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2017年6月 4日 (日)

3307 環境教

このブログを始めた頃、色々な言葉を「発明」しました。もちろん既にある言葉のモジりとか、勝手な略語とか、言葉の組み合わせで作ったものが殆どですが。その中に環境教というものもあったのです。環境人間を志したまでは良かったのですが、では何を拠り所にしていけば良いのかさっぱり分からなかったのでした。そこで、勝手ながら自分で環境教と言う教義を創り出して、前に進もうと考えた訳です。

もちろん、投稿者程度の平凡な頭では、良い知恵など浮かぶ筈もありません。そこで、本を読み漁る事に没頭したのでした。環境とか再エネとか、本のタイトルだけを見て手に取り、片っ端から読んでいったのです。その中で、最も高い頻度で繰り返し出てくる言葉が「持続可能性」だったのでした。もちろん、投稿者としてはこれに飛び付き、教義のだ一番目に据えました。

とは言いながら、持続可能性とはいかにも抽象的な言葉ではありました。更に、教義を考える中でぶつかったのは、ネイティブアメリカンの教えでした。それは、意味としては「決断しなければならない事が出来た場合には、7世代後の子孫の幸福を優先せよ」と言うものでした。つまり、過去の「凡例」に捉われがちな、頭でっかちの現代人に対して、7世代後のまだ見ぬ子孫を優先させた決議を求めている教えなのです。B国やこの国でも、○○ファーストと言う言葉が流行っている様ですが、もちろんこれは現世代を優先すると言う視野の狭い考え方の最たる例でしょう。

政策にせよ、企業判断にせよ、あるいは個人の日々の決め事にせよ、変らない事に価値を見出し、まだ見ぬ子孫の幸福を望んでいれば、自ずと方向は定まる筈なのです。投稿者としては、これにもう一つ付け加えました。それは「不便を楽しむ」と言うものです。便利な生活は、とかく資源やエネルギーの浪費につながるものだからです。自分の体を動かして働きかけを行えば、体は健康になり、資源やエネルギーを節約する事につながるでしょう。便利な生活をそのままにして、再エネで必要な電力を賄えば良い、とする現代の「環境政策もどき」には、したがって賛同していません。自分の教義にモトルからです。

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