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2018年4月13日 (金)

3423 開発と言う名の破壊

「環境カウンセラー事務所」を開設し、勝手に環境カウンセラー業となって以降15年ほどが経過しました。想い起せば、1960-70年代にいわゆる「公害事件多発時代」を目撃し、その後の地球規模の環境悪化が指摘され続けてきた時代と共に歳を重ねた身としても、「環境」と言うキーワードは、既に体の一部になっている様な気もします。私たちの感覚では、自分と言う人間が居て、それを取り囲む形で環境があると思っていますが、Y老孟司が「自分の壁」の中でも指摘している様に、自分=環境と言う認識が正しいと、投稿者も賛同しています。

自分の体を構成している、原子や分子や細胞のどれ一つとして、自分で創り出したものなど無く、全ては環境からの「借り物」である事に異を唱える事は出来ないでしょう。しかし、悲しむべき事に私たちは、開発と言う名の下で、如何にすさまじい規模で環境を破壊し改変しているかに気付いていないのです。新しい道路を通すには、先祖伝来の美田をつぶし、里山を削ってその土で谷を埋め、或いはトンネルを穿ち、橋を架けるでしょう。その全てが、環境の破壊であり改変である訳です。その意味で、今の家を建てる際には、結構悩みました。と言うのも、買った土地が田んぼを埋め立てた土地だったからです。埋め立てられる前から、その土地は耕作放棄地で草ぼうぼうだったことは知っていましたので、少しだけで済みましたが、やはりココロは痛んだものでした。

私たちが、何か行動を起こしたり、或いはモノを作ろうとすれば、必ずや環境に何らかの変化を与えずには置かないのです。車を少し走らせただけで、人間が呼気から出す量の、何ケタも大きな量の莫大なCO2を排出してしまうでしょう。ましてや、それが旅客機である場合は更に2桁くらいは大きな量となる筈です。歩いたり、自転車で移動しない限り、私たちは地球大気の組成を改変しながら移動を重ねることになるのです。もちろん、環境改変を全くストップさせる事は、人が生きている限りは不可能です。生きていくだけで、少なくとも屋根の下に住み、衣服をまとい、食糧を口にし、排せつをする必要はあるからです。しかし、環境改変を最小限に留める努力は不可欠でしょう。そうでなければ、私たちの子孫の生活の質が著しく劣化せざるを得ないからです。現世代のエゴは、出来る限り抑え込んでしまう必要があります。それが、このブログの一貫したテーマでもあるのですが・・・。

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