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2017年6月27日 (火)

3321 シュリンクの難しさ2

3319の続きです。都市のシュリンク=インフラのシュリンクが難しいのには、いくつかの理由が考えられますが、最大のものはそれが目立った利益を生まない事でしょうか。都市を拡大する局面では、広げられた土地を人々がローンを組んで買ってくれ、それに従って公共サービスや流通業も拡大して行けた訳で、経済的な「回転力」もあったでしょう。しかし、シュリンク局面では、シュリンクによって誰かが際立った利益を上げ得る仕組みは考え辛く、シュリンク工事に必要な費用の出所が見つからないのです。敢えて言うなら、インフラが縮小する事によって、インフラの維持に係る自治体の出費は抑制できる程度でしょう。

ならば、もっと大所高所から物事を考えてみる必要が出ると言うものでしょう。つまり、50年後100年後の青写真を描き、インフラの修繕や更新のタイミングで、シュリンクを織り込んでいくしかなさそうなのです。そのためには、改めて「公共財」という概念を明確にして進める必要がありそうです。例えば、土地の個人所有の権利が強すぎる国では、公共事業は進めにくいでしょう。公共工事を進める中で、個人所有の小さな土地が、工事の障害になるなどの例は枚挙に暇が無い程です。

一方で、海外では、街並みの景観維持のために、建物の高さや形や色合いなどにも細かな規制が掛けられたり、あるいは、道路整備のために個人の権利が抑制されたりといった例が多い様に感じます。いずれにしても、ある時期に国や各自治体が一斉に、方向性をシンクロさせた「長期的な将来像」を描いてみる必要はありそうです。それは、単に経済的なメリットだけを求めるものではなく、少子高齢化社会になっても、人々が幸福感を感じながら暮らせる場所とする必要があるのは言うまでもないでしょう。投稿者が考える具体的な青写真については、稿を改めます。

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2017年6月26日 (月)

3320 食糧・水・エネルギー問題

N羽宇一郎著の新書を読みました。若い頃、商社で食糧を買い集めていた経験の長い氏の、人口増に対応が難しいとされる食糧問題の提起には説得力があります。本の中で、同時に氏が水問題とエネルギー問題に同じ程度のページ数を割いているのには、予てより同じ問題意識を持っていた投稿者としても納得できるものでした。つまり、食糧生産には、穀物重量の何十倍もの量の水が必要だと言う事実があります。嵩だけで見れば、小麦1㎥を作るには、その数千倍、穀物をエサにして育てる牛肉の場合には、数万倍の量の水が必要な計算になります。これは「バーチャルウォーター」と呼ばれ、環境省のHPでもそのそれぞれの食糧に対する見水の必要量を換算する「バーチャルウォーター計算機」がアップされています。

さて、食糧自給率が4割弱とされているこの国では、不足している大量の食糧の輸入している現状ですが、結局それは海外で農業灌漑に使われた大量の水資源を輸入していると同じ事になるのです。その絶対量は、なんと琵琶湖3杯分にも上るというのです。その意味するところは、輸入相手国で旱魃が起これば、その輸入が止まってしまうということなのです。自国の消費を抑制してまで食糧を輸出してくれる国などどこにもないからです。

同様に、現代においては食糧生産は高度に機械化されていますから、地下水の汲み上げ灌漑電力や作付、管理、収穫に使う大型農業機械の化石エネルギー、加えてその農産物を海を越えて輸送するエネルギー等、多大なエネルギーを費やしてもいるのです。これを、バーチャルエネルギーと呼ぶとすれば、その量も多分原発何個分かに相当すると想像しています。つまり、世界の水問題やエネルギー問題を受けての食料問題は、全てこの国にとっても大問題であり、しかもその比重はあまり変わらないのです。その3つの問題の中で、最も早い時期に顕在化しそうなのは、たぶん水問題でしょう。過酷な旱魃と現状は大量に汲み上げている地下水の枯渇が同時に起これば、その年に彼の国の農地の収穫は壊滅的な打撃を受けるでしょう。例えば、5%のある穀物の供給不足は、たぶん2倍に迫る価格上昇を招く筈なのです。それは、たぶん生産可能な農地や食糧そのものを巡っての新たな紛争を招くと容易に想像できます。今のうちに、この状況を緩和する政策が不可欠なのですが、今の政治屋にこの危機感を持っている人がどの程度いるのか、延々と続くレベルの低い「椅子取り合戦」を眺める限り、暗澹たる気持ちにならざるを得ません。

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2017年6月24日 (土)

