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2018年10月31日 (水)

3519 フェイル・セーフ2

フェイル・セーフに関してもう少し書き足りないので補足します。システムの安全性を高めるために一番重要なのは、そのシステムがダウンすると想定される、可能な限り最大の事故・故障状況(Failure Case以下FCと略す)を挙げる事だと言えるでしょう。車で言えば、車自体の異常としては、突然エンジンが止まる、またはエンジンが止まらないで暴走する、ブレーキが効かない(又は片効きしてハンドルが取られる)、突然パンクするなどが緊急を要し大事故につながる異常事態でしょう。それほど異常ではなくとも、エンジンの回転が上がらずスピードが出ない、パワステの異常でハンドルが重い、エンジンが掛かりにくい、排気管から黒煙や白煙が出るなど、機能の劣化に関わる部分もあるでしょう。

いずれにしても、その重大性のレベル別に、故障や事故につながるFCを、出来るだけ細かく、具体的に列記するのです。その上で、重大事故につながるであろうFCに対して、それを回避するための警報システムや車であれば自動減速などの安全対策を、車というシステムに予め組み込む事がフェイル・セーフ=FSの大原則なのです。最近の車でも、運転者の操作ミスをカバーするための、エアバッグ(SRS)やシートベルト、更にはスマアシ等が装備される様にはなりましたが、車自体の異常に対応したFSは、まだまだ少ないのでないかとみています。もちろん、メーカーやディーラーは、そのために車検制度があるので、更なるFCの対策を積み重ねると、重量アップやコストアップにつながり、現実的ではないと言い訳するでしょう。しかし、少なくとも人身事故に直結する様なFCの回避のための努力は惜しむべきではありません。

車に限らず、日常生活では多くの工業製品に囲まれていますし、過日の全道停電のケースや島への給水管の破断のケースの様に、想定外と呼ばれるインフラ事故もありましたが、これは想定外ではなくFCの想定漏れに他ならないミスでしょう。もちろんFクシマ過酷事故も同列のミスと考えられます。公共性の高い、或いは事故発生時の社会への影響が大きいインフラでは、少なくとも系統はダブルとするか、或いは集中システムではなく、分散システムとする様設計しなければならないでしょう。発電タービンは巨大地震では、タービン自体の損傷を防ぐために自動停止するシステムを内蔵していますし、高さが決まっている橋の下を、うっかりものの船長が、背の高い船を通過させるFCもやはり想定して置かなければならないのです。もし水道管を、橋桁の下ではなく、路盤の上を通していたら、今回の断水事故は起こらなかったのです。繰り返しますが、あらゆる工業製品やインフラへのきめ細かいFCの「再」設定が望まれる所以です。

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2018年10月30日 (火)

3518 フェイル・セーフ

全てのシステムに関して最も重要な事は、システムの動作に関連して、事故とりわけ人身事故や環境事故を起こさない仕掛けを、内部に組み込む点にある筈です。それが組み込まれたシステムを、フェイル・セーフと呼ぶ事があります。日本語に敢えて直せば、本質安全とでも言えるのでしょうか。

最近起きたT湾での列車脱線事故を例にとりましょう。列車の運行に関わるシステムで、最重要な改善は、たぶんATCの採用でしょう。ATCには、例えばカーブでは自動的に減速する機能も組み込まれている筈です。しかし、本当にフェイル・セーフとなっているシステムでは、ATCを切ったままの運行が出来ないシステムとなっていなくはならないでしょう。そうでなければ、本当の意味での本質安全にはなっていないと言うしかないのです。もし、ATCを切って列車を進める必要が出た場合でも、出せる速度は徐行程度に制限されていなくてはならないと思うのです。間違ってもタイトなカーブに最高速度で突っ込んで、最悪の脱線事故を引き起こす様なシステムであってはならないでしょう。

Fクシマの原発事故で言えば、原発はどんな過酷な事態が生じたとしても、先ずは制御棒が動かせて核反応を抑制し、同時に炉心を冷やし続ける事が出来るサブシステムが必要でしょう。それも電源が完全に無くなった場合にあってでもです。例えば、制御棒ですが現在のシステムでは、制御棒は原子炉の下部から油圧で操作する様になっていると理解していますが、本質安全システムでは上部からの制御とすべきでしょう。即ち、電源が失われた場合でも、重力で自然落下して核反応が停止できるようになっているべきなのです。それが出来ない場合でも、例えば蓄圧器を設けて、電源喪失の場合には自動的に制御棒を押し込む事が出来る様に考えておくべきです。炉心の冷却に関しても、電源が無い場合でも自分が炉内に持っている蒸気で動く蒸気タービンで動く緊急炉心冷却装置(ECCS)や電動モーターによる場合でも、完全に独立した非常用電源を使って、高い場所に設置して浸水するおそれの無いECCSとしておく必要があるでしょう。

