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2017年3月15日 (水)

3243 新規性と進歩性

新規性とは、これまでに無かった何かが新しく付け加わることを指しますが、それが好ましい事であるかどうかは別の問題になるでしょう。一方、進歩性とは、望ましい方向に一歩踏み出すための何かを指すのであり、一定の方向性(ベクトル)を持つものと言えそうです。もちろん、そのベクトルとは望ましい変化の方向を意味するのですが、現代の様に人々の価値観がバラバラで、共通のベクトルが定まらない時代においては、それを定義すること自体が困難な作業だと言えそうです。

しかし、それでも私たちは将来あるべき社会の青写真を描かなければならないと思うです。そうでなければ、それは目的地が無い船に乗って、大海をフラフラ漂流しているのと何も状況は変わらないからです。船頭(船長あるいは政治家)が船の行き先を決める訳ではありません。彼(ら)の使命は、船を目的地に向けて、安全な航海を続ける事であるに過ぎないからです。行き先を決める義務と責任は、船に乗り込んでいる乗客自身の意志によって決められる必要があるのです。

しかし、この国の風潮を見ていると、国民は、国の方向を決めてマツリゴトを進める権限をすべて政治家や行政に丸投げしている様にしか見えないのです。丸ごと受け取った筈のお国のリーダー達は、いつまでたっても、国会で「批判と言い訳の堂々巡り」を繰り返しているだけの様に見えます。一体、最近の国会の議論で心から喝采を送れるような議決がまとまったことがあったのでしょうか。少なくとも投稿者には、その記憶はありません。つまり、一見新しい議決ができたとしても、それは新規ではあっても進歩には繋がっていないと言うしかないのです。多くの議決は、目の前の問題の対策に過ぎず、進歩にはつながっていないのです。進歩の無い活動を指して「停滞」と呼ぶのです。今後この国を、どの方向に導くかを誰が責任をもって議論してくれているのでしょうか。60数年生きてきましたが、まだその様な人の存在を知りません。もちろん、かなり時代を遡れば、いわゆる骨のある評論家や論客もそれなりに存在したのでしょうが、最近はトンと見かけた記憶が無いのです。寂しい限りです。今日も批判ではありません。ため息です。

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