3319 シュリンクの難しさ

出張から戻って投稿再開です。さて、21世紀入って少し経った頃にこの国の人口はピークを打ち、減少局面に入りました。偶然ですが石油埋蔵量の半分を消費してしまった時期にも重なります。人口減が加速し、エネルギー源も心細くなってくる今後、考えなければならないのは社会の縮小という課題です。人口がドンドン増え続けた高度成長には、社会が膨張しました。例えば、特に人口の集中が著しかった東京を中心とする関東圏では、山を削り、谷を埋め、それでも足りなくなって先祖伝来の田畑を潰して、工場団地や住宅地を増やし続けました。都市部では、川の上に道路を懸け、地下にはモグラの様に地下鉄を張り巡らし、高層住宅を雨後のタケノコの様に増やし続けてきたのです。結果として、村が町になり、それがさらに市となって膨張をつづけたのでした。今、関東平野を新幹線で進む時、家並みが全く途切れる事無く続くのを見て、唖然とさせられます。東京と衛星都市の間に近郊農業の農地が広がっていた関東平野のイメージは、既に過去のものとなってしまっていたのです。

しかし、その都市部でも、古い大規模団地や下町などでは、既に少子高齢化が顕著になってきています。高度成長に広げ続けた社会インフラ、つまりは道路、上下水道や道路、公共施設などは、多くの自治体で既に「お荷物」になりつつあるのです。広がりきったインフラは、既に耐用年数を超えている部分の比率が増えて、今後はメンテンナンスや更新の費用が自治体の財政を圧迫し続ける事は素人が考えても容易に想像できるでしょう。事実、上下水道の漏れ事故による道路の陥没事故は、既に日常茶飯事になってきました。

早急に考えなければならないのは、たぶん都市をシュリンクさせる事だと思うのです。広がりきった都市を縮小させるのは、しかし簡単な事ではありません。若い頃必死で働き、多額のローンを組んで買った、土地や家をあっさりと手放して、都市中心部の高層アパートに喜んで移り住む人はそれほど多いとは思われないからです。もし、住人の意思ではなく、外的要因での社会のシュリンクが起こり得るとすれば、あまり考えたくないストーリーではありますが、大都市圏を襲う大きな災害でしょうか。インフラがズタズタに寸断された都市には、もはや大きな人口を支える機能は残されてはいないでしょう。戦時中の様に、地方に縁故を頼って「疎開」するしか方法は無いのです。人が住めなくなった都市こそ、皮肉ではありますが再開発やシュリンクをする好機が到来したと言えるのかも知れません。しかし、物理的なシュリンクの前に、頭を冷やして「はて?何故私たちは都市に群れて住むようになったのだったろうか?」と自問してみる必要があるでしょう。今こそ、ゴミゴミして、忙しいだけの都会暮らしと、時間がゆっくり流れて緑豊かな田舎を、改めて比べてみて、どちらが幸せなライフスタイルかを考え直してみるべき時期だと思うのです。田舎に再度人口が戻り始めるタイミングこそ、実は田舎の町をコンパクトに設計し直す絶好のタイミングになる筈なのです。いずれにしても50年、100年単位での長期計画が必要な難しい話ではありますが。

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2017年6月21日 (水)

3318 今という時代2

3317ではエネルギーから今という時代を眺めてみましたが、ここではモノという側面から見てみましょう。この国は、戦前・戦後のモノの無い時代を経験し、高度成長期を通じて憑りつかれた様にモノを求め続けてきた様に振り返っています。いわゆる三種の神器や3C等の「耐久消費財」を手に入れるために、ローンを組み隣に負けない様に取り揃えたのでした。それが一段落すると、今度は住宅です。主に私鉄会社が山を削り、谷を埋めて造成された「新興住宅地」の狭い土地に、ギッチリと二階建ての家を建てたのでした。それが土地不足で行き詰ると今度は、高層マンションが建設され、より高く見晴らしの良い高層階に住居を求めたのでした。

殆どの新しい住宅には、所狭しと便利な家電が溢れ、近くのスーパーやショッピングモールに行けば、日用品や食糧が溢れる様に並べられています。駅前の大型家電店では、次々に新しくて高機能で大型の家電を、これでもかと展示販売しています。それどころか、最近はいわゆるネット通販で、欲しいと思ったものが、翌日か数日内に手元に届く物流システムが出来上がってしまったのです。モノに溢れた生活スタイルは、その背景に「便利中毒」が隠れていると投稿者は疑っています。便利には、楽をして結果を得ると言う意味合いもありますので、ネットでボタンをポンと押せば、殆ど待たずにモノが手元に届くと言う便利さは、さぞ便利中毒者を増やしているものと想像できます。

家電にしても、「全自動」を売り物にした銘柄も多く売り出されていますし、今や「全自動車?」が登場しようとしています。ここでの結論としては、便利に(楽に)、大量に手に入る様になった物流システムが、便利中毒=モノ中毒を増やしたのではないか、としたいと思います。問題は、この様な時代が、果たして持続可能か否かという点だと思うのです。否の場合は、間もなくこの様な便利でモノに溢れた時代がやがて終わり、不便で常にモノに渇望する時代に戻って行くしかないのです。そうなる前に、私たちは自ら進んでその様な時代に対応する訓練を積んでおくべきだとも思うのです。更に続きます。

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2017年6月20日 (火)

