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2018年7月31日 (火)

3487 ブロッキング現象2

3486の補足です。物理学の用語に「エントロピー」というものがあります。一言で言えば、物理現象における不規則性の度合いを示す概念ですが、例えば熱力学的にエントロピーが最大の状態とは、その現象が起こっている「場」で、至るところ温度が同じになってしまう事を指します。至るところ温度が同じなのですから、最早熱の移動は起こりません。これを「熱的死」と呼ぶ場合があります。

投稿者は、気象におけるブロッキング現象とは、実はこの熱的死に至る過程なのではないかと疑っているのです。北極t赤道の間の気温にあまり差が無くなってしまうと、温度差が作る気圧の差も小さくなり、その結果風も弱まり、最終的には風の影響を受け易い海流さえも弱まってしまうでしょう。つまり、朝から晩まで、或いは季節が移っても、風が弱く、海もベタ凪状態が続く事になるでしょう。熱的死は、季節を無くし、まるで時間が止まった様な陰鬱な世界となると想像できるのです。

熱的死に近づくと、当然の事ながら自然の多様性、植物相や動物相も単純になり、全くつまらない世界にもなってしまう筈です。四季のハッキリしている日本の様な中緯度の国に住む人々が、果たしてその様な世界に住む事に耐えられるでしょうか。投稿者としては、御免蒙りたいと思ってしまいます。常に夏の様な、生暖かくベタッと風の弱い日常など想像すらしたくないのです。集荷秋冬があり、夏は暑くても、冬には雪が降って貰いたいのです。春の芽吹きや秋の紅葉も毎年この目で見たいのです。

このブログでは、今後とも忌むべき熱的死を回避するために、私たちが何を為すべき事を考えていきたいと思っています。

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2018年7月30日 (月)

3486 ブロッキング現象

地球の気候温暖化に関連して、今後重みを増してくるであろう気象用語として、「ブロッキング」がありそうです。そもそも、地球規模での気象現象の重要なカギを握るのは、極地方と赤道地域の温度差と海洋循環でしょう。前者は、北極や南極に冷たい空気の塊り(極気団)を形成し、それが吹き出す際の気流が、地球の自転によるコリオリの力で「ジェット気流」となる大気循環の原動力となっています。後者は、いわゆる「熱塩循環」という千年単位の熱循環に関係する大きな海洋循環と、エルニーニョやラニーニャと言った、表面層に近く比較的短期の気象変動に関係する局所的熱循環に関係している訳です。

さて、温暖化とりわけ夏場の極地方の温暖化は、結果として極地方と中緯度地域との温度差の縮小を招き、これは最終的にはジェット気流の速度も小さくなる事を意味します。ジェット気流は、中緯度地域の気象変化に重要な働きをしていますから、例えば移動性高気圧を動かすエンジンとしても働いている筈なのです。しかし、このジェット気流が弱まり、大きく蛇行する様になると、この蛇行のポケットでは、低気圧も高気圧も動けなくなってしまうのです。これがブロッキング現象です。

今回の台風12号の異常な動きも、このブロッキングに関連している事は、気象の素人である投稿者にも容易に想像できるのです。つまり、例年の様に北上し、やがてジェット気流に流されて北東の方向に進む台風のルートとは、明らかに違っているのを見ても、その原則が崩れているのが分かるからです。モンゴル高気圧と太平洋高気圧が、頑として居座り猛暑が続いているのも同じブロッキング現象の為せるワザでしょう。

猛暑が、極東の端っこにある日本だけではなく、北米やヨーロッパ、ユーラシア大陸を含めた地球規模である事は、日々の報道でも明らかですが、このブロッキング現象も、今後悪化はしてもなかなか改善する事は期待できそうもありません。たぶん、どこかの火山が大噴火を起こし、数年間続くような地球規模の冷涼化が起こるなどの天変地異くらいしか、この事態を動かす「気象事件」が起こる事は無さそうなのです。残念ながら。

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2018年7月29日 (日)

3485 猛暑対策3

猛暑対策の切り札は、たぶん「輻射冷房」に尽きるでしょう。輻射冷房とは、天井や壁に細管を埋め込み、そこに比較的温度の低い水をゆっくり流して置く冷房法です。この冷房法が体感できるのは、暑い戸外からトンネルの中に入った場合などになるでしょう。トンネルの入口は、外気温度と同じなのですが、トンネルの壁は「地温」になっているので、ヒンヤリと感ずる事ができるでしょう。この時、温点で感ずる輻射温度は低く抑えられていて、地温に近いものとなっている筈です。つまり、例えばその時の外気温が35℃あっても、体感温度は20℃程度になっているという事になるのです。

