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2017年4月 1日 (土)

3257 避難指示解除

Fクシマ事故で出されていた避難指示エリアがかなり解除され、一時の1/3程度に縮小された様です。しかしながら、当然の事ながら元通りの生活からはほど遠い状況だと想像しています。戦後の復興期、大陸から引き揚げてきた人や、ベビーブームの中で食料増産のため、多くの地域で山間部深くまで開発され、人々が入植していったのでしょう。そんな、村々がやがて原発の城下町になって、そこに住む人や原発作業員や関連雇用の拡大で新たに住民になった人々は、それなりに恩恵も受けながら平和に暮らしていた事でしょう。

しかし、原子炉は放射能というあらゆる災いを閉じ込めた恐ろしいパンドラの箱でもあった訳です。Fクシマ事故で、最悪の見えない災いが大気中に踊りだし、野山に広がり、土壌の中に潜り込んでしまったのです。残念ながら、ギリシャ神話とは異なり、この現代のパンドラの箱の底には「希望」などは残っていませんでした。代わりに、格納容器の底には燃料デブリという長く永く災いを振り撒き続ける絶望的なモノが残ってしまったのです。

戦前戦後を通じて、先人が作り上げてきた桃源郷は、今後何十年経っても取り戻すことは叶わないでしょう。少しずつ人が戻るにしても、それは「恐るおそる」のすり足になるからです。人は、そうしなければならない時は、額に汗して頑張る存在ですが、仕方なくそうしなければならない場合は、ノロノロと引っ込み思案に行動する様です。野山に残された放射性物質は、ガイガーカウンター(やや古い言い方ですが)を鳴らしながら、あまり近づくなと警告を出し続けるでしょうから、山に入っての楽しみも少なくなるでしょうし、ましてや山菜や山の恵みもいただけなくなってしまうのです。山間の楽しみは、山に入って同化し、そこの恵みを少し分けていただく事ですので、それが奪われた暮らしは、魅力の半分以上が損なわれたのと同じになってしまうでしょう。

問題は、除染されたエリアと除染されなかったエリアの放射線の自然減が、どの程度期待できるかですが、平原にあったチェルノブイリと、起伏があって降雨量も比較的多いこの国では、良い方にかなりの差が出る事を祈るしかありませんが、過大な期待は慎むべきでしょう。汚染エリアの前途は多難であると言うしかありません。

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