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2017年5月22日 (月)

3295 将来への不信

いま、私たちの時代を覆っている空気は、間違いなく将来への不信感(あるいは不安感)ではないかと感じています。今60代の投稿者が若かった時代、社会を覆っていたのは、ほぼ「将来への期待」だけだった、と振り返っています。つまり、今は給料が安くて、欲しいものも買えないが、来年には大幅に給料もアップするし、ローンを組めば車にだって手が届くし、ドンドン値上がりする土地価格を考えれば、無理して家を買うのも賢い投資だ、などと普通のサラリーマンも希望に胸を膨らませていたものでした。実際にも、給料袋はみるみる厚くなり、同時に不動産や物価も負けじと高騰したのでした。その頃、官僚出身であった(決して二世政治家ではありません)お国のリーダーは、「所得倍増計画」なるものを打ち出しましたが、その後の10年で、そのホラは実現してしまったのでした。

しかし、その後失われた20数年を経験してしまい、この国の自身はすっかり萎んでしまい、かつての希望は、諦観あるいは絶望にとって代わられてしまった様な気がしています。その背景としては、いくつか考えられるのですが、背景というか時代の空気として、20世紀後半の「経済爆発」のエネルギーであった石油資源の半分を既に使い切ってしまったという暗然とした不安と、先進国では少し前から「人口減少局面」に入ってしまったという不安感がないまぜになっている様な気がするのです。少し余分にエネルギーを使おうとすると、直ちに「温暖化防止」のブレーキが掛かりますし、良い製品を開発したとしても、それが爆発的に売れることなど夢にも実現しないのです。何しろ、人が減りつつあるのに、モノは余っているからです。

それもこれも、結局は進歩のオーバーシュート(行き過ぎ)でないかと投稿者はみているのです。進歩のスピードが速すぎると、それについていけない人々は、間違いなくストレスや不安を感ずるでしょう。更に時代がスピードアップすると、最早それについて行こうとする努力さえ諦め、膝を抱えて座り込むのです。交通事故が2万人以上の犠牲者を出していた時代「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」と言う標語があった様な気がしますが、今まさに時代進歩のスピード違反に対して、同じ警鐘を鳴らしたいと思うのです。もっと、将来の青写真を明確にしてから、ゆっくり前に進みましょう、というのがここでの提案です。そうすれば、将来への視界がもう少し良くなると思うからです。

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