3317 今という時代

今という時代を、環境と言う切り口で見てみる事にします。さて、たった今の状態を眺めてみると、エネルギー的には石油・LNGは、一応安定的に供給されている様ですし、価格レベルも消費国側にすればまあまあで推移している様ではあります。従って、原発の再稼働がボチボチ始まっているにしても、そこへの依存度は限定的だと言えるでしょう。という事で、石油を燃料とする車や航空機の関連産業もそれなりに髙い水準を保っている様です。

しかし、これは現在の瞬間風速であり、今後どうなるかは保証の限りではないでしょう。パリ協定によるCO2削減圧力はジワジワと効いてくるでしょうし、石油そのものの供給が、今後とも安定して行われるという保証は何もないからです。産油国の周りは相変わらず「キナ臭い」状態ですし、グローバルなパワーバランスも微妙に狂い始めてもいます。従って、ポスト石油エネルギーに位置付けられている「水素」だって、それが石炭や原油から搾り取られる限りにおいては「ハードエネルギー」である事には違いが無い訳です。水素を絞った炭化水素(石油や石炭です)からは、多量のCO2が大気中に排出される事になります。これでは、石油を直接燃やすのと何ら変わりはないでしょう。

エネルギーから見る限り、石油を完全に代替するエネルギーは、未来永劫出てこないと考えるべきでしょう。私たちは、太陽光、太陽熱、風力、、波、バイオマス、水力といった、太陽光が形を変えたいわゆる再生可能エネルギーを賢く組み合わせて、質素に暮らす方法を編み出さなければならないのです。従って、石油に依存する車や航空機といった「石油系交通機関」の使用も、可能な限り抑制して行かなければならないでしょう。それを補完するのは、当然の事ながら環境負荷の小さな鉄道の活用であり、人力移動手段である自転車などでしょう。都会では、もっと公共の貸自転車を増やすべきでしょうし、田舎でも自転車を多用して高齢者の老化を防止するべきでしょう。決して、自動運転車を導入して足腰を更に弱くする愚策は行うべきではありません。概して言えば、今という時代は「時代の折り返し点」であると考えるのが妥当だと思うのです。特に、エネルギーに関して言えば、間違いなく石油時代のターニングポイントであるのは間違いありません。続きます。

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2017年6月19日 (月)

3316 アスベスト問題

NHKで取り上げられた公営住宅における室内でのアスベスト吹付問題については、全く行政の怠慢としか言いようがありません。アスベスト問題は、その使用が停止されて終わりという問題ではないからです。飛散したアスベスト繊維を吸引した人が発症するのは、下手をすれば数十年後というケースもあり、静かなる時限爆弾と呼ばれる所以です。数十年前に建てられた公営住宅の天井裏などに、断熱・防音あるいは結露対策として、アスベストの吹き付け塗装が行われた訳ですが、その図面や工事記録が廃棄されているケースが多かったのが大問題になっているのです。

実際の建物にアスベストが残っているかどうかは、実際に壁や天井の吹き付け物を採取し、検査を行ってみないと事実が判明しないのです。これは非常に手間の掛かる調査で、かつ住人の移動によって、アスベスト被害の発生する可能性がある人は、事実上把握できないのではないかと懸念されます。

かくなる上は、可能性がある人たちに、健康診断を受けてもらい、疑わしい人たちにはさらに精密な診断を行う、消極的な作戦しか残っていない様に思えます。アスベストは、何も住宅に限った話ではなく、使用が中止された後でも、例えば屋根材などには数%のアスベストの添加が認められていたのです。同時期には、車や鉄道車両や航空機のブレーキパッドにもアスベストが使われていましたので、それらが大気中に飛散し、今年配となった人たちは、知らず知らずのうちに吸引していた可能性も高いのです。いずれにしても、発症の可能性のある人を絞り込まず、初期症状の内に発見・治療できるような啓発活動が欠かせない動きになるでしょう。アスベスト問題は、終わったのではなく、今回の報道でむしろ今後数十年続く長期的な問題であると再認識されただけなのです。

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2017年6月16日 (金)

3315 多忙中

数日の出張から帰って、投稿の再開です。何故か最近忙しくなってきました。環境屋を名乗って、省エネやら再エネの重要性をお経の様に唱えて、あちらこちらに首を突っ込んできたのですが、それらの切れ切れのネットワークが繋がってきた様なのです。加えて、あまり気が進まないながら、頼まれた事だけを引き受けてきた「前職」関連も、ここにきて急にやはりネットワークが復活したり、新しく繋がったたりして少し驚いています。国際共同開発と言う名の「海外下請け」の仕事はあまり腹に入らないと、早めに卒業した業界ですが、所詮は技術屋のなれの果ての投稿者は、やはりモノ造りが好きだった様なのです。もちろん、環境人間ですからモノ造りといえども、それに使用する資源やエネルギーは極限まで絞り込む必要がある事は曲げません。

再エネについては、推してきたバイオマスも徐々にではありますが、今住んでいる地域でも普及が進んできていますし、新たに農業・畜産残渣、具体的にはもみ殻や畜糞・鶏糞の類をエネルギー化するプロジェクトにも巻き込まれてしまいました。もちろん、その方面に首を突っ込んで、巻き込まれる事をむしろ望んでいたので、当然の成り行きでもありますが・・・。