フェイル・セーフに近いシステムとしては、航空機の設計がそれに近いモノではありますが、悲しい事ですが人類はまだ完全と言えるフェイル・セーフシステムを実現した例は無いと見ています。

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2018年10月29日 (月)

3517 劣化学?

新しい、学問の可能性を示したいと思います。取り敢えず「劣化学」と名付けましたが、要は設備や建物や装置・製品などの劣化を、学問的に分析・評価し、故障を未然に防ごうとするものです。世は、まさにIoTでありAIであり、自動運転車や空飛ぶタクシーの時代に入りつつありますが、そこに共通しているのは「電気」です。電気には、モーターを動かすいわゆる「強電」と、それをコントロールするためのコンピュータなどの「弱電」に分けられるでしょう。それに加えるならば、離れた場所に信号や情報を送るための「通信」もやはり、電気・電子機器に依拠しているでしょう。

動かない建物や動く機械を含めて、全ての形あるものは劣化してしまいます。動かないものでも、それを構成する素材は、腐食やコンクリートの脱灰などによって強度が低下します。動くものは、いくら上手に潤滑を行ったとしても、機械には「摩耗」が不可避でしょう。その結果、初期に設計者が目論んだ性能は、徐々に、或いは急激に低下して行かざるを得ないのです。実際上、その劣化に対する利便の低下や得られる利益の低下の責任は、ユーザーに委ねられていると言っても間違いではないでしょう。ユーザーは、最早使うに耐え難い状態に陥った時に初めてメーカーにSOSを出して修理を依頼するのです。

しかし、もし建物や機械装置や製品に、予め自分の「残り寿命」を検知し、表示する機能を組み込んでいたらどうでしょう。ユーザーは、その表示を確認し、その建物や製品を使い続けられる期間を知り、必要によっては致命的な劣化症状を起こす前に、手が打てる事になります。考え方は比較的簡単です。建物であれば、建物と同時に強度評価に使う鉄骨やコンクリート塊を建物の中に組み込んでおき、定期的にかつ自動的に強度を計測・評価するのです。例えば、鉄骨の場合、腐食して減耗が進むと同じ応力を掛けても伸びや圧縮量が大きくなってしまいます。また、可動部のある機械であれば、可動部の摩耗量を非接触で検知できれば、摩耗限度にどの程度近いか評価できる筈です。

それらのデータは、AIで集められ、統計的に処理される事によって、劣化の進み方や傾向の特徴がつかめる筈です。それらは、素材の劣化や損耗に関しての貴重なデータにもなり、その後の設計ミスも防止できる事につながるでしょうし、メンテナンス作業にも役立つでしょう。即ちこれは、劣化学の確立に他なりません。一時期、設備メンテナンスでTPMなる言葉が持て囃された時代もありましたが、残念ながら今は廃れかけている様に見えます。加えて、世の機械装置が殆ど電動化された暁には、電気系統の劣化(断線や接触不良やコンピュータの暴走)によって起こるであろう重大事故の多発が大いに懸念されるのです。劣化学が必要な所以です。

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2018年10月28日 (日)

3516 ニーズとは

一言でニーズと言ってしまいがちですが、ニーズにはその強さに応じたレベルがある筈です。モノが売れない背景には、このニーズの強さへの読み違いもあると思うのです。例えば若者のクルマ離れによって、車があまり売れなくなってきています。高い燃費性能や安い価格を掲げても、最早それに飛びつくユーザーは少ないでしょう。なにしろ、今やそれが当たり前であり、メーカー間の性能や価格の差別化は行き詰っているからです。むしろ、ターゲットを極端に絞ってのデザイン(例えば外観の可愛さ)戦略が上手く当たっている例も散見される程です。