体感温度とは、温点が感ずる「周囲の輻射温度の平均値」ですから、体全体が包み込まれる室内の様な環境では、天井の温度や壁の温度が、例えば25℃であれば、体は25℃に感じてしまう筈なのです。天井や壁の温度を25℃程度に保つには、たぶん20℃を下回る井戸水程度の水温で十分ですから、エアコンの様に25℃の吹き出し温度を得るために、ヒートポンプを回して6-7℃の低温を得る必要はないのです。つまり、輻射冷房は、省エネ冷房でもあるのです。難点は、設備投資額の高さですが、住宅全体ではなく、居間など狭い範囲の施工であれば、それも限定的でしょう。床暖房に使う市販のパネルユニットがそのまま使えるでしょう。

この輻射冷房の最大の利点は、冬にはこのパネルに30℃程度のぬるま湯を送れば、そのまま快適な「輻射暖房」に切り替える事ができる点です。冷房も暖房も、空気の吹き出しは不要なので、エアコンやダクトにホコリが溜まったり、カビが生えて健康を害する心配が無いのも大きなメリットでしょう。その意味では、このシステムは事務所ビルや病院など、不特定多数の人々が出入りする場所でも、空調ダクトを通じて広がる感染症予防には、非常に有効である事も間違いないでしょう。いずれにしても、輻射冷暖房を云々する前に、日本のビルや住宅の断熱、遮熱性能ですが、例えば欧州の住宅などに比べれば最低レベルである点は、早急な対策が必要である事は論を待ちません。

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2018年7月28日 (土)

3484 猛暑対策2  7/28

猛暑の日に暑さを感ずるのは、体の表面にあるセンサー(温点)だと想像しています。その温点が何を感じているかと言えば、熱線(赤外線)で間違いないでしょう。赤外線にも色々な波長のものが混じっていて、例えばそれが体の周囲全てで35℃相当である場合、体から汗が吹き出す様に仕組まれているのでしょう。もし、汗が出てそれが蒸発する際に熱を奪って、体表面や下着の内側が30℃を下回れば、少し涼しさを感ずる筈なのです。この事を少し考えてみると、温点を誤魔化す方法にはどうやら2つありそうです。

先ず一つは、温点に到達する赤外線を遮断してやることです。気温が35℃を超える様な猛暑の日、室温が30℃以下でも、空や雲から窓を通じて届く輻射温度は、35℃相当になっているのです。従って、体感温度としては35℃になるので、熱く感ずる訳です。もし、性能の高い赤外線反射フィルムを窓に貼っておけば、体感温度はグッと低くなるでしょう。もちろん、建物の断熱性が髙ければ室温の上昇も抑えられるでしょうから、更に体感温度は低下するでしょう。

もう一つは、体表面からの発汗を活発にし、それを上手く蒸発させる方法です。最近は、その様な効果を持つ下着も開発されている様ですから、それらも活用したいものです。もちろん、発汗を活発にするためには、そのための少しの「訓練」も不可欠でしょう。エアコンに慣れ過ぎると、発汗作用が不活発になって、汗腺が縮小し汗かきが下手になってしまうからです。何しろ寒い時期に生れた人には、生まれつき汗腺密度が少ないとさえ言われているくらいです。汗を上手く蒸発させるには、加えて風が必要です。風速1mで体感温度は1℃程度低下すると言われていますので、扇風機を「弱」にした程度でも風速は2-3m程度になりますから、体感温度も2-3℃は下がる勘定です。もちろん、3483で述べたデシカント冷房で湿度を下げると、汗の蒸発が加速されますので、体感温度の低下はそれ以上に感ずるでしょう。打ち水も、同じ利用で地面温度を下げ、輻射温度も下がる結果、体感温度を下げる効果が期待できるのです。

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2018年7月27日 (金)

3483 猛暑対策

さて、命に関わる猛暑の対策ですが、外気温度を下げる事は流石に科学の力を以っても無理だと思うので、先ずは室内での対策を考えてみましょう。室内温度を下げるには、手っ取り早くはエアコンを回す事でしょう。エアコンは、いわゆる「ヒートポンプ」なので、原理としては室内の熱を汲み上げて、それを外に捨てる機械であると言えます。(もちろん冬は逆サイクルを回します。)従って、熱を外に捨てるためには、室外機の排気温度を外気温より高く設定する必要があり、室外機付近はムッとするくらい高温になるのです。

