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2017年5月 6日 (土)

3283 これ以上何を

私たちの生活環境を見回すと、子供の頃は「夢物語」だったことの多くが実現されてしまっています。空を自由に飛び回る車はまだ実現できてはいませんが、代わりにドローンが飛び交い、腕時計型の端末は実用化されてはいませんが、スマホで通信はもちろんお金の支払いまでを含め殆どの機能が事足りる様になりました。ロボットの体内にも納められる小型の原子炉は、たとえ1馬力しか出力できなくても実用化される見込みはありませんが、バッテリーを背負った非力なロボットアトムなら、かなりのレベルまで進化した様です。その意味では、私たちが子供の頃に21世紀という時代に抱いていた、未来技術の殆どは、実現されてしまったとも言えるでしょう。

かつて人は、石や木の枝や簡単な道具を用いて、手指を拡張しながら、さらに種々の道具を作り出し、その道具を用いて機械を作りながら、頭脳と手業を磨いてきたのでした。その間、数知れない人々の小さな工夫と時々現れる天才のヒラメキによって、機械はさらに複雑なものに進化し、さらに電気・電子の発見・発達により、手のひらサイズのガジェットに信じられない程の機能を詰め込むことにも成功したのでした。しかし、投稿者が憂いているのは、世の中が便利になり過ぎて、その結果人間の能力が減退するのではないか、という事態なのです。

具体的に言えば、キーボードによる文字入力と自動変換技術によって、私たちが漢字を書き順も含めて書き記す能力や文字そのものを形良く書く能力の多くが損なわれてしまいました。車の殆どがオートマ車化された結果、人は時々前進と後退を勘違いして、しかもアクセルとブレーキを踏み間違えるとミスを犯すようにもなりました。自動運転車は、一体人間のどんな能力を奪ってしまうのか、今は想像もできません。さらに言えば、超絶に便利に進化してしまったコミュニケーションツールとしてのスマホが、今後人間のコミュニケーション能力をどこまで奪ってしまうのかもまた全く想像できません。

さて私たちは、こんなに「便利」にこだわる飽くなき努力を重ねながら、果たして何処に向かおうとするしているのでしょうか。それは便利に囲まれながら、無能な人間を増産する社会なのでしょうか。「ちょっと待って」です。私たちには便利を捨てて、不便を楽しむという選択肢もあると思うのです。先ずは衣食住に関して、自分の手を動かして手に入れてみてはどうでしょうか。それは、衣類を縫い、山菜を採集し、庭やベランダで野菜を育て、住居に自分で手を入れて住み易くする小さな改善をしてみる事から始めるのです。DIYこそは、人類を退化と破滅から救う唯一の手段だと思うこの頃です。

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