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2018年3月 5日 (月)

3407 仮想現実の怖さ(○○したつもり)

仮想現実(VR)という技術があります。つまり、最終的には人間の五感に訴えて、(そこには存在しない)現実を創り出す技術だと言えるでしょう。視覚と聴覚程度であれば、既に性能の高いゲーム機やゴーグル等の道具を使えば、かなりの程度レベルの高いVRが実現できているものと想像しています。(投稿者は未経験)

しかし、VRというものは所詮コンピュータ上で作り出された現実であり、もちろん真の現実ではありません。ではそのまがい物の現実を、私たちが「経験」したとして、果たしてそれは現実の経験と同じものだ、と主張できるのでしょうか。例えば、車や航空機や電車の操縦を、VRで体験できたとして、その経験を積み重ねれば、実際にもそれらを動かせるのでしょうか。フライトシムレータ等の機器を用いれば、より現実に近いVRを体験できるのでしょうが、しかしそれで「免許皆伝」とはいかないでしょう。何故なら、車の免許で言う路上教習が抜けているからです。実際に車で道路を走れば、道路から車に伝わる振動やタイヤの軋み、他に路上を動く人や他の車の動き、或いは天候の急変など、VRに設定されていない事態を経験は、車の免許を与えるためには必須だと思うのです。

最も怖いのは、今の若い世代が生まれてすぐVRに接してしまう事だと思っています。つまり、彼らの経験は実際の経験とVR経験が、頭の中でごちゃ混ぜになっていると想像するからです。ゲーム機の中のVRでは、パンチを受けても痛くないし、相手を剣で切って血が出ても何の感情も湧かないでしょう。つまり、実際の経験では必ず伴う、五感に訴える刺激やココロの動きが、VR体験には殆ど伴わない心配があるのです。高精細のテレビを見て、ある場所に行ったつもり、或いはゴーグルをつけて仮想空間を移動したつもり、或いは人を傷つけたつもり、など等「つもり」が積み重なった時、仮想と現実の区別がつけにくい(或いは完全につけられない)人間が出来上がってしまう事を危惧します。杞憂であってくれればそれに越した事はありませんが・・・。

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