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2017年3月19日 (日)

3246 多価社会への道2

3225では、具体的な方法を書き切れなかったので、続きです。多様な価値観を醸成するためには、何より強い思い込みを排除する事から始める必要がある様です。いわゆるイデオロギーなどと言うものは、狭い価値観への思い込みに他ならないでしょう。一般的な意味での神様や個人や偶像崇拝もイデオロギーと同じようなものでしょう。では、このブログでさながら「神様」の様に扱っている「環境」は偶像ではないのか、との突っ込みを受けそうですが、決してそうではありません。そうではなくて、ここでは私たちは環境にすっぽりと包まれて、どうにか生かされている、ちっぽけな存在に過ぎないとの想いを書き連ねているだけなのです。

さて、多価社会への道ですが、それぞれの価値観を持つ人たちが、垣根を低くして、出来るだけ緩く繋がるというアプローチが最善の様な気がしています。価値観に凝り固まってしまうと、異なる価値観の人達の間に「壁」を作ってしまいがちです。実際、海の向こうの新リーダーは、ナントカ令の頻発で往来の壁を築き、それでも足りずに国境に物理的な壁まで築こうとしているではありませんか。あのベルリンの壁崩壊の歴史的な意味は、一体何処にすっ飛んでしまったのでしょう。壁さえなければ、「お隣の価値観」をチラッと覗いたり、気楽に足を踏み入れたりするのも自由でしょう。

緩い繋がりはもっと大切でしょう。額に筋を立てながら、あるいは口角泡を飛ばしながらの議論からは何も生まれない事は、国会の様子を見ても明らかでしょう。言いたい事を言って、のらりくらりの言い訳を聞いて、最後は数で押し切る訳ですから・・・。そうでなくて、政党などと言うものは、もっと緩いものにして、自由に行き来が出来る様にすべきなのです。節操が無くなる訳ではないでしょう。是は是、非は非と言う態度を貫くだけの事なのです。法案ごとに、賛成・反対が大きく傾くなら、法案の作成ももっと少数意見も盛り込んだ「まとも」なものになる事は請け合いです。と言うより、何もかも盛り込んだてんこ盛りの法案などは出せなくなって、細切れの法案の山とせざるを得ない訳です。そうなると、国会も通年開催となり、議員と言う仕事も老体にはとても勤まらない若者の職業になる筈です。と言うより、今や議員は職業ではなく「身分」になり下がってはいますが・・・。残念ながら。

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