さて、ニーズには基本的欲求(生理的欲求)に基づくものがあり、それが最も強い筈です。例えば食欲を満たす食品産業があります。しかしながら、実際の市場では近所のスーパーで購入する基本食材市場とは別に、いわゆるグルメ市場が存在します。しかも、グルメ食材を使った料理やグルメ店で外食をする「プチ贅沢」が、今やすっかり日常になってしまい、この国の食生活も贅沢なものになってきました。つまり、基本的なニーズの「底上げ」が生じた訳です。

ニーズには、基本的なものの上に、余裕が出来れば欲しいモノというレベルがある筈です。基本的な耐久消費財の上のレベルには、デザイン性や機能の高い家電や性能の高いスマホやあるいは、高級車などと言うものが思い浮かびます。これらのニーズレベルに基づく市場は、利益性も高いのですが、一方で景気の影響をまともに被る市場でもあります。

ニーズレベルの最も高い場所にあるのは、たぶん「趣味に基づくニーズ」でしょうか。なにしろ、趣味人にとって、自分の趣味に注ぎ込むお金など、惜しくも何ともないのでしょうから・・・。しかしながら、多くの趣味にはブームという魔物が関係しているのも事実です。

A.マズローは欲求を5段階に分け、人は常に上位の欲求を求めて行動すると説きましたが、投稿者としてはその背景には常に「満足感への飢餓」があると見ています。満足感が得られた時、人は脳内に快楽物質(エンドルフィン等)が分泌され、更なる満足感を求めて行動するというサイクルを繰り返しています。そう考えると、市場にモノを送り出す側としては、常に顧客が感じるであろう、製品(や商品)から得られる満足度には、最大限敏感であるべきなのでしょう。

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2018年10月27日 (土)

3515 失敗学に学ばない失敗

失敗学は、たぶんH村洋太郎がその著書の中で提唱したものだった様な気がします。失敗を学問と位置付けた慧眼は確かに素晴らしいものだとは思いますが、その学問が生まれたお膝元のこの国で、それが広まっていない事は返す返すも残念でなりません。そもそも、他社で失敗してニュースに取り上げられた醜聞を、自社に引き寄せて考える事をしないのでしょうか。同じ業界ではなくとも、免震ゴムと免震ダンパーの業界は殆ど同業と言っても良いのでしょうが、免震ゴムの品質不適合がマスコミで大々的に取り上げられたのは2015年であり、それから3年余りを経過してから、今度は防振ダンバーの不正騒ぎです。どちらも、建物に設置して、地震の振動から建物を守る目的で、建物の設計者によって免震(地面が揺れてもゴム装置の上に載っている建物は殆ど揺れない)か、或いは防振(建物が揺れた場合、油圧ダンパーなどによりその振幅を減ずる)の機能を有する装置によって、地震被害を回避したり最小化するための仕掛けです。

当然の事ながら、T洋ゴムの不正報道に接した際に、油圧ダンパーのメーカーの品質管理担当は、自社の不正にも思いが及んだのは間違いが無いでしょう。それを内部告発する事ができなかった事は、単に事実の発覚を遅らせただけではなく、引き続き製作され続け、建物に装着され続けた事によって、今後受けるその企業の損害を天文学的な数字に拡大させたのです。もし、不正を行った直後であれば、数件のスキャンダルで済んでいたかも知れないのに、今や対象案件は1,000件に上るというのですから、言葉を失います。しかも、スキャンダルは同業他社にも飛び火している事に至っては全く何をかいわんやでしょう。

失敗学の神髄は、他社の失敗に学び、自社の失敗を未然に防ぐだと言えるでしょう。未然に防ぐことが出来なかった場合でも、少なくとも失敗の結果蒙る損害を極少化する事は可能の筈です。その意味では、全ての企業が為すべきは可能な限り初期に失敗に気付き、それを潔く認め、その対策を打って、しかもそれを公表する勇気を持つべきなのです。対策が遅れれば遅れるほど、その被害は拡大し続ける事は、山の様な失敗例を経験してきた自動車業界のリコール案件やエアバッグなどの関連業界の失敗に学ぶところが大でしょう。しかし、自動車業界でも未だにリコールが数十万台に及ぶ案件を引き起こしているのを見るにつけ「懲りない業界」であると断ぜざるを得ません。リコールが数十万台に拡大する前に、数件の前触れ事故に着目し、その原因を徹底的に追及する事が出来たなら、1-2万台規模で製造にブレーキが掛かったのは間違いないでしょう。生産を止める事は、確かに経営上のリスクではあるのでしょうが、その企業の名声は保持出来た筈なのに、大規模リコールはその名声を大いに貶める由々しき事態なのです。