しかし、もし気温は30℃でも、湿度だけでも例えば50-60%に下げられれば、出た汗の蒸発する気化熱で涼しさが感じられる筈なのです。いわゆる「除湿冷房」です。何らかの方法で、室内空気の湿度をドンドン下げて行けば良いのです。電気店に行けば、梅雨の時期の室内干し対策として、除湿器が売られていますが、その中には、たぶんデシカント式とコンプレッサー式とそのハイブリッドの3種類がある筈なのです。デシカントとは、除湿剤の事で多くはゼオライトが使われている様です。コンプレッサー式は、小さな冷房機と考えて良いでしょう。問題は、市販の除湿機の能力が小さい事と、デシカント式にしてもコンプレッサー式にしても、それなりに電気代が掛かるという点です。デシカント式も、水分を吸ったデシカントを再生させるためには「電気ヒーター」で温めてやる必要がありますし、コンプレッサー式は常にモーターを回してやる必要があるのからです。

投稿者が有望だと思っているのは、家庭用除湿機よりかなり大型の除湿ローターで、より多くの空気中の水分を除いて、室内の湿度を下げる方法です。除湿ローターは、十分に水分を吸ってやがて飽和状態になりますから、水分を吸わなくなります。そこで水分を飛ばす「再生」が必要なのですが、それを太陽熱で行なうのです。具体的には、太陽熱集熱器で70-80℃程度の温風を作り、その温風でデシカントを再生して(乾かして)やるのです。ローター状のデシカントとしておけば、これをゆっくり回転させれば、除湿と再生が連続的行えるのです。

このシステムでは、太陽がギラギラ輝くほど、室内の空気をカラカラに除湿できますから、猛暑でもちっとも怖くない訳です。もし、気温も下げたければ超音波式の加湿器を併用すれば、水が蒸発する際に気温を下げてくれるでしょう。このシステムに使うエネルギーは、デシカントローターをゆっくり回す小さなモーターと部屋の空気を循環させる扇風機程度のファンだけなので、エアコンに比べれば、たぶん一桁少ない電力量で冷房が実現できるのです。私たちは、猛暑に対応するためと言いながら、エアコンをバンバン回し、更に温暖化を加速するCO2をドンドン増やす訳にはいかないのです。

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2018年7月26日 (木)

3482 猛暑と温暖化効果ガス2

3481の補足です。CO2やメタンなどの温暖化効果ガスに対し、水蒸気が「共犯」ではないかとという説を支持するのが、水蒸気の性質です。データによれば、温度と、飽和水蒸気量は直線的に比例するのではなく、二次曲線を描いて増加するというのです。たとえば、30℃で1㎥の空気が最大含む事の出来る水蒸気(飽和水蒸気量)は、30gを少し超える程度ですが、これがたった5℃上昇するだけで、その量は39gを大きく超えるのです。その増加量は、9.3gになります。一方、気温が低い場合、例えば15℃から20℃のレンジを見た場合、その増加量は4.4gに留まるのです。

今まさに、日々の気温が35℃を上回る様な気候になっていますが、卵が先かニワトリかの議論はあるにしても、間違いなく絶対的な湿度(空気中の水蒸気量)は格段に増加している事は疑いないでしょう。つまり、相対湿度が同じく80%と表示されていたとしても、気温が30℃の時と、35℃の時では、水蒸気量には30%の開きがあるという事になるのです。気温の増加は、温暖化効果ガスの一つである水蒸気量を急激に増やし、その結果更に気温を上昇させるという、いわゆる「温暖化の悪循環」に陥ってしまうのです。もちろん、これは海洋性気候で、夏場は暖かい海から十分な水蒸気が供給されるという東アジアの気候の特徴であるとも言えます。

しかしながら、本当に恐ろしいのは、北極圏の気温上昇なのです。この夏、北極海の浮氷のかなりの部分は消失した結果、氷による日光の反射率(アルベド)が低下し、夏場は一日中陽が差していた北極海表面の海水温がかなり上昇したと考えられます。当然の事ながら、海水温が上がればそこから蒸発する水蒸気量も増えて、結果として気温上昇した筈です。実際、この夏は北極圏でも30℃を超える気温が報告されているのです。何が恐ろしいかと言えば、この気温上昇でツンドラ(凍土)が溶け出して、沼地化する結果、沼地から最強の温暖化ガスであるメタンがボコボコと湧き立つ事です。実際近年では、これまで凍土の中に閉じ込められていた、冷凍マンモスが次々と掘り出される様になった事がその証左でしょう。この先、温暖化は一体どうなるのか、どうやら予想をはるかに超えるスピードで加速している事は間違いなさそうです。

