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2018年6月 1日 (金)

3452 休題(戦後の総括)

S井の「国体論」を読んで、一番強く感じたのは、人口ピラミッドのまさに塊りである団塊世代が、自分達自身が生きてきた戦後の時代を振り返り、十分に反省しているとは言えないなあ、という感慨です。団塊世代は、殆どが社会の第一線は退いている筈ですが、人生の余暇を楽しむ事に熱中する前に、自分たちの生きざまを冷徹な目で総括する必要があると思うのです。平成も終わりに近づきつつある今、昭和は既に「歴史」になりつつありますが、当事者が自分達自身の仕業を公平に評価しにくいのは確かですが、それはそれとして評価するという努力は必要でしょう。

人は、過去を振り返っての評価・反省無しには、実は将来の展望も描けないのです。だからこそ、歴史学があり過去の出来事の評価を繰り返し行う意味があると思うのです。その意味で、S井の書は、近現代史を明治維新後から戦前と、終戦を「分水嶺」として、戦後の70余年を均等に眺め、明治維新以降の近代化の盛衰?と戦後の高度成長の盛衰に相似なるものを見出すという新しい視点の嚆矢となるものかも知れません。それは、比較的若い世代の論客としてのS井だから打ち出せた論点なのかも知れません。何故なら、いわゆる団塊世代の論客に、同様の視点を持ち込んだ人を、寡聞にして知らないからです。

さて、団塊直後世代としての投稿者は、比較的団塊世代の仕業を身近に眺めながらも、一歩引いた立場で眺めて来たと思ってはいます。その中で感じた事を少し述べるならば、一言で言えば彼らは「夢中になって」突っ走ってきた集団であったとなりそうです。夢中になってと言うことは、周りを眺めたり、立ち止まって足元を確認し考えたりするという行動を殆どしてこなかった、という事を意味します。それは、例えばキチガイじみた工業化の中で、一時は人の命に関わるレベルまで悪化させた環境(公害問題)もあるでしょうし、批評無しに希求したアメリカ的な「文化生活」を、車や電化製品などと言った商品で実現したつもりになっている点も同根でしょう。

もちろん、ここで簡単に結論を出せるような軽いタイトルでもありませんが、いずれにしても私たち(戦後世代)には、戦後の70年余りを総括し、その中から今後あるべき社会システムの修正版を編み出す必然性があると思うのです。この国のリーダーも、確かに戦後世代ではありますが、S井の指摘する様に、彼は間違いなく戦前にもあった「国体」という言葉に相似した「戦後レジューム」の網に捕らわれ続けている人物の一人と言えるでしょう。団塊世代は、その責任(総括と反省を元に、今後社会のあるべき方向を指し示す)を果たさずして、早々と余生を謳歌する生活に入るのは許されないと思うのです。

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