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2018年10月25日 (木)

3514 モノが売れない 

この国では段々モノが売れない時代になってきました。人々がモノに餓えていた時代、モノは作った尻から売れて行ったものでした。売れなくなってきたのには、いくつかの理由がありそうですが、若者がモノが溢れている社会に育ったしまった事が考えられます。また、高度成長期に消費行動を牽引してきた団塊世代が、ソロソロ「終活」の時代になり、モノを買うどころか、逆に持ち物を処分しようとさえ考え始めている時期に差し掛かっている事も大きな要因でしょう。

しかし、考えてみなくてはならないのは、市場には食べ物を多少節約しても、或いは借金してでも買いたくなる様な「欲しいモノ」が見当たらないのです。

かつて、音楽な好きな人達は、こぞって「Wォークマン」の新機種に群がったものでした。しかし、今やスマホ1台さえあれば、それがカメラ機能、音楽プレーヤ、メールからネットサーフィン、果てはGPS・地図機能まで、取り敢えず欲しいと思われる機能は殆ど実現してしまっている事に気が付きます。スマホが手の中にさえあれば、心が満たされ退屈から何か新しいモノに手を出そうとする気も起こらないのかも知れません。つまり、人々の欲求のかなりの部分がスマホで充足されてしまっている様なのです。

では、メーカーはこのまま手をこまねいて時代の流れに任せるべきなのでしょうか。それもある面では仕方がないと割り切るしかないのかも知れません。なにしろ、少子化、多死社会で人口が減っている状況がありますし、高齢化が加速して、モノの欲しい世代の人口が激減してからです。

しかし、投稿者が見るにメーカーの努力は、まだまだ不足しているとしか思えてなりません。最早、如何にモノを安く・大量に作るかに知恵を絞る時代ではないでしょう。そうではなくて、ベーシックなニーズに対して、出来るだけ小さな環境負荷でそれに応える製品の開発に勤しむべきなのです。スマホは、実際のモノが無くても、実際の旅行に行かなくても、非常にリアルな「疑似体験」が可能である点で、環境負荷が比較的小さな製品であるとは主張できるのでしょうが、十分ではありません。人間が創造的な性向を持つ生き物である以上、スマホの様な受身の製品では、真の欲求は満足できない筈なのです。例えば、ユーザーが、何か創造的に働きかける事によって、その製品が更に機能を増強する様な製品こそが待望される「モノ」ではないかと思うのです。そんな具体的な製品(モノ)が思い浮かんだら、追加で投稿してみましょう。

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2018年10月24日 (水)

3513 QC<QA<QMS

投稿者の若かりし頃、製造業ではQCとかTQCとか小集団活動とかが盛んでした。これは、戦後W.E.デミングが来日し、品質管理の重要性を説いて回り、1951年からは、それがデミング賞という具体的な形で表彰される様になった事で、国内に広く知られる事になったのでした。品質管理ですから、製品のデータを数値化し、基準と照らしての逸脱率(不具合率)をデータ化して、それが限りなく小さくなる様に「管理」するという手法でした。しかも、デミングはその努力は決して「トップダウン」ではなく、小集団活動の様に「ボトムアップ」でなければならない、とも教えたのでした。いわゆるQCサークルやQC活動のスタートです。

その後、QCは顧客の方を向いた品質保証(Quality Assurance)として、発展的に拡大しQAと呼ばれる様になったのでした。かくして、この国の製造業には品質管理や品質保証の考え方が浸透し、機能していた「筈」だったのです。「筈」とカギ括弧で括ったのは、当然の事ながら最近のニュースで、多様な産業で、不具合隠しや検査データねつ造が繰り返し報道されている情けない状況を憂いているためである事は自明でしょう。かつて、この様な不正はデータの「メイキング」と呼ばれて、品質管理上最も忌み嫌われる行動であった筈でした。しかし、報道はこの様な不正が、長年に亘って、しかもその後出世して経営層に上り詰めた人達の黙認のもとで続いていた様なのです。納期とコストが最優先され、品質が置き去りにされた結果である事は間違いないでしょう。

