« 3235 モノの価値 | トップページ | 3237 熱電併給 »

2017年3月 2日 (木)

3236 将来への盲信

人はある時期から、将来への盲信を始めた様です。そうでなければ、例えばEギリスで始まった、高価な荷物を積んだ船が無事に帰ってくれば大儲けで、途中で沈没したらパアになると言った海運の「博打」の様なリスクを避けるための海上保険の引き受けや、あるいは企業の将来の利益を見越しての株式投資などはやれたものではないでしょう。今や、ほぼ全ての人は、将来も今の制度が続く事を100%信じて、株を買い、お金を預け、あるいはローンを組み、年金の掛け金を支払う訳です。

もちろん、銀行の金庫には、預金者から預けられた預金金額がそのまま残っている筈もありません。殆どは、投資先や貸出先に移動しているので、多分預金残高の1/10以下を大きく下回る「現金」しか「在庫」していない事でしょう。銀行の財産や預金残高は、デジタル化された数字として、コンピュータネットワーク上のサーバーに記録されているだけなのです。

しかし、盲信が不信に変わった時、一体何が起こるのか、時々不安になるのです。それを発行する国家の信用に裏付けられている「紙」でしかない通貨が、本当にただの紙になってしまう事が無いとは言い切れないからです。信用が極限まで膨らんだ時、それが破裂する場合もあるからです。価値をストックするには、お金にかえて貯蓄をするかタンスに隠しておくか、それを貴重なモノ(例えば貴金属や宝石)に換えるか、あるいは消費可能なモノ(例えば食料)、さらには動産や不動産の様な形のあるモノに換えるかなどの方法があるでしょう。現物であるモノは別にて、お金や貴金属などというものは、いわば時価であり、必ずしも絶対的な価値があるというものではありません。それは単に価値を表す「シンボル」に過ぎないとも言えます。

私たちのシンボルへの盲信、ひいては将来が現在の延長線上にあるという盲信がいつまで続くのかは分かりませんが、このまま盲信の膨張が続けば、やがてはそれが爆発を起こさないという保証はどこにも無いでしょう。その時は、たぶん価値観の大転換(意識の革命)が起こるのかも知れません。かつての「物々交換」の時代に少し戻るのか、あるいは別のシンボル(例えば新しい電子マネー=ビットマネー)の様な奇怪なものになるのか、見守ることにいたします。

|

« 3235 モノの価値 | トップページ | 3237 熱電併給 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185422/64960369

この記事へのトラックバック一覧です: 3236 将来への盲信:

« 3235 モノの価値 | トップページ | 3237 熱電併給 »