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2017年4月 9日 (日)

3263 還歴?

還暦と言うのは、単に干支が5回まわって、60歳になる事だと思っていました。しかし、最近還暦とは、つまりは還「歴」も意味し、過去の出来事は、60年も経つと直接的には人々の記憶から忘れ去られ、たとえ過ちの歴史であってもそれは繰り返されるものだ、と言う教えでないかとさえ思うようになったのです。

具体例を挙げましょう。例えば、五輪や万博誘致です。60年代、70年代は、この国にとって飛躍の時代でした。オイルショックに振り回されたとはいえ、産業は拡大して経済規模は成長の一途を辿り、人々は「所得倍増計画」に踊っていたのでした。投稿者の様な年代の人間は、学校を出て社会に入っていく中で、その躍動を体感し、享受した世代と言えるでしょう。その中で、前回の東京五輪や、大阪万博はまさに経済成長のシンボルでもあったし、実際にも社会インフラを拡充し、国威発揚(もはや死語ですが)の証でもありました。

さて、今また2020五輪であり、関西への万博誘致活動の兆しがある様ですが、彼らは一体何を狙っているのでしょうか。あの高度成長期の真似事をしようと考えるのであれば、それは間違った選択か、あるいは悪い夢想に過ぎないと断ずるしかありません。見かけは、歴史が巡ってきた様にも見えるかも知れませんが、それは形だけの還「歴」であって、全くの還暦ではないからです。まして、その開催目的が単なる「経済活性化」だけだとすれば、何をかいわんや、でしょう。

別の例では、かつてO宅壮一がテレビ番組の劣化を指して「一億総白痴化時代」と評した昭和の時代から、めぐり巡って今は「一億総ネット化時代」とでも言うべき社会になったと言えるでしょう。賑やかなだけの娯楽番組を一方的に受け取るだけのテレビ生活は、確かに人々をアホにするかも知れません。しかし、自分の興味があるコンテンツだけをググるネット生活も、考えてみれば思考停止の白痴化現象と言えるかも知れません。O宅が憂いたのは、人々が自分の頭で考えなくなる事、結果として思想的にも「為政者にとって操作しやすくなる」国民が生まれる事だったのではないかと想像しています。今は、ネットでツブヤクだけで、世論を操作できる「便利な時代」になったという点では、まさに還歴でしょうか。長くなりそうなので稿を改めます。

 

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