問題は、企業に置いてQAが、更に上位の概念であるQMSQuality Managing System)に成長していないという点にあるのだと見ています。QMSは、品質管理や品質保証の「質」が問われる概念です。その質には、品質管理の質だけではなく、経営の質、事業の質、従業員の質を含めた「企業の質」が問われる概念なのです。従って、不正が行われた場合、まだ芽の内に内部告発出来ない企業の質は、QMSでは最低ランク(というより即退場のレッドカードもの)だと断ずるしかないのです。この国の企業では、まだまだQAがやっと出来ている程度で、真にQMSが実現できている企業は、希少なのだと言うしかありません。元々品質管理に関わっていたかも知れない経営トップが、報道陣の前で言い訳をしながら深々ト頭を下げる絵柄は、もう飽き飽きです。

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2018年10月22日 (月)

3512 この国のジリ貧

この国が、長い停滞期に入ってしまい、そこから抜け出せない閉塞状況に陥っている事に関しては、いくつかの理由が考えられます。確かにこの国は、経済成長を機に労働者の勤勉さと技術力などをテコに、一度は世界トップの経済大国に迫るまで力をつけてきました。しかし、技術力を取り上げると、「それ(製品)を如何に安く大量に作るか」という点のみに注力し、ではその技術力で「何(コンテンツ)を作るか」を横に置いてきてしまった様なのです。例えば、投稿者が内情を良く知っている(と思っている)航空機業界を考えてみれば、Mビシ重工が、それまでCナダとBラジルに抑えられていたリージョナルジェット(RJ)を開発し市場に打って出たケースを考えてみましょう。

Mビシは確かに、開発を行うに当たって、「技術的」な準備を着々と進めてもいました。B-イング社の下請けで胴体製造の技術を、また今やライバルとなってしまったCナダの企業の下請けを行って、主翼を作る技術を「モノ」にしていたのです。しかし、飛行機は胴体と主翼があれば飛ばせる訳でもないでしょう。エンジンも要るし、操縦するシステムやアクチュエータも要るでしょう。更に言えば、航空機全体としてのバランスを確保した上で、業界のルールに則ったいわゆる設計上の航空安全への綿密なチェックも欠かせない筈です。何より、RJ市場の綿密なリサーチが不可欠だった筈です。MビシのRJの開発がスタートした時点では、もしかすると性能は他社を抑えて有利に立っていたかも知れませんが、なにしろ5年ものスケジュール遅れがあって、その間にライバルが改良型RJを市場に出す時間を許してしまったのでした。

そうでなくて、Mビシが考えるべきは、RJではない「新たな航空機市場」だったと思うのです。RJは国内の大都市間、或いはハブ空港と地方都市を結ぶいわゆるハブ路線に向けた市場を向いています。途上国の経済が拡大するにつれて需要もそれなりに拡大しているでしょう。しかし、実績の無い後発メーカーが市場に割って入るのが至難のワザである事は、天下のMビシをしても事情は変わらないでしょう。しかし、新たな市場であれば、トップランナーになれる訳で、初期には市場のシェアもトップを取る事ができるのです。例えば、飛行艇(機体の下部が船の形の飛行機)や水上機(フロート付きの飛行機)であれば、東南アジアに多い島嶼国(フィリピンやインドネシアなどがその例)への市場が開ける筈なのです。そうこうしていたら、最近のニュースでお隣のC国が自前で4発の飛行艇を開発したのとニュースが流れました。

この国(の企業)が持っている技術や人材を使って、今ある市場で勝つためにどう作るかではなく、市場に新たに何を提案して作るかが問われる所以です。

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2018年10月19日 (金)

3511 物質循環:リサイクル設計

メーカーが、自社の使用済み製品を分解してリサイクルを義務化する方向には、大きなメリットが期待できます。先ずメーカーは、リサイクルし易い様に、製品に使われる金属類やプラスチック類の種類を減らす努力をするでしょう。一つの製品に、同じ鉄類でも何種類もの合金鋼やステンレス鋼を使うと、リサイクルがしにくくなるでしょう。同様に、プラスチックでもPPPEPETなど多くの種類の部品があると、外した後のマテリアル・リサイクルはおぼつかなくなります。

そうではなくて、多少の設計上の不満はあっても、材種を統一すれば、リサイクル率は一気に上昇させる事ができるのです。もちろん、理想はリサイクル率100%です。もし、それが出来ない場合は、メーカーですから設計変更をしてそれを可能にする事も出来る筈なのです。

