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2017年9月25日 (月)

3349 あるべきモノの輸送手段2

3346で書き忘れた事があります。それは、持続可能型の社会での理想は、可能な限りモノを運ばない事なのです。モノを運ぶのは、効率(≒コスト削減)を最大限追及をした結果、極端と言えるほどの「分業」が進んでしまったのでした。極端なのは、ある製品を国内でたった1ヶ所で製造し、それを全国に配送しているケースです。もちろんこれは例外ではないでしょう、むしろ食品など嵩や重さの割に安い製品こそ、分散した工場で作られているのでしょうが、電化製品などはむしろ極端なまでの工場集約が進んでいる筈なのです。

もちろん、輸送手段や輸送システムも効率化が進んでいるのでしょうが、それにしても嵩張る製品では、さながら空気を運んでいる様なトラックやコンテナも多いと想像しています。それも、これも今のシステムが、コスト最低を狙い過ぎているからあり、それは決して「環境負荷最低」ではない事は明らかでしょう。環境負荷最低を狙うなら、輸送のためのエネルギーは全くのムダという事になります。何故なら、製品を遠くへ運ぶ事によって、そのモノ(製品)には、1円の付加価値も付け加わっては居ないからです。逆に環境対しては、石油資源を減らし、CO2や窒素酸化物やPM2.5をまき散らし、道路を傷めつけ、沿道の人達には騒音と、時には事故の危険も引き起こしているではないですか。

昔はそうではありませんでした。殆どのものは、地元で製造し、地元で消費していたのです。もちろん高価だった家電や車などは昔も集中生産され、全国に配送されてはいましたが、輸送手段は鉄道貨車(後にはコンテナ)、あるいはトラックの「混載」で移送されていたのです。混載のメリットは、貨物をスペース一杯に詰め込める点でしょうか。もちろん、そのために輸送時間も人手も多く掛かってはしまいますが、環境効率は非常に高いのです。

私たちが狙うべきは、環境効率をコスト効率の上位に位置づけること、矛盾する場合も多いにせよ、可能な限り両者を同時に達成する努力でしょう。今日注文して、明日受け取るというワガママな利便性さえ放棄すれば、環境効率はもっとずっと高める(=環境負荷を低減する)事は十分可能なのです。

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