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2018年7月25日 (水)

3481 猛暑と温暖化効果ガス

各地で、「命に関わる猛暑」が続いています。しかしながら、40℃ソコソコの気温であれば、赤道に近い場所や砂漠の国々では、ごく普通に現れる気温であるとも言えるでしょう。砂漠の気温の特徴は、その日較差にあると言えるでしょう。つまりは最低気温と最高気温の差です。砂漠地帯では、その差が40℃に上る事も珍しくはありません。つまり、50℃になった日があっても、翌日の夜明け前には10℃前後にまで気温が低下するのです。これは、砂漠地帯では空気中の絶対的な湿度(空気の単位体積当たりの水蒸気量)が低いので、夜間の放射冷却がグングン進む結果だと言えます。

一方、この国や東南アジアの国々の夏は、モンスーン気候と飛ばれ、夏場は海洋性の高気圧に支配される気候ですから、最高気温が40℃を超えた日では、翌朝の最低気温も30℃前後あったりする訳です。砂漠地帯との大きな差と言えば、大気中の水蒸気量だけですから、次の結論が導きだせます。つまり、CO2やメタンガスなどが、温暖化効果ガスとして目の敵にされますが、実は、「水蒸気(H2O分子)こそ最大、最強の温暖化効果ガスだ」と結論出来るのです。モンスーン気候では、大気中の水蒸気量が多いので、暑さで汗をかいてもなかなか蒸発してくれません。ですので、私たちの体の中に熱が籠って、いわゆる熱中症になり易いのです。しかし、砂漠地帯では水さえ十分に飲んでいれば、汗が出てそれが蒸発しながら体温を下げてくれる結果、熱中症にはなりにくいのです。

もう一つ、湿度が高い弊害があります。それは、湿度が高いと体感温度も高くなる点です。体感温度とは、体の温度センサー(温点)が感ずる気温の事ですが、それは温度計が示す気温と、温点が感ずる輻射温度との平均値であると言われています。湿度が高かったり、周囲の建物や舗装道路の表面温度が高い場合、輻射温度が高くなるため、私たちの体感温度も高くなってしまう訳です。その意味で、残念ながら私たちは、夏場の気温(体感温度)に関しては、世界でも最も条件の悪い「温帯」の国に住んでいると言うしかありません。対策については、続きます。

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2018年7月24日 (火)

3480 分散システムのメリット

今の科学・技術を前面に押し出した文明では、一貫してシステムの巨大化を推し進めてきた様な気がします。例えば、発電所を考えてみても、原発などでは1基100万kwもの出力がある発電機が、5-6基も集まっている様な巨大なシステムを構築していて、それを太い送電線網を使って北陸から関東まで送ったりもしてきたのです。システムの巨大化の第一の目的は、効率化だと想像しています。建設も効率的でしょうし、立地を検討するのも集中させれば楽でしょうし、運用面でも少ない人員で、大きなシステムを維持管理可能となるでしょう。

しかし、考えてみれば電力を消費する需要家は、広く分散している筈です。個々の工場やビルや住宅は、網の目の様に張り巡らされた電線網(グリッド)で需要家に届けられるのです。巨大システムで勿体ないと思うのは、巨大化に伴うムダです。上に、巨大化の目的は効率化だと書きましたが、実は大きな無駄も出しているからです。例えば、送電ロスです。送電は、アルミ合金製の送電線を通じて行われますが、アルミは電気の良導体ではあるものの、銅や銀などよりかなり性能が落ちるのです。ざっと言えば、単位長さ当たりの抵抗値は、アルミは銅や銀に比べて2倍近いので、結果としては送電によって2倍の発熱量(エネルギーロス)が生ずる事になるのです。もちろん、銅や銀にしても完ぺき導体ではないので、それらを使っても送電ロスは生ずるのですが・・・。

更に言えば、大きなシステムのメンテナンスに関して言えば、複数あるシステムのメンテナンス停止の期間を考えると、それでも電力不足が生じない様に、余剰システムを抱えておく必要があるでしょう。つまり、定常時5基の原発で構成されるシステムには、メンテナンス時のバックアップのためだけに6基目の発電機が必要になるのです。つまりは、余剰率20%という訳です。しかし、システムの構成単位(ユニットサイズ)が十分小さければ、余剰率も小さくて済む筈です。適正な余剰率は、たぶん5%前後で十分でしょう。それよりなにより、システムを小さくした上で、需要家に近い場所に分散して設置すれば、送電ロスも無視できる様になるでしょうし、災害時の堅牢性(ロバスト性)も高まるのです。

