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2017年6月21日 (水)

3318 今という時代2

3317ではエネルギーから今という時代を眺めてみましたが、ここではモノという側面から見てみましょう。この国は、戦前・戦後のモノの無い時代を経験し、高度成長期を通じて憑りつかれた様にモノを求め続けてきた様に振り返っています。いわゆる三種の神器や3C等の「耐久消費財」を手に入れるために、ローンを組み隣に負けない様に取り揃えたのでした。それが一段落すると、今度は住宅です。主に私鉄会社が山を削り、谷を埋めて造成された「新興住宅地」の狭い土地に、ギッチリと二階建ての家を建てたのでした。それが土地不足で行き詰ると今度は、高層マンションが建設され、より高く見晴らしの良い高層階に住居を求めたのでした。

殆どの新しい住宅には、所狭しと便利な家電が溢れ、近くのスーパーやショッピングモールに行けば、日用品や食糧が溢れる様に並べられています。駅前の大型家電店では、次々に新しくて高機能で大型の家電を、これでもかと展示販売しています。それどころか、最近はいわゆるネット通販で、欲しいと思ったものが、翌日か数日内に手元に届く物流システムが出来上がってしまったのです。モノに溢れた生活スタイルは、その背景に「便利中毒」が隠れていると投稿者は疑っています。便利には、楽をして結果を得ると言う意味合いもありますので、ネットでボタンをポンと押せば、殆ど待たずにモノが手元に届くと言う便利さは、さぞ便利中毒者を増やしているものと想像できます。

家電にしても、「全自動」を売り物にした銘柄も多く売り出されていますし、今や「全自動車?」が登場しようとしています。ここでの結論としては、便利に(楽に)、大量に手に入る様になった物流システムが、便利中毒=モノ中毒を増やしたのではないか、としたいと思います。問題は、この様な時代が、果たして持続可能か否かという点だと思うのです。否の場合は、間もなくこの様な便利でモノに溢れた時代がやがて終わり、不便で常にモノに渇望する時代に戻って行くしかないのです。そうなる前に、私たちは自ら進んでその様な時代に対応する訓練を積んでおくべきだとも思うのです。更に続きます。

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