いずれにしても、誰かに頼りにされる事は、投稿者の様な年齢になってしまえば、むしろ嬉しい事になっていて、活動費が自前で賄えるのであれば、ボランティアでも参加したい程なのです。残念ながら竟の住み処を建てたばかりで貧乏なので、お金がいただける仕事のついでに、趣味の世界?にも立ち寄ると言った動きにはなってしまうのですが・・・。それにしても、お金のいただける仕事がボチボチと入ってくる事も有難い事ではあります。お蔭様です。

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2017年6月11日 (日)

3314 車「飛行」事故

東名高速で、まさに車が空を飛ぶ事故が起こりました。翼を持たない車が空を飛ぶには、少なくとも十分な助走スピードと、飛び上がるためのランプウェイ(スロープ)が必要です。今回の場合、事故車は一度走行車線のガードレールに接触した後、追い越し車線に飛び込んで、中央分離帯の土塁に乗り上げた結果、「離陸」してしまった様です。この間ブレーキは踏んでいない様なので、たぶんドライバーは意識が飛んでいた可能性はあります。

しかし、問題はこの土塁の形状なのです。土塁は、もし走路をはみ出しても、比較的安全に車を受け止める役割を負っているでしょう。それを超えた場合には、中央分離帯上のガードレールが反対車線に飛び出すのを阻む役割を持っています。しかし、今回の事故の場合、この土塁がジャンプのためのランプウェイになってしまった様ですので、事故原因の追究の中で、この点が問題にされ解明されるべきだと思うのです。一体何キロのスピードでこの土塁に侵入すると、ガードレールを飛び越えて反対車線に飛び出すのか、と言う点です。もし、高速道路の追い越し車線で普通に到達する110-120/h程度でその可能性が出るのであれば、それは道路構造の欠陥である可能性が出てきます。

事故現場の道路を「ストリートビュー」で見る限り、走行路の舗装部分と中央分離帯の土塁の間には、縁石がなく容易に草地に飛び込む可能性がある構造です。その草地が、傾斜した土塁に滑らかにつながっているので、それなりのスピードで突っ込むと、ガードレールを容易に飛び越し得ると考えられるのです。この様な構造が、東名のこの部分だけの特異な状況なのか、あるいは他の区間でも普遍的に見られる「普通の構造」なのか検証してみる必要はあるでしょう。本来なら、舗装部分と草地との間は浅い溝になっているか、あるいは相応の高さの縁石になっているべきなのでしょう。現状のままでは、同様ケースの事故再発が懸念されます。

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2017年6月10日 (土)

3313 IoTって何?

久しぶりに講演会なるものを聴講し、IoTについて少しだけ理解が広がった様です(のかも知れません)。さて、IoTについては、毎日の様にニュースやネット上に流れ、最早耳タコ状態とも言えそうです。そんな訳で、何となく知っていたつもりのIoTですが、正直に告白すれば、それを活用したIndustry4.0だか4.5だかも、どこか遠くの出来事の様な気がしていました。

しかし、事態はドンドン先に進んでいる様です。IoTとは、単にモノをインターネットにつないで、遠隔監視したり、操作したりする程度だと思っていましたが、そのインターネット上の「クラウド」自体が、ドンドン進化している様なのです。今やクラウドでは「何でも出来る」と言っても良さそうなのです。クラウドは、それ自体が巨大なデータのストレージであり同時にベースであり、その中では色々なボットが動き回り、種々のモジュールを使えば、新たなビジネスも起こせるし、もちろん製造システムの近代化にも、あるいは双方向(音声&文字)翻訳など、およそ出来ない事を探すのが難しいくらいです。

かと言って、IoTやネットが全てで、完ぺきであるというつもりはありません。何故なら、肝心なのは、モノや私たち自身の生身の体なのですから。IoTが何をしてくれようが、ネット上のクラウドがどんなサービスをチラつかせ様が、腹が減った時に空腹を満たしてくれる訳でも、喉が渇いた時に水を出してくれる訳でもないからです。ならば、出来るならば、ネットなど通さずに、直接自分の足や手を使ってモノにアクセスし、それを感じたり味わったりしたいものだとも思います。いくら、Holensで現実の世界にバーチャルな「物体もどき」を浮き上がらせようが、それを手に取って、口に運んで食べる訳にはいかないのです。結局IoTで、自分の手が少し長くなって、アクセスする足がとんでもなく速くはなるのでしょうし、外国人と容易に会話する事も出来るのでしょうが、所詮自分の五感で感じ、頭で認識して判断する事は、人間である限りは変らない訳で、IoTやクラウドでそれが変るのだとしたら、自分としてはそんなものには「あまり」関わらず、今のままで生きて行こうとは思っています。もちろん、自分の手足や頭脳の延長としてならば、少しは利用しますが・・・。

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2017年6月 9日 (金)

