« 3244 一価時代 | トップページ | 3246 多価社会への道2 »

2017年3月18日 (土)

3245 多価時代への道

3244で書いた一価社会からの多価社会への脱皮方法を引き続き考えてみます。キーワードは「縛り」でしょうか。つまり、一価社会では、強い宗教観なり価値観で、社会全体が縛られていると思うのです。例えば、国が地方自治体を「地方交付税」で縛るとか、金利で銀行を縛るとか、あるいは教育を助成金の多寡でコントロールするとか、あるいは教育を「何とか勅語間がい」で縛るとかを例示する事が出来るでしょう。国家と言う縛りが極限で突き進んだ結果は、第二次世界大戦時のいくつかの国々や戦後の赤い国を思い出すだけで十分でしょう。

さて国にはどちらに向かっているのでしょうか。再々に亘って国益と言う言葉を連発するこの国のリーダーは、果たして国民をある価値観で縛ろうとしているのかどうか、私たちは周囲深くウォッチする必要があるのでしょう。そのチェックポイントとしては、やはりリーダー(が属するFaction)が、他の意見に耳を傾けているか否かと言う点に尽きるでしょう。その際、テレビ映りを気にしての茶番に終始する国会中継はそれとして、またそれをネタに小さな問題を大きく膨らませるのが得意のマスコミや週刊誌はそれとして、私たちはそれらに惑わされない、個々人のブレない視点を持っておく必要もあるのでしょう。

ブレない視点とは、結局はその人自身の「個人的価値観」そのものである事は自明です。起こっている、あるいはこれから起ころうとしている事が、望ましく、また好ましいものであるかどうかの判断は、まさにその価値観に掛かっている訳です。価値観はバラバラで別に統一する必要はないのですが、しかし何かを決議する時には、何らかの形で意志を統一する必要があるのは勿論です。そのために、多数決などと言う「一見民主的」なプロセスも決まってはいるのですが、時には今のこの国の状況の様に数の論理が暴走する事もあるでしょう。

そこで、投稿者が折に触れてこのブログで推奨しているのは、決議にその決議を受け取る事になる将来世代を参加させる事なのです。もし、将来世代を直接参加させる事が現実的ではないのであれば、それを代弁する人の意見を聞き、それと矛盾しない形で決議を行うべきなのです。現世代だけの利益を考えて決議された法案の何と多い事でしょう。最近決まった税制や医療や介護や教育関連等の法制は、まさに殆どが「現世代エゴ」と呼ぶしかない状況でしょう。表題とは少しズレてきましたが、今回はここまで。たぶん続きます。

|

« 3244 一価時代 | トップページ | 3246 多価社会への道2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/185422/65030042

この記事へのトラックバック一覧です: 3245 多価時代への道:

« 3244 一価時代 | トップページ | 3246 多価社会への道2 »