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2017年12月31日 (日)

3382 目標9 産業と技術革新の基盤をつくること

いわゆる産業革命とは、18世紀から19世紀にかけて、人力が機械力に置き替えられ、生産性が飛躍的に向上した時期を指しているのですが、エネルギー源という視点で見れば、石炭が石油という液体燃料に置き替えられた時期、更に言えば電力がモーターという装置で動力源が電力になった時期も、産業史的に見れば同じ程度に「革命的な」事件だったと思うのです。更に、そこにコンピュータ(現在はIoTとか呼ばれるが)という道具が加わって、電力エネルギーはまさに現代文明の申し子と言って良い程の不可欠な産業要素となったのですした。

さてこの上で、更なる技術革新とは一体何を指すのでしょうか。たまたま29日の晩に、Eテレで「人間ってなんだ」などという意味深な番組を観てしまいましたが、投稿者としては、あらゆる意味で未来学者である、RK―ツワイルの言葉には賛同できませんでした。彼の予測は、いわゆるシンギュラリティなどと呼ばれる、人間(の脳と)AIの融合で、やがてはAIが人間の脳を超克するなどというものですが、人間としては手足をバタつかせて暴れても、そんな事態にはならない様にもがくべきでしょう。

投稿者としては、そんな夢の様な「絵空事」ではなく、ここいらでエネルギー的に見ての更なる技術革新(革命)を起こす必要があるのだと思っています。その技術革命とは、いま世界の基盤や産業活動を支えている化石エネルギーを、いわゆる「再生可能型エネルギー(以下再エネ)」に切り替えていくものになると予測しています。社会のインフラとして電力網や鉄道網が整備されている国々では、欧州のいくつかの国々で成功しかけている様に、かなりの程度実現性があるでしょう。火力発電所や原発を、徐々に(又は急速に)数多くの風力発電や太陽光発電などに切り替えて行けばよいからです。しかし、その様なインフラが整っていない途上国では、基本的なエネルギーは石油に頼り、加えて輸送もやはり化石エネルギーに依存しているからです。再エネ源から、石油より安いコストでエネルギーを取り出し、かつそれが輸送インフラにも適用できる様にするのが、今後求められる「技術革新」の中心だと思うのです。

同時に、この技術革新には、少なくとも使用エネルギーが、現在の半分あるいは1/3で済む様な「省エネ技術」が含まれている必要がある事は自明です。

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2017年12月30日 (土)

3381 目標8 ディーセント・ワークと経済成長を両立させる

ディーセント・ワーク(Decent work)も日本語になりにくい英語言葉の一つでしょう。敢えて置き替えれば「生業」なのでしょうが、その前に「働き甲斐のある」という形容詞が必要でしょう。つまり、その日の糧を得るための単なる労働ではなく、働くことが、ささやかでも他の人や社会の役に立ち、働き甲斐を感じられるという点が重要なのだと思います。

もちろん、日々のルーチンワーク(仕事)が、そのままディーセント・ワークになっているのが理想ですが、多くの場合は残念ながら、(投稿者が若かった事を思い起こせば)仕事は「メシのタネ」と割り切って働いている人が多いのではないかと勝手に想像しています。そうであるならば、そのメシのタネである仕事を、可能な範囲内で生き甲斐を感じられる様に軌道修正していくと同時に、余暇を少しだけでも世の中の役に立つ行動(一般にボランティア活動と呼ばれます)を起こすとか、それも面倒だと言うなら、ささやかに買い物の釣り銭(ばら銭)だけでも良いので恵まれない人達のために寄付し続けるとか、何らかの行動を起こす事によって、ディーセント・ワークに近づける可能性が髙くなると思うのです。

しかし、果たしてそれが経済成長につながるかと問われれば、かなり大きな?マークが付くでしょう。というのも、例えばボランティア活動とそれに対する金銭的な見返りとは、必ずしも相容れない部分が多いからです。お金が発生しない活動は、基本的には「経済」の枠からははみ出る事は致し方ないのです。従って、ボランティア活動がどれほど拡大しても、どの経済学者も政府も経済成長とはカウントしてくれないのです。しかし、よくよく考えてみれば、例えばあるボランティア活動が為されなかったと仮定した場合、それは例えば行政が税金を注ぎ込んで、それを代行しなければならなかった筈なのです。ボランティア活動の結果、使われる税金が減ったのなら、それは別の社会的活動のためのお金として生化されてくると思うのです。

