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2019年2月 3日 (日)

3554 万物斉同

やや難しそうな表題です。これは荘子の説く、「道から見れば、万物は等価である」という教えの一つです。浅学でもあり、そもそも、荘子の言う「道」なる概念を理解するのも難しいのですが、単純な頭の投稿者は、それを「真実」と言い換えて理解しています。本当はもっと広く、深い意味があるのでしょうが、それは理解を超えるので諦めます。

さて、真実は一つである事は、たぶん間違いのない「事実」なのでしょうが、世に複数の(或いは数えきれないほどの数の)宗教が存在し、数えきれないほどの神様が崇められているという事実は、一体何を物語るのでしょうか。それは、同じタイトルのニュースなのに、それを報ずる立場によって、全く意味が異なるという事に似ているのでしょうか。それは、とりもなおさず道=真実(と信じれらていること)が、人や民族や宗教によって異なるという事を意味するのでしょうか。その問いに対する投稿者の見方はYESです。人々がその集団の中で信ずる「真実らしきもの」と、絶対無比の「真実」とはきっと異なるものなのでしょう。

では、何が真実で何が事実なのかという問には、たぶん人類は永遠に答えられない様な気がするのです。そうでなければ、何千年にも及ぶ宗教間の軋轢や利害の対立が背景にある、戦争や紛争が無くならない歴史の説明が出来ないのです。どうやら、私たちは荘子の様な賢者の再登場を期待するしかないのかも知れません。是非その賢者には高い立場から、この世界を眺めてもらい、公平な目でコトの善悪を判定して貰いたいのです。しかしながら、「古典的な賢者」の目は、現代社会を眺める上でもヒントにはなり得るのでしょうが、そのまま現代社会に当てはめる事にはかなりの無理がありそうです。現代には、現代の賢者が必要だとも思うのです。その現代の賢者の出現までは、たぶん「百年河清を待つ」事になるのかも知れませんが・・・。

今日から、長期の出張のため、10日ほど休稿です。世の中には何の支障もありませんが・・・。

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