これは一種の「リバースエンジニアリング」に他ならないでしょう。理想的な性能を求めて設計するのがエンジニアリングなら、使用済み製品を「分解・リサイクル」という逆方向から製品を吟味する事もリバースエンジニアリングに他ならないからです。エンジニアは、頻繁に製品の分解現場に足を運ぶ必要があるのです。そこで、作業者がやりにくそうにしている作業を目撃し、それでも埋め立てゴミとなってしまう産廃があれば、それを「腑分け」して製品の原材料や素材の見直しに努力すべきなのです。

金属で言えば、純粋な形で使われる事は少なく、合金鋼などの形で複数の金属や元素を配合したものが使われます。しかしながら、世の中には金属メーカーによって種々雑多な合金が開発され、流通しています。しかし、少なくとも設計者が自社の一つの製品の中で、金属の種類を1種類、または数種類に絞り込む様なデザインは可能です。同じことが、プラスチック類に関しても言えるでしょう。その結果、使用済みの製品を分解した際にも、部品の原材料の種類が少ない程、マテリアルリサイクルが容易になる事は自明でしょう。これが、全てのメーカーにとって、高いリサイクル性=物質循環性能を備えた製品設計の目指すゴールとなる筈なのです。

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2018年10月18日 (木)

3510 物質循環2

物質循環を考える上でのキーワードは、マテリアルバランスでしょう。即ち、ある閉じた系(例えばある工場)の境界線を引いた場合、その境界内に入る物質、その境界から出る物質を、最大漏らさずカウントしてみるのです。工場であれば、素材を購入して倉庫に運び入れるでしょう。同時に工程で使う副資材も買う筈です。見えないものもカウントしなければなりません。例えば、間違いなく電力を購入しているでしょう。工場のフォークリフトやボイラを運転するための燃料も購入しているでしょう。その際には、排気ガス(主としてCO2)を出しているのです。この排気ガスは、やがて工場の境界を越えて、大気中に拡散していくのです。

これを絵にしてみると、マテリアルバランスが良く見えてきます。先ずは、境界を示す四角い箱を描きます。そこに入る物質(+エネルギー)を最大漏らさず⇒入りでリストアップします。可能な限り数値化する必要もあります。つまり、鋼材〇〇トン/年、電力XXkwh/年、など等です。また、工場から出荷される製品量もカウントします。工場に入ってきたのに出て行かない物質は、倉庫に積み上がるストックか、或いは工程途中で発生した廃棄物となって、工場から出ていくのです。もちろん、CO2の量もカウントします。最も望ましくない排出物はCO2と埋め立てられる産廃でしょう。それらは、消える事無く環境に蓄積していくからです。

この絵を眺めながら、先ずはCO2と廃棄物に注目してみましょう。CO2は、その量さえ適正であれば、植物や植物プランクトンなどに吸収されて循環するでしょう。埋め立てではない廃棄物、例えば紙類やプラスチックゴミなどは基本的には燃やされてCO2になるか、或いは金属くずなどはリサイクルされて原材料として再生されるでしょう。問題は埋め立てゴミです。良い例が、廃車のシュレッダーダストでしょう。廃車は、エンジンやラジエータなど、主要なパーツを外された後、荒っぽく巨大なシュレッダーで破砕され、磁選に掛けられます。しかし、ガラス片やシート材やプラスチック片などは、ごちゃ混ぜになったシュレッダーダストとして、埋め立て処理に回されるのです。そうではなくて、先ずはシュレッダーに掛ける前に、徹底的に分解すべきなのです。ガラスはガラス、シートはクッション材とフレームに、プラスチックは出来れば材種毎に、です。これは、たぶんその車を製造したメーカーに任せるべきでしょう。何故なら、メーカーはその車に使われた材料や構造を熟知しているからです。つまり物資油循環社会の理想は、メーカーがリサイクル工場を運営する事なのです。かくして、今は埋め立てゴミとなっている廃棄物が、原材料として蘇るのです。更に続きます

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2018年10月17日 (水)

3509 物質循環

昨日、地元の食品加工業者から、毎日1-2トンも出る廃棄物(主に出汁を取った後の骨=ガラ)を使って、メタン発酵=ガス発電が出来ないか、という相談を受けた。廃棄物の目方の殆どが骨(たぶんリン酸カルシウム)なので、とてもそこから十分なメタンを発生させる事など出来ない相談である事を説明し、諦めて貰った。

