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2017年8月30日 (水)

3334 モノ造り屋でいいのか2

モノ造りに徹していれば、コスト削減圧力への対応は確かに大変ではありますが、精神的には楽だとも言えるでしょう。工場の中(内向き)の事だけ考えていれば済むからです。新製品を開発したり、作った製品を市場に押し込むのは「元請」がやってくれるでしょう。その意味で、昔は製品を作った人(例えば職人)が、自らそれを商っていた事を思い起こせば、現代社会では「究極の分業」が行きつくところまで行ってしまった社会だとも言えるかも知れません。

銀行は資金調達部分だけ請け負って、出来るだけ多くの利息を受け取る事に注力し、メーカーはモノ造りに専念し、流通業や商社はそれを売り捌いて上前をはねるのです。市場は、メーカーにとっては何やら大きな「雲(Cloud)」の様にボンヤリとしかし活発に蠢く存在になり、結果としてメーカーと消費者が直接的に接触する機会は殆ど消滅したと言って良いでしょう。なにしろ、製品の修理でさえ、消費者はコールセンターに連絡を入れ、そこからの指示で宅急便で送り返して行われる時代なのですから、メーカーが直接ユーザーと「対面で接触する」事など殆どあり得ない事態となったのです。

こうなると、最早メーカーがユーザーの「生の声」を直接聞く機会は失われ、新たな製品の企画でさえ、たぶんリサーチ会社が行ったリサーチ結果で決められたりするのでしょう。つまりは、モノ造り屋は、市場から切り離された状態で、モノ造りに徹する事だけを強いられる社会になってしまった様なのです。一体これは何時から始まった事態なのでしょう。ツラツラ想い起すに、やはりこれはネット社会の為せるワザだと考えるしか無さそうなのです。昭和から平成への移り変わりは、いわばアナログ時代からデジタル時代=ネット時代への移行期でもありました。その流れの中で、モノ造りもコンピュータの中で、かなりの程度完結する事が可能となってしまいました。現代社会では、かなりの製品が、ネットの中で設計出来、ネットからの注文で現物となって届く時代なのです。ネットの向こう側では、モノ造り屋がせっせとモノ造りに集中しているのでしょうが、それは注文する側や、ましてやユーザーからは見えない世界になっているのです。この国も、そろそろモノ造り屋から脱却して、コト造りや価値の創造と提供といった方向に舵を切るべき時期でしょう。やや時期を失しかけている可能性はありますが、遅くともやらないよりはずっとマシですから・・・。

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2017年8月26日 (土)

3333 モノ造り屋でいいのか

この国の得意技は、抵コストで高品質のモノ造りである、と言われていた時代がありました。確かに今でも、そのワザのかなりの部分は維持し続けている事も事実ではあります。しかしながら、既にいくつかのモノ造り(大)企業の破綻報道がある様に、それをヨシとする時代は過ぎ去りつつある様に思うのです。投稿者が長年関わってきた、航空機産業を例に、それを検証してみましょう。日本の戦後の航空機産業の嚆矢はYS-11の開発だったでしょう。しかし、それ以前に朝鮮戦争で使われた、米軍航空機の整備事業という形で、背景ではこの産業も動き出していたのでした。

1960年代の最後に開発されたジャンボジェット機は、世界に衝撃を与えたものでした。あんな大きな金属製の機体が、数百人もの乗客を乗せて大陸間を飛んだ訳ですから、当時技術屋の卵であった投稿者もたまげたものでした。同じころ、YS-11の後継機開発を考えていた、この国の航空機産業は、オランダのメーカーとの共同開発ベースに作業を進めていたものの、これを聞きつけたB社が、B767の共同開発を持ちかけ、B国の圧力に弱いこの国の行政はこの話を「忖度」して業界を「指導」したのでした。こうして、航空機産業におけるこの国の「モノ造り屋」としての位置付けが決まってしまったのでした。

