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2018年1月16日 (火)

3393 改めて「時間」について考える

時間は、現代文明にあっては、ますます価値を大きくしつつある「概念」なのではないでしょうか。金持ちにも、貧乏人にも時は同じように流れます。しかし、金持ちは時間と共に(例えば利子や配当)などでますますリッチになり、逆に貧乏人は、同じ時間の経過の中で必要不可欠の支出や利息を払いながらチマチマと暮らす事になっている様です。つまり、時を味方に付けた人々と逆に敵に回した人達では、時間という概念には雲泥の差がある事になるのでしょう。

しかし、それは「時はカネなり」と考えた場合の話であって、全ての人々にこれを当て嵌めるのは間違っているでしょう。つまり、お金が無くても「ココロ豊か」に時を送っている人は、たぶんそれなりに多いと想像しています。投稿者も、実際はどうあれ、出来ればそうありたいと願って日々を暮らしている一人ではあります。時の流れに逆らわず、自分が置かれた環境に感謝しつつ暮らせば、その様な境地に少しは近づけるのではないか、とも思っています。つまり、時間と価値(特に富)と結びつけるのは間違いで、時間を如何にココロ豊かに過ごすかに心を砕いて暮らして行けば良いのだと思っています。

そのために忘れてならないは、やはり感謝の気持ちであり、同時に全ての出来事を受け入れ、結果を前向きに捉える事に尽きるとも思うのです。この世で起こった事は、この世で納まるのであり、「山よりでっかい猪は出ない」からです。M空ひばりやTレサ・テンの歌の歌詞ではありませんが、川(時)の流れに身を任せると言った境地でしょうか。ガツガツ稼いで暮らしても、貧乏で慎ましく暮らしても、その人の人生に流れる時間(天体の運行の時間)は全く同じですが、ココロが感ずる時間は多分雲泥でしょう。前者の方が、きっとあっという間に歳をとってしまうだろうと想像しています。投稿者は、50歳過ぎにサラリーマンを早期に退職し、人生の舵を切りましたが、それからの時間の流れは非常にゆったりと流れた、と振り返っています。それは、たぶんお金には変えられない「時間の流れ」でもありました。

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