という訳で、結果として見れば、それはさながら経済活動が活発になって、税収が増えたと同じ効果を生み出すでしょう。ディーセント・ワークが経済成長を両立させるという道は、工夫さえすれば、十分実現可能だ、と投稿者は信じたいのです。

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2017年12月25日 (月)

3380 目標7 手ごろな価格のクリーン・エネルギーの普及

先進国では、クリーン・エネルギー(以下再エネ)を推進させるためにFIT制度や税制での優遇などのインセンティブを使って、いわば力で再エネ政策を推進してきました。しかし、FITは再エネ単価の高止まりを招き、かつ事業性の観点から大規模化が進んでしまったのでした。しかし、再エネは、別の視点から言えば「ローカルエネルギー」でもある訳で、ローカルエネルギーは「地産地消」でなければならない必然性がある点は強調しておくべきでしょう。

化石エネルギー以外のエネルギー源は、残念ながら貯蔵やその移送さらには、それを使っての「発電」にはあまり向いていません。少し考えれば分かりますが、クリーンエネルギーとは、地熱を除けば全てが太陽光(熱)起源となっています。例えば、太陽光発電は、太陽光のエネルギーが高い部分を直接使っていますが、バイオマスも植物(の葉緑素)が太陽光を使って有機物を固定した「成果物」なのです。水力だって、太陽光が海から水を蒸発させ結果生まれた雲が、山に雨を降らす事によって得られる立派な「太陽エネルギー」の一形態でもあります。

更に考えを進めれば、太陽光の分布という事に想いを馳せる必要が出てきます。太陽は、それが地表に直角に当った時に、それを100%利用できたと仮定しても、精々1kw程度のパワーしかありません。1kwの電力を得ようとすれば、太陽光発電の効率が20%と仮定すれば、5㎡の面積が必要となる事が分かります。他方、植物による有機物固定をエネルギーとして利用するには、もっともっと広い農地や林地が必要なのです。つまり、太陽光は広く薄く分散しており、その利用には広い面積が必要だという事です。

これは、太陽光の利用は、本質的に「大規模化には向かない」事を意味するのです。従って、太陽光発電は、各戸の屋根行い、その家で消費するのがベストですし、バイオマスにしても水力にしても、その地域で持続的な調達可能な範囲内で、小規模システムで利用すべきだと言うことが分かるでしょう。お国やメーカーは、先ず経済的な成り立つ最小限のシステム(ミニマムシステム)を構想し、もし規模の拡大が必要であれば、そのミニマムシステムを分散的に増やせば良いのです。その際、エネルギー源の調達が持続的であり、かつそのための(化石エネルギーを使った)輸送も最小限であるという条件を満たす必要もあります。幸いな事に、太陽光は赤道に近い、いわゆる途上国に豊富であるという事実は、地球規模のエネルギー問題という点から見れば、安価な再エネの入手には「希望」とはなるでしょう。

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2017年12月23日 (土)

3379 目標6 安全な水とトイレの普及

日に何度も口にする水が汚染されている事は、その国や地域に住む人々の健康状態や平均寿命にも大きな影を落としている筈です。当て推量で言えば、死亡原因の半分程度は飲み水に関係がある様に思うのです。体の2/3が水分である私たちは、必要量の水無しには生きていけないので、汚染されていると分かっては居ても、やはりそれを飲まざるを得ない人達が、世界人口の大多数を占めるのは悲しい事実です。

同様に、トイレ問題も、水問題同様に感染症の主な原因になっている事も間違いないでしょう。かつてヨーロッパでも、トイレからの汚物が道路に捨てられていた時代、何度もペスト(黒死病)などの重大な感染症が原因で、人口の何割もの人達が亡くなるパンデミックを何度も引き起こしていた事実を忘れるべきではないでしょう。幸いにも、この国では江戸の様な百万都市でも、汚物を都市から運びだし、農地に還元する「リサイクルシステム」が出来上がっていたため、ヨーロッパの様な悲劇は殆ど起こりませんでした。