しかし、モノ造り屋はそれ以外の何物でもありません。品質を確保し、コスト削減にさえ取り組んでいれば、大きなリスクが無いモノ造り屋や、しかし市場に影響力を及ぼす事もまた皆無なのです。もし、オランダとの共同開発が実現していたと仮定すれば、YS-11より大型で燃費も更に向上したであろうYS-22?が実現出来ていた事でしょう。その機体は、たぶん今でいるRJ(リージョナルジェット)と同等ですから、CRJERJなどより20年も早く、RJ市場を創り出していた筈なのです。

繰り返しますが、モノ造りをいくら頑張っても、途上国に追い上げられ、コストで絞られの「ジリ貧」に追い込まれるだけなのです。そうではなくて、市場に「価値」を提供する事によって、新しい製品を提案する様にならなければ、このジリ貧からは抜け出せない、と断言しておきます。人々(市場)が欲しいのは、航空機ではなく、座席単価が安くて、安全に旅行できる「移動手段」なのですから・・・。続きます。

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2017年8月22日 (火)

3332 下山の勇気2

実際の登山では、天気さえ良ければ、下界の様子が良く見え、これから渡るであろうルートも見通せるでしょう。であるなら、産業においても最先端を目指して、ドンドン高い山に登って行けば良さそうに思えます。しかし、それは「視界が良好である」と言う重要な前提条件が揃っていての話なのです。もし、山でガスに巻かれ、ルートを見失ったとしたらどうでしょう。闇雲に、上を目指すのは危険極まりない行動になるでしょう。視界が極端に悪い場合には、見えていない10m先が断崖になっているかも知れないし、広い尾根筋であれば間違ったルートに進んでしまうかも知れないのです。

現在の、国際情勢やこの国の置かれた立場を考える時、視界は良好である、などと主張する人は皆無でしょう。もしそんな人が居るなら、それは何がなんでも前に突き進む、イノシシの様な狭い視野の人達だけでしょう。この国にとって最先端産業こそが重要で、その方向に突き進むべきだ、と主張する人達もやはりイノシシ並みと言うしかありません。人間には、前に進む前に前頭葉で判断し、進む方向を見定める判断力が付与されている筈なのです。

闇雲に経済指標だけを拡大する方向ではなくて、私たちは立ち止まって、視界が回復するのを辛抱強く待たなければならないと思うのです。次の選挙までに結果(らしきもの)を出さなければならない、近視眼の政治屋たちの言うことに安易に耳を貸してはならないのです。逆に、その様な風潮の流れに逆らって竿を差す様な、賢者の話にこそ耳を傾けなければならないでしょう。決して、インフレ率2%、経済成長率やGDPなどという「見かけの数字」に目を奪われるべきではありません。それらは、実体を何も表しては居ないからです。統計上の数字は、お役人の匙加減で如何様にも作る事ができるでしょうし、それを解釈する方も多分100個くらいの異なった見方が出来ると思うからです。山でも標高の高い場所では、雲の中に入って視界が悪い場合でも、少し下ってみれば雲の下に入って急に視界が開ける事も多いのです。見通しが悪い現代社会ですが、そこし戻るか、経済活動レベルを少し下げるかして、もう一度足元(=価値観)を見つめ直す勇気が必要だと思う今日この頃です。

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2017年8月18日 (金)

3331 下山の勇気

似たような主旨で数回書いた様な気もしますが、まあ年寄りの繰り言と容赦願っておきます。さて、この国は、戦後の高度成長期を足掛かりに、石油危機や数回の何とか経済ショックを乗り越えて、世界でもトップレベルの経済大国に登り詰めました。その後20年以上に亘る経済の踊り場も経験した訳ですが、ナントカミクスで無理やり加速させようとした試みも潰えようとしています。兎にも角にも、経済大国にはなった訳ですが、しかし、登った山の頂上に待っていたのは、荒涼たる景色でした。今日みられる風景は、緑の殆ど無い都市に高層ビルやタワマンが林立する姿と、メッキリと人口が減り、シャッター街や廃屋が増えた田舎の「二極化」です。