3312 脱フロン=省エネ

フロンガスが、オゾン層を破壊すると言う理由で、使用や生産が抑制されて、2020年からはHCFC(塩素を含む冷媒)が一切生産できなくなる事によって、オゾン層破壊には一定の歯止めが掛かる事にはなります。とは言いながら、既存のエアコンや冷蔵・冷凍設備で使われている、フロンや代替フロンは、機器の交換でもない限りはそのまま保持されるので、問題が無くなる訳ではありません。むしろ、機器の交換で抜き出したガスは、費用を払って無害化処理する必要があるため、経済性を優先する悪徳業者は、これを大気放出により処理してしまう「犯罪」が懸念されるのです。

一方で、フロンガスや代替フロンガスは、非常に高い温暖化(GHG)係数を持っているガスでもあるのです。これが大気放出された場合、CO2に比べ2ケタ高いGHG係数により、温暖化を加速してしまう事につながるのです。フロンは、空気より軽いので、大気に放出されると成層圏の高い高度まで上昇し、そこで安定的に留まり、温暖化を加速する訳です。結果として、層の厚みはCO2よりずっと薄いものの、しっかりした膜の様に地球からの赤外放射をブロックするのです。

その対策は、多くは無さそうです。投稿者が良いと考えているのは、フロンガスや代替フロンガスを石油系ガスで置き換えてしまう方法なのです。これには良い点がいくつかあります。石油系ガスには、ブタンやプロパンなど豊富な種類があるので、それらを混合する事により、ガスの性状のデザインが容易である事があります。しかも、気相から液相に圧縮するのに要する馬力は、フロン系ガスに比べて3割程度低く抑えられるという「省エネメリット」も期待できるのです。このメリットを利用すれば、フロンガスの回収や破壊の費用は十分捻出出来てオツリもたっぷり期待できます。

もちろん可燃性ガスである石油系冷媒には、その取扱いに十分な注意も必要です。しかし、考えてみれば、屋内にガス配管が設置されているのは普通の状態なので、それと同等の安全基準を守っていれば、何ら問題は生じないでしょう。何より、私たちには冷暖房に関して、3割程度の省エネポテンシャルが残されている事は、今後の省エネ活動には心強い話ではあります。

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2017年6月 8日 (木)

3311 品質管理?

久しぶりに、品質管理に関して良い話が聞けたので、忘れない内に書き留めます。結論は、非常にシンプルで品質管理とは「良い設計情報を素材に転写した際の精度」であるという一言で表現されるのだそう。もちろん、悪い設計情報で作られた製品の品質が良かろうはずもありませんから、先ずは「良い設計」が為される事が大前提ではあります。その上で、設計図通りにモノが作られておれば、取り敢えずは「製造の品質管理」はOKと言うことになるのでしょう。

では、良い設計とは何かを考えれば、実は頭が痛くなりそうです。つまり、消費者(市場)が何を求めているかを把握し、それを満足するクオリティと価格を実現するための、素材の吟味と形状・機能の設計を行い、加えて消費者(ユーザー)が気に入る外観デザインを採用し、しかも市場が期待する耐久性を実現する、と言ったとても一言では表現できない諸条件をクリアする必要があるからです。

つまり、これまではと言うか伝統的な品質管理は、専ら製造現場における品質管理を問題にしていましたが、今後は「設計の品質管理」まで、枠を広げて考えなければならない、と彼の講師は主張するのです。しかし、考えてみればそれでもまだ足りない様な気もしてきました。では、経営の品質は放っておいても良いのか、従業員の品質?は、あるいはマーケティングの品質は、あるいはアフターサービスの品質は、などとさらに枠を広げればキリは無い様でもあります。その意味で、品質管理と言えば狭い意味になりますが、品質保証と言えば枠がかなり広がり、品質マネジメントとすれば、企業活動全体に及ぶ概念になる筈なのです。そこまで、突き詰めて考えている企業がどれほどあるのかを想像してみれば、この国の企業もまだまだやるべき事は多いと言えるでしょう。その前に、この国の(政府)のクオリティや国民(文化)のクオリティについても、腰を据えて考えてみなければならないとも思います。それについては、稿を改めて考えてみます。

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2017年6月 7日 (水)

3310 温暖化論議

B国のパリ協定からの脱退問題が話題になっている様です。今回も、問題の本質は、「環境か経済か問題」にある様に見えます。B国第一主義とは、結局経済で一位のポジションを、今後もダントツで維持したいという、世界一強かった国力(Pax Americana)神話を忘れられない彼の国が、夢よもう一度と願って送り出した新リーダーではあったのでしょう。

しかし、金儲けでは成功した新リーダーも、その他の政策では筋の通ったものを持っていない事が露呈してきた様です。その他の中には、世界でのパワーバランスを鳥瞰した外交や経済以外でのG7などでのオピニオンリーダー力やあるいは文化面での発信源としての立場とか、更に言えば今回の環境保全でのリーダーシップとかが含まれるでしょう。否定からは、決して何も生まれないのは、経験上も間違いないのですが、新リーダーは、日々#ツィートで誰それはダメだ、何々はやらない、とヒステリックに叫ぶ否定人間の様に見えます。