問題解決のヒントはどうやら江戸期にありそうに思います。水に関して言えば、この国はラッキーだと言えるでしょう。降雨量が多い上に、山から里までの高低差があるため、水路を上手く設計しさえすれば、水の入手には困らないからです。江戸期においてさえ、多摩川などの上流部から取水し、長い開渠や木製の暗渠を繋いで、市中の井戸で水が汲めるように仕掛けをしていたのです。流石に、砂漠や平原の地域では、別の方法で水を手に入れる必要があるでしょう。一つの方法は、簡易的な井戸を掘る事でしょうか。「上総掘り」の様に、たいした材料や装置も無しに井戸が掘れる工夫が不可欠でしょう。それも出来ない乾いた地域では、仕方がないので太陽電池で駆動する造水装置が必要かも知れません。これは、電動のヒートポンプを動かして、空気中の水分を凝縮するものです。

トイレ問題については、最近各地の登山道に設置る事が多くなった、いわゆるバイオトイレがあれば十分でしょう。おが屑などを入れたタンクに直接汚物を落とし、微生物の力で自然に分解させるものです。おが屑を時々かき混ぜる必要がありますが、それは手動か小さな太陽電池とモーターを備えてあれば十分でしょう。

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2017年12月22日 (金)

3378 目標5 ジェンダー平等を実現する

人類は、ほぼ男女の比率が同等の珍しい生き物です。その意味で、オスが群れを守り、メスが食糧を調達する、例えばライオンなどの動物とは明らかに雌雄(男女)の役割が違うと思うのです。つまり、男女の役割は、子供を産み落とすという役割以外は、殆ど差が無い事を前提に進化してきたと想像しています。その意味で、ある試算が示す様に、女性も役割に適正に働けば、この国のGDP4%程度は増加すると見られているのです。一人当たりで言えば、4万ドルほどのGDPが、1600ドル程増えるとの試算です。

この国は、教育レベルも高い国なのですから、やる気にさえなれば(ところで誰が?という疑問は残りますが)この目標をクリアするのは比較的容易な筈なのです。もちろん、類人猿の集団がそうである様に、社会(集団)をして、その集団の子供を集団として育む行動は必須でしょう。子供は、放っておいても育ちますが、何より大切な事は、地域の子供たちの集団の中で育て、それを地域の大人(例えば子育てを終え、社会の一線から退いた世代)が見守る事は必須でしょう。これは、いわゆる少子高齢化社会で、子供世代の数を増やし、かつ退役世代に重要な役割を担って貰うという「両得」が期待できるでしょう。

もちろん、これは単に製造業の人手不足を解消し、ドンドンモノ造りを拡大する事は意味しません。そうではなくて、今の社会には人手不足のために、「痒いところに手が届かない」部分は非常に大きいと思うのです。例えば、上に述べた地域子供の見守りや同じく地域の独居世帯の見守りなど、経済合理性からは見放されたサービスなどが挙げられます。また例えば、車の利用を前提に、コンビニや郊外のショッピングセンターに押し付けられた各種の小さなサービスを、街中で歩いて行ける範囲で提供する様な仕組みも必要かも知れません。そこに、女性や草食系男子?も大活躍できる場が広がる筈なのです。というのも、LGBTが話題になる事も多い昨今ですが、男と女は完全に二分できるものではなく、投稿者はその間には多様な「グラデーション」を描くジェンダーが存在すると思っているからでもあります。

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2017年12月21日 (木)

3377 目標4 質の高い教育の普及

教育とは、単に教室に人を詰め込んでの座学を行う事ではありません。もちろん、最低限の読み書きソロバンは、座学が最も効率的でしょう。問題は、その先です。その先にある教育とは、結局「問題解決能力」を高める教育だと思うのです。この能力さえ高めてやれば、もし学習者がある分野の問題に突き当たって、自分にその分野の知識が足りないと感じたとすれば、自然に自ら進んで学習を始めることでしょう。問題解決能力は、自分の経験に照らしても、たぶん小学校の高学年になれば、芽生え始める能力だと想像しています。この時期に、小さな問題を提示し、それを解決する手法なり手順を身に付けさえすれば、その能力は中学校で、さらには高校レベルで急速に伸張する可能性が髙いのです。

さて、その能力を高めるためには、単に学生を大学に送り込むだけでは全く不十分でしょう。この国で講義と言えば、大勢の教室で、一方的にTeaching/Learing型で行われるからです。投稿者としては、理想の教育とは、Education/Study型ではないか、と理解しているからです。前者と後者の違いは、前者が一方的で受け身の「教育」であるのに対し、後者は学ぶ側の意欲を刺激し、学び取る「学習」である点です。結果として、両者は質的に全く異なる人材を育ててしまうのです。