経済成長とは一体何だったのか、こころで頭を冷やし、足元を見つめてみる必要がありそうです。経済成長とは、一種の錬金術です。しかし、無からお金を生み出す訳にもいかないので、元手が必要です。その元手は、地面の下にあります。鉱物や石炭や原油を掘り出す事が経済活動の第一歩でしょう。それを使って、金属を精錬し、石油製品を作って、売れる製品を大量に生産する事になります。それらを売り捌くために、またまた大量の石油を使って地球の隅々まで運ぶ必要があるのです。取り敢えず、自国内に天然資源があるなしに関わらず、取り敢えず大量生産技術を確立した国々が、経済大国入りの条件ではありました。

戦後、B国式の「流れ作業」や「品質管理」技術を、独自に改良し、カンバン方式やQM(品質マネジメントシステム)まで育て上げたこの国の「モノ造り力」は、確かに大したものではあるでしょう。しかし、それは単なる「モノ造り力」にしか過ぎず、決してビジネス力ではなかったのです。今売れる商品を安く大量に作る技術はあるにしても、ではこれから何を作って提案していくか、という将来のトレンドをリードする力は非常に弱いのです。その例として、M社の航空機を引き合いに出して申し訳ないのですが、彼の企業は既にあるリージョナルジェットという市場に打って出たのが間違いの元だったと言うしかありません。そこでは、性能や技術はさておき、価格と納期こそがカギを握る世界だからです。M社は、五度に亘るスケジュール遅れを起こしている訳ですから、売値を半分にでも引き下げない限り売れる訳などないのです。これは失敗プロジェクトになる、と断言しておきましょう。

必要なことは、草木も生えない荒涼とした頂上からの下山する勇気だと思うのです。航空機を作りたいのなら、島国や途上国の実情を汲んで、例えば安価な水上機といった飛行場の要らない新たな市場を創生すれば良いのです。山を下りつつ、原子力とか、造船とか、車とか20世紀型の産業のパワーを、少しずつ新たな産業の創生に向けて行けば良いのです。天候(経済)がひどく悪化してから、慌てて下山を始めるなら、間違いなく道を踏み外しての滑落かあるいは濃いガスに巻かれての遭難が待ち受けている事でしょう。長くなったので今日はここまで。

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2017年8月16日 (水)

3330 適正規模

投稿間隔が随分空いてしまいました。仕事が急に忙しくなり、出張のついでに山に登ったり、夏季休暇で家人の帰省などが重なって、なかなかパソコンの前に座る時間が取れなかった事を言い訳にしていますが、体は忙しいものの、実は頭が夏季休暇になっていたのでした。さて、最近は再エネとの関わりが密になってきましたが、その際頭に置いているのは、その適正規模というファクターです。例えば、数万キロワット規模のバイオマス発電所というものが存在しますが、そもそもその燃料であるバイオマスをどうやって集めるのかを考えると、割り切れないものを感じます。つまり、臨海に所在するであろうその発電所に、大量のバイオマスを集めるためには、多くの化石エネルギーを必要とするからです。国内の間伐材や製材屑を活用するにしても、量が足りないので、海外から木材チップやヤシ殻などの燃料を、船を使って輸入せざるを得ないでしょう。バイオマスは、嵩張る割には嵩比重が小さいので、船を使って空気を運ぶようなものなのです。

バイオマスを含む再エネは、やはりその地域で入手可能なエネルギー源を使って、その地域で消費出来る規模というものを頭に置く必要があるでしょう。再エネの活用が、その運搬のために使われる化石エネルギーが入手できる限り、というのであれば何をかいわんやでしょう。収集や運搬が低コストで済むのは、化石エネルギーの価格があまり高くならない事が前提である事は銘記すべきでしょう。