この企業は、元はと言えば地元の電子機器大手であるTデーケーの下請けをしていたメーカーであったが、親会社の海外生産や事業転換などの煽りを受けて、食品産業に舵を切った様である。電子部品メーカーから食品産業への転換は、大きな決断であったとは思うが、それにしてもこれからのメーカーは、物質の流れや循環に最大限の注意を払わなければならないと改めて感じた一日であった。即ち、これまでのメーカーはと言えば、原材料や副資材を仕入れて加工し、製品を出荷しますが、必ず工程中から発生する廃棄物が出るため、産廃として処理せざるを得ないという体質でした。この業者の場合、食肉産業から出る廃棄物としての骨ガラを利用して出汁を取り、それを濃縮冷凍したものが製品としており、一見物質循環を担っている様ですが、今のところ出がらしの骨は、産廃として有価で産廃業者に処理させているので、やはり物質循環のループは開いており、廃棄物処理場を逼迫させている元凶となってしまっているのです。

このループを閉じるためには、この骨ガラを何らかの形で最終利用してやる仕組みが必要です。出来れば、食肉産業の出発点となっている、鳥や豚や牛の飼料として、或いは農地へ還元して次なる作物の肥料になれば、理想的な循環が生まれそうです。しかし、牛に関しては直接的に骨粉を飼料に加えた結果、BSEだか狂牛病だかの負の循環に陥ってしまい、大きな問題になってしまった過去がありました。従って、物質循環には慎重な検討も必要なのです。投稿者が、浅学を顧みず助言するのは、やはり骨を熱処理・粉砕した上で、P以外のNKを補った上で、緩効性の肥料として農地に還元するのが最良の物質循環になり得るという方向になりそうです。あらゆる産業では、今後エネルギー効率の改善もさることながら、この物質循環の実現も絶対不可欠の要素であると言っておきます。続きます。

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2018年10月 2日 (火)

3508 休稿

山時々仕事の旅行のため10日ほど休稿です。

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2018年10月 1日 (月)

3507 強烈台風の頻発

強烈な台風24号が、列島を直撃して去りました。台風が、気圧を下げて強大になるためには、何よりエネルギー源が必要です。それは、もちろん台風の卵がウロウロしている南洋地域の高い海水温である事は当然でしょう。一方、台風を育てるのに、意外な助っ人は、実は台風を取り巻く風なのです。つまり、一方向だけの風(例えば偏西風)は、単に台風を押し流すだけですが、もし2方向の風がズレながら吹き込む場合、そこに渦が発生するでしょう。その渦が、右回りなら地球の自転によって打ち消され弱まりますが、逆向きの左回り(反時計回り)である場合には、台風の卵は一気に成長するのです。

結論を言えば、台風は「偏東風」と「偏西風の蛇行」の産物であるとしても間違いではないのです。偏東風と偏西風は、極地方から吹き出す寒気が地球の自転で(コリオリの力)で、押し曲げられた風と、それを補う形で判定方向から吹く風を指しますが、お互いに平行に吹いている間は平和なのですが、それが一旦蛇行を始めると、その接点には雲が湧き渦も多発し、台風の卵が出来てそれがやがて成長を始めるのです。その偏西風の蛇行と渦の元の発生に、アジア大陸にそびえるエベレスト山脈が関係しているとも言われています。つまり、山脈によって偏西風が乱され、吹く方向が曲がってしまうと同時に、山の下流(つまりは太平洋上)に渦(カルマン渦)が生まれる場合があるのです。それは、春と秋のタイミングでありその時期は偏西風が丁度ヒマラヤ山脈の上空を吹いているのです。春は、まだ海水温が低いので台風の卵は、卵のままで消えてしまいますが、秋は海水温が夏と同じくらい暖かいので卵も育ち易いのです。

さて、何故強力台風が頻発するかですが、一般的に言われている温暖化によって南太平洋を含めた海水温が上昇している事に加え、例えば太陽の黒点の活動や、地球の歳差運動による気象のブレも加担していると思われるのです。気象史を紐解くと、数十年に一度と言った極端な気象が現れる年がありますが、たぶん温暖化はその異常気象の発現頻度を高めている様なのです。つまり、かつては30年、50年に一度と言った頻度でしか現れなかった超異常気象が、今は温暖化の加速によって、例えば10年かあるいは数年に一度の割合で頻発していると思われるのです。以上、素人気象学者の雑な見解でした。

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