さて、後者の様な質の高い学習で人材が育成出来たとして、その成果は、まさに3373で述べた17の目標を達成するためにこそ役立てる必要があるでしょう。教育とは、単に教養を身に付け、社会生活に適用するためだけではなく、人類の「持続的な繁栄」にこそ役立てるべきだと思うからです。ここで重要なキーワードは「持続的」という部分です。歴史上ごく短い期間だけ反映した文明はいくつもあったのですが、それらが消えた原因は、まさにその文明のシステムが持続的ではなかったからであるのは自明です。それらの失敗学にも学び、では今の文明を更に持続させるために、何を為すべきか(あるいは為さざるべきか)を学び取る教育こそが、この目標にうたう「質の高い教育」でなければならないのでしょう。

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2017年12月20日 (水)

3376 目標3 全ての人に健康と福祉をもたらす

これも3375の食糧再配分問題と目標5に掲げられている安全な水問題に、たぶん7-8割の率で起因していると想像しています。その意味で、17の目標はお互いに不可分で乱麻の如く、絡み合った問題に対する目標だと言えるでしょう。さて、栄養状態が正常で、安全な水さえ確保されれば、免疫力低下や汚染された水に起因する多くの感染症が防止できる事は容易に想像できます。なにしろ、人間の体の2/3は水分で、しかも1日当たり数リットルの水を、直接又は食物として摂取しなければ、生きていけない存在なのですから、水の確保は食糧そのものと同程度に重要なのです。人々の健康維持のためには、先ずは安全な水の確保が必須である所以です。

17の目標全てが、人類の持続的な幸福につながるものである事は論を待ちません。その中で、この目標3の「福祉」は、公的な扶助により、比較的に幸福でない人達を、より幸福な生活が送れる様に手助けする事を意味します。つまりは、すっかり不平等が蔓延してしまった社会で、幸福のバランス取りを行うのが福祉政策の役割でしょう。しかしこれは、単に高額所得の企業や人から税を巻き上げ、それを貧しい(ここでは現金の手持ちが少ない)人達にばら撒く事は意味しません。お金だけで、人々の幸福度が比例して上昇する訳ではありませんし、単純で「機械的」な福祉だけでは、人々の「やる気」や「達成感」を損なってしまうからです。

その意味で、この目標3に関して言えば、そのアプローチとしては、例えば安全な水の確保のために、機械力を要しない井戸掘削の技術(例えば上総掘りの様な)を普及する活動や、直接的な福祉よりは、人々がその能力に応じて始められるSmall businessの元手を、無利子で貸す(例えばグラミン銀行の)様な、地味であるが地道な活動こそが求められると思うのです。

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2017年12月19日 (火)

3375 目標2 飢餓をゼロにすること

3374の富の再配分同様、食糧の再配分も最も上手く行っていない分野の一つのです。理由は明確です。それは、いわゆる「商品作物」とそれを扱う「巨大市場」の存在でしょう。かつて、人々がモザイクの様に暮らしていた時代、食糧は基本的に地産地消でした。穀物も野菜も果物なども必要な量をその土地で賄っていた筈です。しかし、海運の発達や産業革命後の大量生産に対応するため、という先進国の身勝手な論理で、いわゆる植民地(プランテーション)をガンガン作って、商品作物化を拡大し続けたのでした。

コショウにしても、お茶にしても、ゴムや綿花にしても、それを直接口にして腹を満たす事は出来ない相談なので、先ずはそれらを市場で「換金」する事になります。市場には、相場というものがあって、価格は必ずしも安定的には推移しません。むしろ、投機を伴って乱高下を繰り返すのが常でしょう。結果として、資本家はますます富み続け、農地も労働力も豊富な国々は、先進国に搾取されながら、ますます貧乏で食糧状態もひどくなるという悪循環に陥るのです。現代においても、国際メジャー資本が、多くの途上国で、これとあまり変わらない状況を維持し続けていると想像しています。

これを根底から変えるのは、実は大変な努力を要するのは間違いないでしょう。何故なら、お金があって、それを買える国々の消費者は、商品作物に対して強い需要を抱えているので、すぐに状況を変える事は事実上できない相談だからです。しかし、いずれかの時期には、商品作物の作付面積(つまりは国際メジャー資本の権利)を徐々に制限しながら、食糧のための農地の割合を拡大し続けていくしかないのでしょう。もちろん、メジャー資本は、札束で彼の国々の政治家の頬を引っ叩きながらでも、その動きを阻止しようと画策する筈ですが・・・。いずれにしても、一気呵成は難しそうなので、国際的枠組みの中で長期的な目標を設定し、そこに向かって徐々に近づくしかないのでしょう。

