« 3240 日の丸 | トップページ | 3242 環境変化の幅 »

2017年3月11日 (土)

3241 用不用説

進化論に興味があって、時々関係する本を読みます。用不用説と言えば、すぐラマルクさんを思い出しますが、生まれてから必要となって獲得した形質は基本的には遺伝はしないので、進化論の歴史の中には必ず出ては来ますが、今や誰にも見向きもされない説となってしまいました。確かに、ミャンマーの首長属の女性の金属環を数多く嵌めて伸ばした首は、自分の子供には遺伝はしません。もちろん、生まれながらに首が長く、部族では「美しい」とされる女の子は、大事にされより多くの子孫を残す可能性はありますが、それとて一定の範囲の中での話でしょう。

しかし、社会や文化の話として敷衍する、ラマルク説はいまだに十分通用する理論ではないかと投稿者は思っているのです。というのも、社会や文化の持つ価値観は、世代を超えて受け継がれるので、「遺伝する」と言っても良いと思うからです。同様に、ある社会にとってある時期「有用」であるとされたシステムも世代を超えて受け継がれるでしょう。しかしながら、社会や文化の価値観は比較的短時間で変わってしまうのに対し、社会システムの変化は鈍いのです。この国の価値観は、例えば「東日本大震災」で、しかも短時間で大きく様変わりしてしまいました。それまでの経済や効率優先の社会が、数日の内に、原発のハイリスク性が強く認識され、「命」の大切さや「絆」といった言葉が社会のムードを飲み込んでしまったのでした。

しかし、社会システムはそうではありませんでした。官僚組織やそれに付随する行政システムは微動だにせず、原発を含めたインフラの殆どは(東北の一部を除いて)温存された結果、喉元を過ぎればまたぞろ「原発再稼働」などに走ったことでもそれは明らかでしょう。つまり、原発は20世紀型の社会システムの延長である現在の社会インフラでは、曲がりなりにも「必要」と判断されてしまった訳です。もちろん、国民投票にかけた訳でもないので、絶対多数与党の独走の産物であることは間違いありません。

来るべき社会の価値観として、しかしエネルギーの需要と供給システムへの要求は別の方向を向いていると考えるべきでしょう。Q州電力では、瞬間的には70%を超える再エネ電力で需要を満たした実績ができました。供給の中身は、太陽光発電と風力発電が大部分だったと想像していますが、やれば出来ることを証明した点では重要な一歩でしょう。必要なことは、既存インフラから見た用不用政策ではなく、多様な価値観からの要求であり、それを満たす供給側の多様性だと思うのです。それは、何も電力に限った話ではないのは当然です。

|

« 3240 日の丸 | トップページ | 3242 環境変化の幅 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185422/64999044

この記事へのトラックバック一覧です: 3241 用不用説:

« 3240 日の丸 | トップページ | 3242 環境変化の幅 »