さて、その上で、再エネの活用は、エネルギー源の分布状況の把握抜きにしては、成り立たないと思うのです。例えば、農林業地域を見回せば、バイオマス資源としては製材屑やモミ殻、河原のカヤなど、それなりに見出す事が可能です。しかし、それは太陽エネルギーが薄く広く分布しているのと同じ程度に薄いのです。しかし、製材ためには山から木を伐り出して里まで運ぶ必要があるので、そこには木屑が「集まってしまう」ので、それをうまく利用すると言う考え方になるでしょう。集めるのではなく、集まるのです。それはモミ殻などでも同じ事情になります。家畜し尿のエネルギーとして利用に注目していますが、バイオマス発電を考えるのであれば、家畜の頭数によってその発電規模を設計すべきなのです。決して、FITや助成金ありきの、欲張った規模を指向すべきではありません。

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2017年8月 6日 (日)

3329 閑話休題(本)

最近忙しいせいか、暑さのせいかブログ投稿(更新)の頻度が極端に減っています。書きたい事が尽きたのかも知れませんし、忙しい割に新しい刺激が少ないのかも知れません。それにつけても、読書が最大の刺激の様な気もします。その意味で、最近殆ど本を読んでいない事に気が付きました。それが小説であれ、ノンフィクションであれ、専門書であれ、本の書き手は何らかのメッセージを抱え、それを発出したくて本を書いたに違いありません。その意味で、どんな本であれ、二つか三つのメッセージを受け取る事ができると思っています。

本を読む楽しみは、そのメッセージを探し出し、自分なりの形で受け取る事だと言えます。それが、自分にとって新しいメッセージであれば最高ですし、そうでない場合でも、異なった立場の人が、ほぼ同じメッセージを発しているとすれば、それはかなり真実に近いものかも知れません。それが、三つに重なれば、ほぼ正しいと考えても良さそうです。さて、今週も遊び(山)と仕事で忙しくなりそうなので、盆休みには何冊かの本を手元において読んでみようと思います。

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2017年8月 3日 (木)

3328 ローテク三昧3

ローテクは、シンプルであるが故に応用も効かせ易いとも言えそうです。例えば、バイオガスを使ってエネルギーを得るには、途上国でも行っている様に、ブリキのガスホルダーを作ってメタン発酵ガスを貯めておいて、それをガスコンロに送り込めば、湯沸しや調理に使う事ができます。一方で、その熱を利用してスターリングエンジンを動かせば、電力を得る事も可能でしょう。しかし、スターリングエンジンがエンジンの主流になり得なかったのには、それなりの理由がありそうです。例えば、回転応答性が鈍いという点が挙げられます。つまり、発電機の原動機として応用した場合には、負荷の変動に追従遅れが生じてしまうのです。熱源を選ばないというメリットはあるにしても、これはやはり欠点と言うしかありません。

他方で、ディーゼルエンジンというローテクがありますが、これは移動用電源や非常用発電機として広く使われていますが、回転数制御が比較的簡単で、応答性も良いのです。つまり、1回転するする間に燃料の量を加減してやれば、次のサイクルでは回転数が変るので、実質上の応答時間は数秒以内という事になるのです。単位体積当たりの燃料の熱量が低い場合でも、ガスを加圧して密度を高めてやることによって、見かけの熱量はアップさせる事ができるのですから、あまり悩む必要はないのです。ガスの種類によって、やや点火しにくい場合でも、点火プラグを追加してやれば問題はありません。

別にスターリングエンジンがハイテクという訳ではないのですが、やはりディーゼルエンジンに比べれば、近年注目されていて、応用例も増えてきてはいるのですが、既にあるディーゼルエンジンの応用先として、ガスエンジンはかなり有望だと言えるのです。発電機との組合せで発電を行う場合でもも、回転数を制御するガバナーとガスと空気を混合するミキサー、ガス圧を上げてやるルーツブロアなどの周辺機器を組み合わせれば、数十キロワットクラスの発電システムを構築するのは、朝飯前のローテクだと言えるでしょう。

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