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2017年12月18日 (月)

3374 目標1 貧困をなくすこと

貧困は何時の時代も「相対的」である事には注意を払うべきでしょう。原始共同社会においては、部族の構成員は皆平等に扱われていた筈です。働けるものはその能力に応じて働き、部族として子供を育み、働けなくなった人たちを支えていた事でしょう。しかし、工夫し努力する事をいとわなかった部族は富を蓄えはじめ、そうでない部族は貧しいままだったと想像できます。また、大きな部族の中でも、上手く立ち回る人やその家族は、相対的に豊かになり、そうでない人達との豊かさの差は拡大して事でしょう。

しかし、富が地域内で循環している間はその差も問題にはならない程度だったのでしょうが、交易が盛んになり、そしてそれが国を跨ぐ様になると共に、富める者とそうでないものの差は一気に拡大した筈なのです。富める者は、リスクを取るための思い切った「投資」も出来た筈で、それが成功すると富の差は更に拡大した事でしょう。

産業革命以降、石炭や石油や天然ガスや原子力といった、言わゆる「化石エネルギー」や地下資源(鉱物など)が国際商品として流通し、それが量が限られた「金(Gold)」ではなく、印刷されたお金(Money)で決済される様になると、取引額は天文学的な数字に拡大していきました。資源を持てる国はますます富み、それを利用する工業化に成功した国々は資源国を超えて富む結果になったのです。資源は持っているが、それを掘り出すだけの財力や工業力の無い国は、強国に搾取され続け、資源も無く資本力も無いAフリカの国々などは、労働力(奴隷)として大国に連れ去られたのでした。産業革命以降は、数度の世界大戦を経ながら、持続可能性という視点から見れば、資源の搾取と環境破壊と加えて人権破壊の悲しい歴史を刻んできたとしか説明できない時代でもあった訳です。

貧困を無くす事は、単に歴史を逆転させるだけでは解決できないでしょう。国や社会に出来る事は、搾取に近い交易を制限し、富の再配分の仕組みを変えること程度に限られるでしょう。しかし、一部の北欧に、それにある程度は成功している国々がある事は、心強い事実でしょうし、それを取り敢えずの道筋のマイルストーンにする事は可能でしょう。しかし、3割以下の支持率の政党が、2/3以上の議席を浚ってしまう、政治の仕組みを変えない限り、それを陰から支える富を抱えた人達(企業や富裕層)は、既得権にしがみつき、決してその富を手放そうとしないだろう事も自明です。

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2017年12月17日 (日)

3373 SDGsとは

SDGsに関しては、このブログでも何度か取り上げた様な気もしますが、ここでもう一度まとめておきましょう。この中で言われるいわゆる17の目標は以下の通りなのですが、これらの目標を闇雲に解決しようともがくのではなく、明確な長期目標(ゴール)とそれを承けて短期目標を掲げながら、「持続可能な形」でアプローチする事を求めていると思うのです。

目標1 貧困をなくすこと

目標2 飢餓をゼロにすること

目標3 すべての人に健康と福祉をもたらすこと

目標4 質の高い教育の普及

目標5 ジェンダー平等を実現すること

目標6 安全な水とトイレの普及

目標7 手ごろな価格のクリーン・エネルギーの普及

目標8 ディーセント・ワークと経済成長を両立させること

目標9 産業と技術革新の基盤をつくること

目標10 人や国の不平等をなくすことはなぜ

目標11 住み続けられるまちづくりは

目標12 責任ある消費と生産

目標13 気候変動に具体的な対策を取ること

目標14 海の豊かさを守ること

目標15 陸の豊かさを守ること

目標16 平和、正義と充実した制度機構

目標17 パートナーシップで目標を達成すること

それぞれについては、以下毎回1個ずつ取り上げながら、投稿者の理解やそれにまつわる想いを記していく事にします。

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2017年12月13日 (水)

3372 何故今更月面プロジェクト

B国の月面着陸プロジェクトが再起動する様です。民間でも、月面に小型探査車を送り込み、500mだか走らせるレースが動いていますが、投稿者としてはその目的が見えないのです。一番乗り競争であれば、既にアポロ計画で決着がついている訳ですし、小型探査車であれば火星への送り込みが完結している訳です。その意味で、いわゆる宇宙ビジネスが何を狙っているのか、さっぱり理解できないのです。