そうではなくて、温暖化論議も含め、外交問題も、テロ問題でさえ、全ての問題は「未来に向けた問題」でもある事は再度確認する必要があるでしょう。未来は確実に現在に向かってくるのですが、私たちは歴史を否定しけなす事は出来ても、未来は否定し様がありません。未来は、じっくり考えて、現在から少しずつ積み上げていくものだからです。その意味で、是非全ての国のリーダー(のみならず企業リーダーにも)には、未来の青写真作りに強い責任を持つ事を自覚して貰いたいものです。全ての決議は、まだ見ぬ未来社会の子孫の利益と地球環境の持続可能性に資するものでなくてはならないのです。○○ファーストと言う言葉には、セカンドやサードやましてや列の最後尾の人達は顧みない、と言うニュアンスが滲み出ていると思うのです。リーダーは、口を開いて政策や決定を軽々に口にする前に、子孫幸福と地球環境の永続性による「✔」を必ず入れて貰いたいものです。思いついた事を、日々#ツィートに書きなぐるなど、何をかいわんやでしょう。書いている内に、このブログではご法度としている批判になってしまいそうですが、これはあくまでも単なる「愚痴」ですので・・・。

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2017年6月 6日 (火)

3309 飛行機事故に思う2

墜落した飛行機の残骸の写真を見ると、それが元はジュラルミンという金属で作られていたとは信じられない程ひどくつぶれて山肌にへばりついている様に見えます。航空機は、大型でも小型でも、基本的にはスキン+ストリンガー+フレーム構造を採用しています。スキンとは、胴体や翼の外板をさし、ストリンガーとは長手方向に伸びた細い骨をさします。そして、胴体の断面構造を形作っているのがフレームです。翼では、ストリンガーがスパーと呼ばれたり、フレームをリブと呼んだりするのですが、構造は同じです。

しかし、軽金属であるアルミ(ジュラルミン)作られているとはいえ、しっかりした厚みのある部材を使って作った場合には、重すぎて飛び上がれない機体が出来てしまいます。仕方がないので、部材や外板の厚みを極限まで薄くして、軽く仕上げるしかない訳です。航空機の機体を別のモノに例えるならば、それは張子の虎の様だというしかありません。見かけ上、確かに形は保ってはいますが、手で少し力を入れて握るとクシャリと潰れてしまうのです。残念ながら、今回の事故でも、それが見事に証明されてしまった様なのです。

もう一つの視点は、パイロットや乗員が乗る座席ですが、軽量化のために非常にシンプルに作られています。例えば、激しく墜落した場合に、車の様にエアバッグが膨張したり、座席のクッションが身を守ってくれる事はないのです。座席のシートは薄く、墜落の衝撃で座席が外れて外に放り出される可能性も高いのです。座席の強度は、辛うじて「胴体着陸」程度の衝撃には耐えられる様には設計されている筈ですが、それも航空機の価格次第の部分も大きいでしょう。安い航空機は、エンジンも非力なので、機体構造や座席などの保安装置も簡素にして軽く作られている事でしょう。いずれにしても、今回の事故は、富山空港を飛び立って、すぐ後ろにそびえる立山連峰を超える最短ルートを通った様なので、離陸後はまだ燃料もたっぷり入っているし、フル4人搭乗している、重量MAXの状態で、高山超えに加え、悪天候という最悪の条件が重なった、起こるべくして起こった事故の様に見えてしまいます。ベテランの機長が、何故?の疑問は残りますが、これまでの事故でも真の原因は、乗員が亡くなってしまっている場合は実はよく分からない場合も多く、いわゆる「魔が差してしまった」というしかないのかも知れません。

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2017年6月 5日 (月)

3308 飛行機事故に思う

また、小型飛行機の事故が起こってしまいました。飛行機事故には、もちろん多くの原因が数えられるのでしょう。整備不良や経年劣化による機体構造やエンジン・操縦系統の不具合、パイロットの体調変化、気象条件(気流)の悪化、視界不良、燃料切れ、等などです。大きくは、機体側の不具合と、ヒューマンエラーに分けられそうです。悪天候下の飛行も、もちろん判断ミスなので後者に入ります。今回の事故が何であるにせよ、北アルプスという険しい地形が根本原因になっている事は間違いないでしょう。切り立って、3000mを超えるアルプスの山並み、その谷を吹き抜ける複雑な気流、もちろん視界だって刻々と変わる事でしょう。単なる、平坦な地形の上を飛ぶのとは、全く異なる厳しい条件での飛行とならざるを得ないのです。

