« 3403 野菜メーカー? | トップページ | 3405 設計ミスか製造ミスか »

2018年2月23日 (金)

3404 水は高きから低きへ?

水は高きから低きへ流れるのは自然のコトワリでしょう。しかし、そこに人間が絡むと、その自然の摂理通りにはいかないものの様です。例えば、人口です。殆どの時代を通じて、しかも洋の東西を問わず、都会は田舎から人を吸い出し、それを飲み込んで拡大してきました。もちろん、例えば首都東京の中心部は、オフィス街となっており、従って夜間もそこで生活をしている人口は少なく、殆どは臨界のタワマンか郊外の住宅地域に住んでいるのでしょう。その意味で、昔はまとまった駅周辺の街以外は田園風景が広がっていた関東平野は、今や市街地の間を住宅地が埋め、さながら一続きの「関東圏都市」の様相を呈しているのです。

何故、人々は住み良い田舎を出て、緑も少なく窮屈な都会に群れて住みたがるのでしょう。学校を出て、就職口を探そうとした場合、望んでいる(給料を支払う)職が都会にしかない、というのが一つの理由かも知れません。しかし、住居費が殆ど掛からない広い田舎の家に住み続けようと決意さえすれば、都会の半分程度の給与でも田舎では十分暮らしは成り立つ筈なのです。少し昔を思い起こせば、田舎では3世代や4世代が身を寄せて暮らしていました。時と共に各世代は歳を取るので、働き手とそれに支えられる世代が一緒に暮らす事によって、いわゆる介護の問題もあまり目立たなかったのです。人は、住み慣れた我が家の畳の上で生涯を終えるのが仏だった訳です。しかし、まるでブラックホールの様な都会が、そんな社会をすっかり「個の社会」に変えてしまったのです。都会は、「人は結婚して家庭を持つ」という基本的な生活スタイルまで変えようとしています。独身世帯の猛烈な増加です。

都市化の底に横たわる真の原因を考えてみるに、そこには「経済論理」がありそうなのです。都市(とその近郊)は、大量生産の拠点でもありますし、同時に大量消費の市場でもあるからです。つまり、都市化は、経済活動(経済効率)にとっては理想的な環境であるとも言えるのです。都市化の中で犠牲になっているのは、いわゆる人間らしいライフスタイルだと言うしかありません。国も経済界も、経済(GDP)拡大を目指し、経済効率を追求する限り、都市は吸引力を維持し続け、その「引力圏」から抜け出せない捉われ人の数は増え続けるのだと見ています。どうやら人は、高きから低きへ(人口過密地帯から田舎へ)流れるのではなく、逆に経済力という引力によって引き付けられる存在の様なのです。

|

« 3403 野菜メーカー? | トップページ | 3405 設計ミスか製造ミスか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 3404 水は高きから低きへ?:

« 3403 野菜メーカー? | トップページ | 3405 設計ミスか製造ミスか »