たぶんB国あたりは、月面利用で先んじて、軍事的な優位を確保したいのかも知れませんが、それなら無人の高高度の宇宙ステーションで十分目的は達せられるでしょうし、今更人を月面に送り込む意味は無さそうです。民間の、月面車レースにしても、軽量で高性能のラジコン車が出来たとして、ではそれが世の中のどんな課題や問題を解決できそうなのか、誰も説明してくれそうもないのです。有人月面探査にしても、重さ数キロの月面探査車を月に送り込むにしても、多額の費用と人材の他に、多量のエネルギーや最先端の材料や技術が必要となる筈です。しかし、その投資と、結果得られる成果とは、釣り合うとは全く思えないのです。

そんなお金やリソースを注ぎ込むくらいなら、地上には解決しなければならない課題が山積していると、何故リーダーは思わないのでしょうか。例えば、原発から日々生み出され、Fクシマにも多量に生まれてしまった、放射性廃棄物を無害化する技術の開発は、月面探査などに比べれば、何段階も優先順位が高い筈です。温暖化にブレーキを掛ける主役になる筈の、再生可能エネルギーの開発だって、同じ程度に髙いプライオリティ―を持っているでしょう。

投稿者の目から見れば、月面探査にしても、殆どトンネルの中だけを走るリニア新幹線にしても、壮大な「ムダ」にしか映らないのです。いずれも、国の威信は高められるかも知れませんが、成果はそこに留まるでしょう。そんな、カネや人材やエネルギーが使えるなら、もっともっと優先順位の高い、地上の問題解決に振り向けるべきなのです。

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2017年12月10日 (日)

3371 原発のリサイクル

再掲です。5-6年前にこのタイトルで書いた事は思い出しましたが、中身に何を書いたか思い出せなかったので、原稿に当ったらやっと出てきました。

原発施設の有効活用への前向きな提案です。自分でも結構イケそうなアイデアだと思うので、これを読んだ人は是非シェアしてください。さて、移行期間を別にすれば、最終的にはこの国の「原発をゼロにする」ことは国民の総意になりました。しかし、用済みになった原発を廃炉にし解体しようとする場合、原発内にある殆どの設備や部材は、程度の差こそあれ何らかの放射能を帯びている筈ですから、そこから運び出してリサイクルする事などはとても出来ないでしょう。廃材の輸送やリサイクル施設に運び込む事は、放射能にこれほど敏感になった国民意識を考えれば、事実上は出来ない相談だからです。という事は、たとえ原発内にリサイクル施設を作ったとしても、そこからは何も運び出せない事を意味します。

ではどうするかですが、既設の原発内に火力発電のためのボイラを設置すれば良いのです。タービンや発電機や復水器など、殆どの既存設備は寿命まで最大限活用し、一方で原子炉容器だけは完全封鎖しその後の廃炉に備えます。ボイラの燃料は、LNGが適当でしょう。最近のニュースでも、(ノルウェーやロシアの)北極海のガス田はかなり有望な様ですし、それを運ぶにも温暖化のお蔭で?夏場であれば「北極海航路」も利用できるようになりました。何より日本へのLNG供給量の1割程度にまで伸びてきた、サハリン2の日本製の設備も安定的に動いているようですので…。

ところで、原発には巨大な原子炉建屋も存在します。この屋根や壁を利用してメガソーラも設置してしまいましょう。また全ての原発は、海際に立地していますので、オマケに波力発電や浅海での洋上風力発電設備も設置するのです。ここまでやれば、単に原子炉を封鎖して、見通しの立たない「廃炉技術」の醸成を待つまでもなく、明日からでも原発施設を最大限に活用でき、再エネと組み合わせる事により、すっかり地に落ちた原発のイメージアップにも役立つでしょう。通常の火力発電所であれば、大津波を受けてもボイラの火が消えて「完全停止」してしまうだけなので、本質安全(フェイルセーフ)であり、金が掛かる大げさな津波堤防も不要でしょう。最悪の非常時にも、燃料プールを冷やすための少量の冷却水を確保するための安価な設備さえ追加すれば済みます。

とは言いながら、原発タービンの構造上「過熱蒸気」は使えないので、効率は通常の火力発電よりは低下します。しかし、電力ピーク時のバックアップ用としてはほぼ完璧でしょう。

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