その一方で、やれ人が乗れる「乗用ドローン」だとか、車にプロペラと翼を付けた「空飛ぶ自動車」の開発だとかがニュースを賑わしている風潮は、全く腹に入らない話ではあります。車は、道路という平面を走る、いわば2次元の乗り物です。しかし、飛行機は、それに高さという次元が加わる3次元の乗り物であることを忘れてはならないでしょう。それに、気象や地形といった別の次元も加わりるのです。次元が一つ上がる事によって、事故率が2倍程度におさまる訳ではないでしょう。それは、いわば1次元の乗り物である鉄道の事故率と車の事故率を比較してみればすぐ分かります。鉄道事故の殆どは、対車や対人が殆どでしょう。車では、事故率は鉄道の倍などではなく自乗かそれ以上で効いてくる筈なのです。ましてや、3次元ではべき乗ですから、もっと恐ろしい話になるでしょう。

実際には、航空事故の事故がそれほど目立っていないのは、航空安全に関してはうるさいほどのチェックが義務付けられているからです。航空機を作る原材料から、製造工程はもちろん運行、整備に至るまで、隙間の無い様にルール化されているのです。ですので、空を飛ぶ乗り物を、人が乗れるドローンや翼を持つ車などと安易に代替できるなどと考えるべきではないのです。乗用ドローンで、仮にたった1枚のプロペラの羽根が折れただけで浮力のバランスが崩れて墜落してしまうでしょう。整備の悪い車が故障しても路上で止まるだけですが、整備不良の空飛ぶ自動車は簡単に落ちてしまう筈です。もし、それを見越して多重安全策を施せば、それは重すぎて飛び上がれないシロモノになってしまうのです。続きそうです。

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2017年6月 4日 (日)

3307 環境教

このブログを始めた頃、色々な言葉を「発明」しました。もちろん既にある言葉のモジりとか、勝手な略語とか、言葉の組み合わせで作ったものが殆どですが。その中に環境教というものもあったのです。環境人間を志したまでは良かったのですが、では何を拠り所にしていけば良いのかさっぱり分からなかったのでした。そこで、勝手ながら自分で環境教と言う教義を創り出して、前に進もうと考えた訳です。

もちろん、投稿者程度の平凡な頭では、良い知恵など浮かぶ筈もありません。そこで、本を読み漁る事に没頭したのでした。環境とか再エネとか、本のタイトルだけを見て手に取り、片っ端から読んでいったのです。その中で、最も高い頻度で繰り返し出てくる言葉が「持続可能性」だったのでした。もちろん、投稿者としてはこれに飛び付き、教義のだ一番目に据えました。

とは言いながら、持続可能性とはいかにも抽象的な言葉ではありました。更に、教義を考える中でぶつかったのは、ネイティブアメリカンの教えでした。それは、意味としては「決断しなければならない事が出来た場合には、7世代後の子孫の幸福を優先せよ」と言うものでした。つまり、過去の「凡例」に捉われがちな、頭でっかちの現代人に対して、7世代後のまだ見ぬ子孫を優先させた決議を求めている教えなのです。B国やこの国でも、○○ファーストと言う言葉が流行っている様ですが、もちろんこれは現世代を優先すると言う視野の狭い考え方の最たる例でしょう。

政策にせよ、企業判断にせよ、あるいは個人の日々の決め事にせよ、変らない事に価値を見出し、まだ見ぬ子孫の幸福を望んでいれば、自ずと方向は定まる筈なのです。投稿者としては、これにもう一つ付け加えました。それは「不便を楽しむ」と言うものです。便利な生活は、とかく資源やエネルギーの浪費につながるものだからです。自分の体を動かして働きかけを行えば、体は健康になり、資源やエネルギーを節約する事につながるでしょう。便利な生活をそのままにして、再エネで必要な電力を賄えば良い、とする現代の「環境政策もどき」には、したがって賛同していません。自分の教義にモトルからです。

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2017年6月 3日 (土)

3306 世界最大の航空機

B国で、世界最大の航空機がロールアウトした様です。大まかにいえば、エンジンの数からみてB747の1.5倍ほどのスケールの航空機と言えるでしょうか。胴体は2つに分かれていて、その間にペイロードとなるロケットをぶら下げるのだとか。200トンを超えるペイロードを運べるこの航空機で、到達可能な最高高度からロケットを発射すれば、たぶん1段目の巨大なブースターロケットが節約できるのでしょう。

確かに、資源が節約できて、たぶん今よりより大きな衛星の打ち上げも可能となるのでしょう。しかし、考えてみなければならないのは、ここでも入口からの「押し込み」しか考えていないという片手落ちです。何しろ今や、宇宙空間(と言っても数百キロから36千キロの静止軌道までの狭い空間ですが)には、数え切れないほどの数の衛星と衛星の残骸が、秒速数キロの猛スピードでブン回っているのです。その多くは、冷戦時代の遺物の小型原子炉を積んでいる軍事衛星で、しかも軍事機密のベールに包まれているので、その存在すら公にされてはいません。

これ以上衛星を打ち上げて、一体何に使おうというのでしょうか。通信?、観測?軍事偵察、そんなものは現状でも十分なレベルでしょう。その前に、用済みとなってしまった衛星の残骸(宇宙ゴミ)を放置したままで良いと考えているのでしょうか。ここでも、原発と同じ経済エゴがニヤけた顔を出してきます。つまり、原発の建設コストには廃炉費用は含まれてはいませんし、衛星の打ち上げコストには用済み後の回収コストなど全く考慮されてはいないのです。宇宙に浮かぶ数トンの観測衛星を、上手くキャッチし、安全に大気圏に再突入させて燃え尽きさせるには、たぶん衛星の打ち上げと同等のコストが発生するはずなのです。

