでしょう。大量生産、大量輸送、大量消費時代は終わりを告げ、必要なものを、必要なだけ、必要する地域で生産する事が是とされる時代に入らなければならないのです。それは、単に投稿者だけの勝手な予測ではなく、それこそが時代の必然だと思うのです。

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