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2018年6月15日 (金)

3461 マネー本位制社会

その昔社会科の授業で、金本位制という言葉を習った様な気がします。ある時期以降、兌換紙幣の代表であった$がそれを放棄し、その後はいわば「マネー本位制」の世の中になったのでした。それ以前の社会を含めて、「価値」の考え方を振り返ると、価値交換の手段としての貝や石貨や金属貨幣以前は、モノ本位制であった筈です。例えばこの国では、コメがその役目を果たしていた時代が長く続きました。さて、ものの価値ですが、それは一にも二にも「それ」がどの程度所有する人の役に立ち、所有する満足度を高めるかに掛かっているでしょう。しかし、贅沢品や装飾品に代表される様に、ある時期以降人々はそれを所有する満足度に酔う様になってしまったらしいのです。

その証拠には、例えば大金持ちは、めったに乗りもしない高級車を何台も車庫に並べて悦に入っているらしいですし、そうでない別の金持ちも、一生かかっても使い切れない程のマネーを銀行に預けて、ゼロの数を数えて満足しているらしいのです。その人にとっての価値とは、結局生活の役に立ついわゆる実利(実用)ではなく、所有欲の満足の様に見えるのです。それほど、極端ではなくとも、現代の社会で価値の基準になっているのはお金(マネー)になっている事は疑いないでしょう。若者は、職業の選択の基準として「給与」を最初に考慮するでしょうし、世の中での成功者、敗北者も持っているお金(お金に変えられる財産)の多寡によって判断される場合が殆どでしょう。

しかし、お金に換えられない価値、ここでは仮に「非兌換価値」とでも呼んでおきますが、はもっともっと重視されるべきだと思うのです。非兌換価値の例としては、美味しい空気や水、無農薬の野菜、国際や国内の平和、人と人或いは人と自然の間の愛情や幸福感、安全・安心感、信頼感、生き甲斐感、自身などなど、有形・無形のものが挙げられそうです。残念ながら、それらはお金に換算出来ないという理由で、あまり大切にされていないのが現状でしょう。取り分け、B国に代表されるマネー本位制社会では、それらは殆ど無視され続けているのです。それは、銃による犯罪が日常茶飯事となっている現在でも、それが殆ど規制されていない事でも自明です。

戦後一貫してB国のお尻を追いかけてきたこの国でも、事情はあまり変わりません。そうでなければ、児童虐待や僅かな金品を奪うために人を殺傷する犯罪、更には無差別の大量殺傷事件などに通底する根本部分の動機が説明できないのです。

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