私たちは、経済エゴの暴走をこれ以上許すべきではないのです。入口を作ったのなら、それと同じサイズの「出口」を準備しなければならないです。世界最大のランチャー航空機を作るのであれば、第二第三のスペースシャトルを建造して、用済みの衛星回収ビジネスを始める必要があるでしょう。もちろん、今の社会ではそんな(儲からない)ビジネスにお金を出す奇特な国や企業は現れないでしょうから、投稿者の儚い夢想に過ぎませんが・・・。以上、世界最大の航空機からの連想でした。

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2017年6月 2日 (金)

3305 最先端産業4

ついでなので、biomimiclycatalizerに加えもう一つくらい最先端産業のK/Wを考えておきましょう。それは、高いレベルの「持続可能性」だと言っておきましょう。完全な持続可能性とは、人が何か行動を起こしたり活動したりしても、環境のファクターを1ポイントも変えない事を意味します。例えば、人が呼吸すれば呼気の中のCO2は僅かに増加しますが、それは生き物の代謝なので、無視するとしましょう。しかし、車のエンジンを掛けるという行動は、それを運転する人の基礎代謝に比べ、何桁も多くのCO2やNOxや排熱や浮遊粉塵を排出するでしょう。

それに比べて、自転車を転がす場合は、呼吸が少し荒くなるくらいで、環境に与える負荷は無視できるでしょう。つまり、上記のK/Wの観点では、自転車産業こそ最先端だとも言えるのです。事実、自転車は1800年代初頭に発明されて以来、着実にその技術レベルを上げ続け、競輪やロードレースで使われるレベルの自転車には、現在でも最高峰の技術が注ぎ込まれてもいるではありませんか。そのレベルは優に航空機に使われる技術をを凌駕している筈なのです。人間が持続的に出力できる小さな馬力を、最大限に活用するためには、日常使われる自転車には、もっともっと、最先端の技術を盛り込む必然性あるし、その余地も残っているのです。

つまり、持続可能性と言うK/Wを持ち込む事によって、従来型のありふれた産業を、最先端に持ち上げる可能性が開けると言うことにもなるでしょう。投稿者としては、製鉄産業、工作機械産業、車産業、造船、建設業、流通業、農林業からサービス業に至るまで、もう一度このK/Wを視点に据えてチェックしてみれば、新たな展開も見えてくると確信しているのです。一旦この表題の稿を終えます。

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2017年6月 1日 (木)

3304 最先端産業3

この表題を更に掘り下げてみます。例えば、車産業の世界では、いまやHVPHVは当たり前で、最先端はEVFCV、自動運転などでしょうか。中でも、燃料電池を搭載したFCVは、次世代の車として日夜研究が進められていると想像しています。しかし、解決されていないのは、水素をどの様にして手に入れるかと言う根本課題です。石油や天然ガスの改質で作るのであれば、結局分離されて不要となったCO2が大気に放出される訳ですから、直接燃やすのと実質的には変らないでしょう。排気管から直接出るか、工場の煙突から出るかの違いだけです。他方、EVにしたって、エネルギー源が火力発電所や原発である限りにおいては、FCVの問題と何ら差はありません。

結論から言えば、最先端産業であり続けるためのもう一つのK/Wは、触媒だと断言しても良さそうです。ここでの触媒とは、太陽光だけをエネルギー源にして、水を酸素と水素に分離する機能を持つものを指します。既に、光触媒の代表選手でもある「酸化チタン」がその候補となって長いのですが、如何せん効率が数%しか達成できなかったので、経済的に実用化に至っておりませんでした。最近、酸化チタンと他の複数の触媒との併せ技で効率をかなり向上させる事に成功したとの報道があり、「やれば出来るじゃん」と言う感想を持った次第です。触媒の歴史は、結構トライ&エラーの世界ではなかったかと振り返っています。反応を起こしたり、分解するのに触媒が有効なのは、その際のエネルギー準位のハードルを下げる役割があるからですが、一つの触媒だけで少ししか下がらなくとも、複数用いて多段階に下げる事で、これまでできなかった反応を実現したり、効率をアップさせたり出来るのでしょう。

いまどきは、試験にもロボットが使えるので、種々の触媒を混ぜたり、それを溶液に入れて反応を促進させたりする実験も、かなりの程度は自動化も出来るでしょう。また触媒には、溶液で作用するものと、気中で(あるいは相を問わずに)作用するものなどがあり、組み合わせは事実上無限だと言えます。もちろん、現在の技術では、触媒の分子構造のどの部分が「効く」のかが判明しているものも多く、新たな触媒をデザインして創出する事も部分的には可能になってもいるでしょう。繰り返しますが、最先端の別のK/Wは「触媒の探索」だと言っておきます。

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