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2018年8月30日 (木)

3495 脳と心2

3494の続きの様なものです。脳は、情報処理装置である事は疑いがないのですが、進化の過程で心を持ってしまったのは、考えてみれば不思議でもあります。もし生き物としてのヒトが、お腹がすいたらエサを食べ、危険が近づいたら戦うかあるいはサッサと逃げてしまう、或いは何もしないでじっと耐えるだけを判断するのであれば、いわゆる脳の自動制御系か「反射行動」に任せておけば十分なので、心などは不必要でしょう。

しかし、生き物としてのヒトは、ある時期以降心を持ってしまい、結果「人間」に進化してきたのでした。ヒトと人間の違いは、ヒトは生物としての定義であるのに対し、人間とは社会的存在としての定義になるという点でしょう。たぶん人が他の人々との「間」で暮らすから「人間」という言葉が生まれたのでしょうか。人が他人と群れて暮らすためには、他の人の行動に注目し、良い行動をしていれば好きになったり真似たりし、悪い行動なら忌避し、或いはそれに反発し、排除しなければならないでしょう。その中間なら、あまりストレス無く行動を共に出来るかも知れません。

いずれにしても、ヒトが単独ではなく、他の人々と群れて暮らすためには、単なるOnOffあるいはYes or Noのフラグだけの単純な制御系では立ち行かなくなるのは目に見えています。それを調整するために、心があるいは言葉が(たぶん同時に)生まれ、不文律というオキテや明文化された法律も整備されていった筈なのです。つまり、脳の中に生れた心とは、取り得る値がOn(1)かOff(ゼロ)かのフリップフロップ回路ではなく、その間の限りないグラデーション値を選び取るためのアナログ性にあると思うのです。ある人やその人の行動が、好きか嫌いかではなく、何がどの程度好きで、逆に別のどの点がどの程度嫌いかを決める役目が心にはあると思うのです。

その結果、好きと嫌い、或いは正義と悪が同居する事にもつながり、人の心には「悩み」が生ずるのでしょう。心はアナログ性があると上に書きましたが、しかし脳の個々のシナプスはフリップフロップ回路である事の事実なので、最終的にはどちらかに決めなければならないのもまた間違いないのです。悩んで悩んで、最後には自分がどう判断するか(行動するか)決めなければならないのが心の役割であるとも言えそうです。

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