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2018年7月23日 (月)

3479 持続企業(製品)の十分条件

持続企業が持続製品を作り続けるには、原材料が持続可能なものである以外にも条件がありそうです。それは、製品を作るプロセスが持続可能性が髙いというポイントです。製品を作るには、原材料が手元にあるだけでは十分ではありません。モノの形を変えるための設備やプロセスが必要ですし、その設備を動かすためには多大なエネルギーも必要です。更に言えば、如何なるプロセスでも歩留まりというものがあり、必ず不要な廃棄物が出ます。もちろん、歩留まり100%の夢の様なプロセスが存在するのであれば、それはラッキーな事ですが、残念ながらその様なプロセスは非常に少ないのです。非常に少ないと言ったのは、皆無ではないという事です。歩留まり100%のプロセスに近いのは、例えば醸造業でしょうか。酒造りにおいては、精米したコメや糀や水などを使いますが、酒の搾りかす(酒粕)を含めて、ゴミは出ません。精米して削ったコメも何らかの形で再利用しているでしょうから、ゴミにはならないでしょう。

しかし、同じ醸造業でもビールではどうでしょう。原始的なビールの作り方では、殆どゴミは出ませんが、近代的なビールの作り方では、ビールを透明にするために「ろ過」していますので、その際に使う濾材(多くの場合は珪藻土です)を使いますから、それが燃えないゴミになってしまいます。基本的には使い捨てで、燃えませんから埋め立てるしかないだろうと想像しています。

更に言えば、プロセスには多大なエネルギーが必要ですから、エネルギーの消費には必ず環境負荷(例えば大気中のCO2の増加)を伴いますから、持続企業は厳密に言えば自立型の再生可能型エネルギーを追求しなくてはならないでしょう。持続可能型の原材料、廃棄物の無い(少ない)プロセス、再生可能型エネルギーを使って作られた、製品はほぼ持続可能製品と言えそうですが、残念ながらこれらは必要条件ではありますが、十分とは言えません。その製品の使用中の環境負荷(電化製品であれば使用電力)も考慮しなければなりませんし、その製品が寿命を迎えた際にもそれを次の製品のためにリサイクル出来なければなりません。現在使われている多くの製品は、金属+プラスチック+電気基盤などの複合的な材料で出来ていますから、リサイクルには多大な手間とエネルギーが必要です。もし、製品の分解が数本のビスを外すだけのワンタッチで完了し、その結果原材料毎の分別が容易になれば、リサイクルによって生ずる環境負荷は極少になり、真に持続製品に近づくのでしょう。

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2018年7月20日 (金)

3478 追い風と持続製品

ビジネスを展開する上では、もちろん逆風(head wind)に立ち向かうよりは、追い風(tail wind)を利用する様が賢いでしょう。その意味で言えば、今吹いている社会の追い風は何か、と考えてみれば、答えは比較的簡単で、3476に述べた「SDGsの17項目に乗る事」と言い切っても良いでしょう。その17項目のカテゴリーにアプローチする際のキーワードは、間違いなく「持続可能性」でなければなりません。つまり、持続可能な社会に向けた事業を展開していけば、自然にその企業の持続可能性も確実になっていく筈なのです。

ここでは持続可能性の高い製造業(仮に「持続企業」とでも呼んでおきます)の例を挙げてみましょう。現在の製造業の状況を考えてみると、市場で売れそうな製品やそれを作っているメーカーの下請け部品を作って、各期毎で利益を出してさえいれば、当面はなんとか存続できそうです。しかし、持続企業ではそうはいきません。持続製造業では、先ず製品を作るための源材料から吟味しなくてはなりません。つまり、環境に大きな負荷を与える事無しに、持続可能な形で入手できるモノでなければなりません。例えば、古の日本では鉄を「たたら製鉄」で作っていました。砂鉄と、周辺の山で産する薪(炭)を使って行う製鉄ですが、しかし規模が大きくなるにつれて、砂鉄を手に入れるために山を崩した土を水で洗い、薪炭を手に入れるために片っ端から山の木を伐採したために、山野は荒れ果てたのでした。もし、その地域で毎年手に入る量の砂鉄、毎年増加する分だけの薪炭で賄える範囲で、細々と製鉄を行っていたなら、たたら製鉄は長く存続していたのかも知れません。

