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2018年5月 9日 (水)

3439 休題(国、国民について)

このブログは「環境ブログ」ですので、政治やイデオロギーには触れないのが暗黙のルールですが、たまには国や国民について考えてみるのも、環境を別の角度で眺めるという意味では良いかも知れません。さて、国とは、言わずもがなですが国境で仕切られた地域を指します。その中に暮らす人々を、便宜上国民と呼ぶのです。しかしながら、多くの国の中には、いくつかの(又は数多くの)民族が分かれて(又は入り混じって)、仲よく(又は諍いを起こしながら)暮らしているケースも多いのです。中には、民族の独立をかけて、内戦状態にある国々も多いようです。

そこで、ここでは「国境」について少し考えてみる事にします。国境は、誰かが歴史の流れの中で恣意的に引いたものもあれば、海や大河や高い山脈などで隔てられた、天然の国境(環境国境?)もあるでしょう。投稿者としては、多くの国境問題の本質は、国境が「線」である事にある、と思っています。もし、国境に幅があって、その中は隣接する国が同等の権利を有する「共用地」であったなら、と想像することがあります。しかも、利用の目的を農業などに限る必要があるでしょう。例えば、そこから鉱物資源や石油が湧き出ても、諦めるルールを定めないといけません。そうでないと、権益争いの火種になるからです。たとえ農業であっても、「水争い」が考えられますから、そこにも天水利用を前提にしたルールが必要でしょう。

とは言いながら、共用地を設定した場合にはG.ハーディンも指摘したように、「共用地(コモンズ)の悲劇」も想定されるでしょう。ですので、その設定には万国が賛同できる「厳密なルール」の設定が必須なのです。その意味で、共有地を牧場にする事は出来ないでしょう。放牧した牛が、他の人が放牧した牛の群れと、餌場の草地を取り合うからです。もちろん、放牧した牛の持ち主を特定しないのであれば、問題は少ないのかも知れませんが、争いが消えるとも思えません。農業利用であっても、両国に機械力の差があっては諍いの火種に繋がりますから、例えば人力による農業だけに限定する必要があるかも知れません。

この様な、頭の中だけの勝手な想像(思考実験)も結構楽しいものではあります。

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