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2019年1月 4日 (金)

3541 お祭り行政

新年の投稿再開です。この国の行政が、お祭り体質になっている事を懸念しています。五輪や万博などで、短期的に景気を浮揚し、海外からの観光客を集めれば、それでヨシとしている風潮が、ますます顕著になっている様に見えてならないのです。いわば、他力本願の行政や経済体質になっているといっても良いでしょう。これは、祭りによって一時的ににぎわう、自社や城下町の状況に似ているといっても良いでしょう。祭りが去ってしまうと、ひっそりとした日常に戻るだけです。私たちは、この日常の生活こそ基本に据えるべきだと思うのです。

比較的円安で推移している現在でこそ、年間数千万人もの外国人観光客が押し寄せてはいますが、円高や燃料高による航空運賃の高騰などの逆風の曲面では、これもアッと言う間に減少に転ずる筈です。それよりなにより、日本に何度も観光に訪れる事が出来る、中国や韓国やアジアの富裕層が好景気を享受できるだろう時間も限られてきていると見ています。次の景気の落ち込みが何によってもたらされるか予想出来るほどの知見はありませんが、景気が大きく波打つ「社会現象」である事は間違いないでしょう。

さてお祭り行政です。お祭り行政の根源は、やはりポピュリズムに染まった政治屋の存在でしょうか。それを忖度し迎合する計画力の無い官僚にも重い責任はあるでしょう。全く残念な事ですが、この国には、国のあるべき将来の姿を描く「青写真」が見当たらないのです。国際社会の中で、どの様な立位置で、どの様に世界をリードする国になるのか、なりたいのか。それより、何よりこの国の国民は、一体何を拠り所にして生活していくべきなのかの目標が見当たらないのです。高度成長期には、「先進国に追いつけ追い越せ」を目標に我武者羅に突き進めば良かったのですが、さて追いついて、立ち止まっている間にいくつかの国に再度追い越されてしまって、途方に暮れているのがこの国の現状でしょう。

結局、高度成長期とその後の停滞期を通じて、モノに囲まれた経済的な繁栄は、それが最終的な目標ではなかった事が明確になっただけでした。GDPではなく、国民総幸福度が重要な指標とであるとの一部の議論はあるにしても、ではそこに向けて具体的に何をどうすべきか、誰も答えていないのです。そうこうしている内に、幸いにもこれまでは鳴りを潜めていた、地震や水害などの災害が牙を剥き始めて、その対応に右往左往しているのがこの国の現状の様に見えます。残念ながら今年も明るい年とはならない様に予感してしまいます。

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