さて、持続可能性はそれほど高くはない鉄を諦めた場合、それに代わる原材料は手に入らないのでしょうか。そうではないでしょう。例えば、圧縮した木材や純粋な形のセルロースファイバーは、十分に金属に肩を並べる素材になり得ると見ています。山の木を循環的に利用し、その産出する範囲内であれば、持続可能な形で素材を得る事は可能なのです。先ずは、車メーカーが「木製の車」を実用化してみる事が必要でしょう。もっとも密度を高めた場合でも、比重が1.6に過ぎない木の車は、間違いなく軽い筈なので、鉄の車に比べてエンジン(モーター)も小さくて済み、燃費も向上するでしょう。例えば、ここで想像してみた「木製自動車」は、確実に強い追い風を受ける事ができる持続製品なのです。

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2018年7月18日 (水)

3477 ESGとは

アルファベット言葉が続きます。SRI(社会的責任投資)という言葉が流行った時期がありましたが、今はESG投資と呼ぶ事になった様です。ESGとはそれぞれ、「環境」・「社会」・「ガバナンス」の略ですが、それらを意識した投資が、全ての投資家に求められる時代だという事でしょう。とは言いながら、では何をどうすれば良いのかは、言葉だけでは釈然としません。

投稿者の解釈としては、比較的単純で企業経営やガバナンスに当たって、2476に書いたSDGsの17項目を意識しながら当たる、という事に尽きるのではないかというものです。SDGsには、環境も社会も網羅されていますから、それらを意識して企業経営(ガバナンス)に当たれば、ESGは担保される筈なのです。

もちろん、企業経営で常に17項目の全てを意識し続ける訳にはいかないでしょう。というよりあまり難しく考えずに、あらゆる経営決断のタイミングで、より「持続可能性」に近づける方向を選択するという単純なセレクションでOKだと言っておきましょう。例えば、新規の製品を立ち上げようと企画する場合、その原料や製造法あるいは流通や使用済みになった製品の末路まで想像し、持続可能性に照らして旧製品より優れていれば、ひとまずブレーキは掛けずに済むでしょう。

当然の事ながら、旧製品より新製品が持続可能性に優れるからと言って、それは必要条件は満たしてはいるのでしょうが「十分」だとも言えないでしょう。「十分」条件とは、程度の問題だからです。つまり、持続可能性を「高い」レベルで達成して初めて「十分」だと胸をはれるからです。それでも、旧製品より持続可能性(≒環境性能)が劣るモノを世に出すよりはマシでしょうし、少なくとも、ネガティブ・スクリーニング(持続可能性がマイナスになる事を避けるチェック)はパスできるでしょう。いずれにしても、経営者が金儲けだけを考えて居れば済む時代は終わった、というしかありません。

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2018年7月16日 (月)

3476 SDGsに向けて

数日の山行から戻って投稿再開です。最近マスコミでも、このSDGsが取り上げられる事も多くなりました。その持続可能な社会に向けた目標とは、下に挙げる17個ですが、理念としては素晴らしいと分かっては居ても、では日々の暮らしの中で、私たち個々人は一体何を為すべきか、途方に暮れてしまいます。しかし、投稿者としては考えるべき事、為すべき事は比較的簡単ではないかとも思っています。つまり、次の一挙手一投足が、以下の目標に向けての方向を向いている(プラスのベクトル)か、或いはマイナスのベクトルなのかを吟味すれば良いのです。例えば、少し贅沢な外食を考えた時、庶民的なメニューに落として、食費を少し浮かせ、その分を慈善団体に少し募金を寄せれば、目標の1.10.16.などの目標にたとえ半歩でも近寄った事になる筈です。要は、塵も積もれば・・・スタイルで進めば良いのです。個々人だけではなく、企業もこの17個の目標を経営方針に入れ込めば、より永く存続する企業に近づける筈なのです。

1.貧困をなくそう

2.飢餓をゼロに

3.すべての人に保健と福祉を

4.質の高い教育をみんなに

5.ジェンダー平等を実現しよう

6.安全な水とトイレを世界中に

7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに

8.働きがいも経済成長も

9.産業と技術革新の基盤をつくろう

10.人や国の不平等をなくそう

11.住み続けられるまちづくりを

12.つくる責任つかう責任

13.気候変動に具体的な対策を

14.海の豊かさを守ろう

15.陸の豊かさも守ろう

16.平和と公正をすべての人に

17.パートナーシップで目標を達成しよう

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2018年7月 9日 (月)

