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2018年4月10日 (火)

3420 着地点2

何事にせよ始めるのは楽で、終わらせるのが難しいのは日常的にもよく経験する事です。例えば、自分の人生が間もなく終わるとして、それまでに契約している保険やローンや各種の加入案件を、短い期間でピリオドを打つのは至難のワザでしょう。最近「終活」と言う言葉が注目されていますが、今の社会が急に終わる訳ではないでしょうから、少なくとも全ての社会状況が安定する着地点を見定める「着活?」は今から始めておかないといけないのだと思います。

日本の人口ピラミッドを眺める限りにおいては、団塊世代と団塊ジュニア世代の突出を除けば、1年代当り大体100万人前後の出生で落ち着きそうな感じがします。それらの人が、80数年前後生きるとして、事故や病気もあるでしょうから、たぶんそんな時代の(安定)人口は、5-6千万人前後で推移すると想像できます。もちろん、人口当たりのGDPを考慮すれば、この国の経済力の順位は、たぶん10位前後かそれ以下に落ちてしまう事になる筈です。しかし、たとえそうではあっても、私たちが狙うべきは量より質であるべきだと思うのです。

さて、幸福度の問題です。ヒマヤラの麓に、国民の幸福度世界一と言う国がありますが、この国も一度物質的には頂点を極めた先進国の一つとして、エネルギーや物質を必要最小限レベルまで下げた上で、国民の幸福度はどこまで高められるか、と言う実験がたぶん必要なのでしょう。それによって、この国の、そして多分今の文明の着地点も少しは見えてくる筈なのです。物質(≒お金)やエネルギーは、基本的には人々の暮らしを安定させ、楽(快適)にするために使われてきましたが、今やそれらは「手段」としてではなくそれ「自体が目的」になってしまった感さえあるのです。つまり、原発が安定的なエネルギー源として位置づけられた時代は確かにありましたが、原発推進派にとって、今や原発の存続自体が目的になってしまった、というのがその一例として挙げられるのです。私たちは、一体何処の地平に着地できるのでしょうか、それとも無理やり飛び続けて、最後は大地に叩きつけられる「ハードランディング」しかないのか、このブログでは引き続き考えていきます。

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