3475 休稿 

早目ですが、今日から移動で連続の「勝手に山の日」に決めましたので、しばらくは休稿です。

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2018年7月 7日 (土)

3474 未曾有が日常になる時代

近年、気象予報でしばしば「数十年振り」という枕詞を聞くようになった様な気がします。取り分け、数十年振りの降雪や降雨というのがその典型でしょうか。降雪や降雨には、なんといってもその時点の大気中の水分率が寄与する事は間違いないでしょう。もちろん、雪や雨粒の核となる大気中のエアロゾルの濃度も重要でしょう。

その意味で、未曾有の降雪や降雨が観測されている近年は、大気中の水蒸気量(相対的な湿度ではなく、絶対的な水分重量)が、未曾有の状態まで増えていると考えるしかないでしょう。そこまで、水蒸気量が増加したのは、元を質せば海水温の上昇ですが、その大元はやはり地球自体の温暖化である事は、B国の大統領が何とツイッたしても、疑いない事実でしょう。

地球の温暖化を食い止めるには、地道な取組みではありますが、地表面の太陽光の反射率(アルベド)を回復するしか無さそうなのです。アルベドは、極地方の雪氷が特に高く、次いで上空の雲ですが、砂漠などは白い砂だけなので高そうですが、0.3以下になっている様です。森林は、太陽光を良く吸収するので、アルベドは低いのですが、一方で二酸化炭素の吸収源となるので、温暖化にはブレーキを掛ける要素になっています。

極地方の凍土が、温暖化によって解け出し、夏場は沼地になってしまう地域が、特にシベリアやカナダで増えている様ですが、沼地のアルベドは特に低いので、温暖化を加速する悪い要素になっています。沼地は、同時に強力な温暖化効果ガスでもあるメタンガスをだしますので、更に温暖化を加速してしまいます。

大局的に眺めれば、いまや温暖化は、単純に今消費している化石燃料の量を抑制するだけでは追いつかない段階に入ったというべきでしょう。化石燃料の使用を大幅に(半減以下に)進め、現在は裸地となっている地域の緑化を行う事により同時に海プランクトンの増加を図る、即ちCO2の吸収源を増やしつつ、湿地から発生するメタンガスの捕集技術も磨く必要がありそうなのです。人類に残された仕事はまだまだありそうです。もはや、現世代の利益だけを求めチマチマした景気刺激策などに、引っかかっている場合ではないでしょう。

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2018年7月 6日 (金)

3473 体感温度の表示

平均気温や最高気温が、各地で上昇しつつあるのは統計的に眺めても間違いなさそうです。気温とは、温度計(厳密には温度計測器内の熱電対の起電力)の指示値ですが、それとは別に体感温度という指標もあります。体感温度に関連するファクターとしては、気温、湿度、輻射温度(放射温度計=サーモグラフィ―の指示値)、風速等ですが、それらを複合的に「体」が感じている暖かさ、寒さ、快・不快の程度を示す指標であると言えるでしょう。

さて、その体感温度ですが、暖かい(暑い)と感ずる場合、湿度と輻射温度が高まると累乗的に暑く感ずる様なのです。つまり、暑い日に湿度が高く、かつ直接に太陽光が、或いは間接的に全空からの放射が強まると、体は耐えられない暑さを感じてしまうのです。気温が25℃以下に下がる夜間でも、建物の壁が日中の日射で「焼けていると」寝ている間も体感温度は、25℃相当をかなり超えているおそれがあるのです。夜間の気温が下がって25℃を下回り、熱帯夜が回避出来たとしても、時に寝ているお年寄りが熱中症で亡くなる事がある所以です。

その意味で、近年の気候を概観してみると、体感温度を上げる湿度と、乱反射を起こして全空放射のレベルを上げる大気中のエアロゾルやPM2.5の濃度が、いずれも上昇傾向にある事が気になります。投稿者の実感(体感温度)としては、例えば湿度が低くカラッと晴れた日の35℃と、ジメッとしてボンヤリした空から強烈な輻射が降り注ぐ日の30℃は、あまり変わらない様な気がするのです。というより、むしろ後者の方が体にとっては厳しい様にも感じてしまいます。温暖化が進み、エアロゾルも増えてしまった今の地球では、気温は、温度計だけで計測するのではなく、体感温度も併用すべきだと主張しておきます。

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2018年7月 5日 (木)

3472 再エネ価格

誰が情報をブロックしているのかは知りませんが、再生可能型エネルギーのコストが、他の全てのエネルギー源よりかなり安価になっている事実は、殆ど公表されていない様です。中でも、太陽光と大型風力のコスト低下は著しく、いま消費者がそれを選択しない事は不思議でなりません。原発推進派は、既にある原発インフラを活用しないと、さも電力価格が上昇する様な論調で、原発の再稼働を煽り立てますが、どの電力会社が最初に原発から再エネへの舵を切るのかについては、我々消費者としても注目すべきでしょう。

人々は、投資してしまったものを惜しみ、それをなかなか諦める事ができない様です。ましてや、その投資の改修が済んでいない場合はなおさらです。しかし、その方向が間違っている場合は、それを素直に認め、早めに方向転換を目指すべきでしょう。間違って進んでしまった場合、方向転換は、早ければ早い程、正道からの逸脱は小さくて済む筈だからです。

原発は、この国の場合100%海岸部に立地しているのでしょうから、先ずは休止している40年を経過して古くなってしまったサイトには、先ずは風力発電所を建設すべきでしょう。どんな大型の風車を建てても、十分な容量の送電線は既に設置されているので、発電した電力の送り先には何の問題も無いでしょう。高速道路や国道や鉄道の法面には、太陽光発電のパネルをドンドン貼って行きましょう。そうすれば雑草を刈る無駄な手間も費用も大幅に省けるでしょう。国道だけでも、除草費用は年間100億円以上に上るという数字を見た記憶があります。

必要な事は、これらの再エネの発電量と需要家のデマンドをリアルタイムで監視するシステムです。もちろん、再エネの割合が日本よりずっと大きな割合になっている諸外国では、既にこの様なシステムが作られていて有効に働いている事が知られていますで、風況や日照状況が刻々と変わるこの国でもそれは有効に動いてくれる筈でしょう。必要な事は、現世代の都合による政策ではなく、将来世代を利するための現世代の思いやり政策なのです。このブログでも、改めて「原発再稼働絶対反対」を表明しておきましょう。

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2018年7月 3日 (火)

3471 えー、空飛ぶ車

何度も書きますが、このブログは批判をしない事をモットーに書き連ねているつもりです。しかしながら、昨日報道された、政府が(でも本当は誰が?)決めた、空飛ぶ車の開発には強い待ったを掛けたいのです。ドローン程度の目方の飛行物体ならば、最悪でもドローン自体と積載物の物損程度、運が悪ければ地上に居た人やモノが巻き添えを食らう恐れが出る程度でしょう。

しかしながら、人が乗って飛ぶ機体ともなれば、搭乗する人の体重を持ち上げるために、最低でもその数倍は必要でしょう。重量当たりのエネルギー密度が最大のものは、化石燃料なのでしょうが、それをバッテリーでカバーするとなると、さらに重くなりそうです。例えば、離陸重量を500㎏と仮定して考えても、事故が起こると高度100mほどからこんな重量物が「降って」来るわけですから、利便を重視し過ぎた乗客には生存を諦めて貰うにしても、地上で巻き添えを食った人は、まさに青天の霹靂となるでしょう。

便利なモノを発明し、実用化しようと考える人達には、実は回りがあまり見えていない事が多いのです。特に、利便と背中合わせのリスク(事故)には関心が低い様なのです。車を発明したダイムラーやその大量生産を進めたフォードには、交通事故などと言うリスクは殆ど見えて居なかった筈です。どんな機械でも、使っている内に必ず故障し、最後は動かなくなってスクラップになるのです。空飛ぶ車だって、おろしたてでピカピカの内は故障も事故も少ないのでしょうが、2年、3年と使い込む内に、あちらこちらで劣化が起こり、重大な故障は、間違いなく墜落につながるのです。

日々運行されている旅客機が、一体どれほど頻繁に点検や整備が行われているかを考えれば、空飛ぶ車の運用が如何に煩雑になるか想像できるというものです。車の事故は、暴走や停止程度で済みますが、空飛ぶ車の場合は、たぶんギリギリで設計される筈の揚力が足りなくなったり、ローターが停止した場合には間違いなく「車」は、100m程度の高さから落下するのです。もちろん、この高さからパラシュートを広げるにしても、落下する時間は数秒しかないわけで、開傘する前に地上に叩きつけられる事はまず間違いないでしょう。この開発を決めた人達は、物事を全く知らないか、或いは技術を盲信する無謀な輩であると決めつけるしかありません。

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